まえがき 大阪からこの東京のボロアパートに引っ越してきてから6年、ついに退去の日を迎えた。 三軒茶屋駅から徒歩6分、家賃5万8千円、 5.5畳のボロアパートには、多様な人間が存在する。 常に窓を開け、よだれを垂らしてスプレー缶を吸引するシンナー中毒者、 低層アパートの2階のベランダで人目を気にせずSEXをする男女同棲カップル 夜中に大声で母国の親に電話しているバングラディシュ人 など、アブノーマルである事が入居条件なのか疑うくらいの様々な人種が入り混じったアパート
若者が夜通し集まる三軒茶屋のカラオケ屋で 珍しく年配のお爺さんに声をかけられた。 70歳程のお爺さんに正常な歯は一つとして残っておらず、そのほとんどが抜けているか、欠けている。 「何歳なんだ兄ちゃん。」 お爺さんが少し曇った表情で僕の眼を見つめながら聞いてきた。 24歳です。と正直に答えると、 お爺さんは昔の記憶を辿るように、 過去の自分を回想するかのように話し始めた。 「ワシが24の時は ちょうど刑務所の中に居たな。」 回想シーンの始まりとしては面白すぎる展開に
いただきますってゆう前にごちそうさま。 僕は食欲を掻き立てられる料理を見ると いただきます。という言葉を飛び越えて ごちそうさまが先に出てきてしまう 頭の中を食材が駆け巡り、 口よりも先に脳が咀嚼をはじめる おかえりって言う前にただいまと言うように、 ありがとうと言う前にどういたしましてと言われるように、 春が夏を追い越して冬の前に来るように、 始まりの地点を決めた時にすでに終わりが決まっているように、 僕はいただきますと言う前にごちそうさまと言ってしまいそうに
ベトナム滞在1日目、僕は宿を取っていなかった。理由は上手く説明できない。 ひとまずベトナムで夜通しやっているミュージックバーに行った。 そこは現地のベトナム人、観光客、売春婦など、あらゆる人種で溢れかえっていた。 ノリ方もわからないベトナムのダンスミュージックをあてに酒を飲んで一夜を過ごすのも悪くはないかもしれない。 そう考えている矢先、1人の南米人らしき女性に話しかけられた。 「Let's dance with me!」 異国の地でさらに異国の女性にダンスを誘われる
ベトナムに1人で行こう。突発的にふとそう思った。 昔から頭で考えるよりも先に感覚的に思い立つことがあって、 その瞬間から自分の思いつきにとてつもない高揚感を感じ、 それを実際に行動に起こさないと気が済まない。 ベトナムになにがあるかもわからないし、なにをしたいも特になかった。 ただ感覚的に行きたいと思ってしまったら行きたいのだ。そんな自分を止める自分などいないし、止めることなど出来ない。 一番安い便をその場所で予約し、一週間後の今日当日のフライトを迎えた。 その時点でも特
時間に追われ余裕のないサラリーマン、 行き場を無くしたホームレス、 交差点で笑顔で走り出す外国人観光客、 怪しそうな仕事を必死に勧めるスカウトマン、 今日も渋谷は様々な人種や思想、背景が混在して成り立っている。 そんな中、 なにかを必死に伝えようと真っ直ぐ前を見つめる1人の男性が目に留まった。 白髪の眼鏡で50歳ぐらいであろうその男性は、 マスクをしておらず、 赤い文字が書いた真っ白のスケッチブックを 両手に掲げ、何かを世に訴えかけるよう 強い表情をして前を見つめている
「うちの息子一年中半袖しか着てくれないの。」 近所の公園でお母さんがママ友と話している。 小学6年間春夏秋冬、半袖半ズボンで過ごした同級生が卒業式で、 ”よく頑張ったで賞” 的な 謎の表彰をされていたことに違和感を感じていた小学生時代の記憶を蘇らせていると、 「でも、最近は少しずつだけど着てくれるようになったの。」 つづけてお母さんはそんな子供の成長を嬉しそうに話し始めた。 子供の成長を真っ直ぐ話すお母さんの嬉しそうな表情を見てなぜか僕も幸せな気持ちになる。 「ね
聞いた話なのだが、 梅雨というものは、雨が降っている期間中にはそれが本当に梅雨なのかどうか正確には分からず、 あとでその雨の時期を振り返った時に初めて やっとそれが梅雨だったのだと分かるらしい。 そう思えば学生時代の文化祭も、友達と自転車を漕いだ帰り道も、彼女と海辺を歩いた時も、 その時にこれが青春だ。などとは思わない。 振り返った時に初めて、 あれが青春だったなと思い出に浸り、 やっと気付くものである。 とはいえ雨が降り続けている時には、これが梅雨なんだろうなという気
三軒茶屋にある八幡湯という古くからある銭湯で1人の中年男性に突如話しかけられた。 年齢はおそらく40歳前後。体型は小太り。 コロナでの自粛期間を機に銭湯巡りを始めたらしく、今日で銭湯151軒目とのことだ。 その男は僕との会話を終えると、すぐさま次の行動に移った。銭湯でのルーティンが確立されているのか、全ての行動に一切の無駄がない。 僕にはその男が何かに追われてるような、そんな焦りすらも感じとれた。 そして入浴を終えたその男は体を拭きながら、 ゆっくりとこちらに近づいて
わずか24年間の僕の統計上と体感にすぎないが、ヤンキーは結婚するのが早い。 なぜヤンキーなのに結婚が早いのか。 ヤンキーでない僕の凡人の感覚では、 結婚などせず女遊びをし、ありあまる自由な時間で酒を飲みまくり喧嘩にあけくれる方がヤンキーなのではないかと思ってしまう。 むしろ結婚は、 1人の女性を愛するという善良な行為であり、 ヤンキーとは真逆の行為なのではないのか。 その選択に至るまでヤンキーという生き物が 物事を判断する上での基準は、 「悪い(ヤンキー)」か 「悪く