誰のなんやねん!
若者が夜通し集まる三軒茶屋のカラオケ屋で
珍しく年配のお爺さんに声をかけられた。
70歳程のお爺さんに正常な歯は一つとして残っておらず、そのほとんどが抜けているか、欠けている。
「何歳なんだ兄ちゃん。」
お爺さんが少し曇った表情で僕の眼を見つめながら聞いてきた。
24歳です。と正直に答えると、
お爺さんは昔の記憶を辿るように、
過去の自分を回想するかのように話し始めた。
「ワシが24の時は
ちょうど刑務所の中に居たな。」
回想シーンの始まりとしては面白すぎる展開に
「なんの罪で入ってたんですか?」
口が勝手に動いた。
お爺さんは間髪入れず、
「シャブだよ(覚醒剤)」
と放った。
シャブですか!?
薄々気づいていた”ヤバさ”が確信に変わる。シャブ。なんて品のない言葉、聞き心地の悪い響きなのだろうか。
お爺さんは僕の目が興味から恐怖に変わった事を察知したのか、ろくでもない過去の記憶を辿るのを止め、急に冷静になって我に返り、今日の出来事を話し始めた。
「今日久しぶりのカラオケで100曲も歌ったぞ」
数十年も前に覚醒剤で捕まった70歳程のお爺さんが100曲目に歌う曲はどういう曲なのだろうか。
そう考える頭の中より前に、
「100曲目はなにを歌ったんですか?」
また、口が先に動いた。
お爺さんは何かを言いたげにしているが言葉に詰まっている。
昔の覚醒剤という罪をあんなに即答で吐露したにも関わらず、この質問には何故かたっぷりと時間を置くのだ。
僕「なんなんですか、教えてください」
爺「なんで教えて欲しいんだよ」
僕「100曲目に歌った曲が知りたいんです」
爺「”愛してる”だよ」
「誰のなんやねん!」 完