何か話して

朝焼けに染まる空を眺めながら、私は深呼吸をした。ノッティングヒルの静けさが、これから始まる一日の喧騒を予感させる。窓越しに見えるアーンドル・スクエアの木々が、そよ風に揺れている。

コーヒーメーカーのスイッチを入れ、挽きたての豆の香りが部屋に広がる。この瞬間が、私の一日の始まりを告げる儀式だ。ラジオから流れるBBCニュースに耳を傾けながら、今日の予定を頭の中で整理する。

「The Rosemary Garden」に向かう道すがら、いつもの風景が少しずつ変化しているのに気づく。季節の移ろいを感じさせる微妙な色合いの変化、新しくオープンした店の看板、行き交う人々の表情。この街は生き物のように、日々姿を変えている。

カフェに入ると、馴染みのバリスタが笑顔で迎えてくれる。「いつもの?」と彼が尋ねる。私は頷き、窓際の小さな丸テーブルに座る。ラテの泡に描かれた繊細な模様を眺めながら、ノートパソコンを開く。

画面に向かいながら、ふと思考が停滞する。言葉が流れ出す瞬間と、何も浮かばない瞬間の間で揺れ動く。窓の外を行き交う人々を観察しながら、無意識のうちにペンを回している。

昼食時、ポートベロー・マーケットへ足を運ぶ。色とりどりの野菜、香り立つスパイス、古書の紙の匂い。感覚が研ぎ澄まされていく。「Portobello Books」で立ち読みをしていると、背後から声がかかる。

「また哲学書?」

振り返ると、Aliceだった。彼女の緑色の瞳が、いつもの皮肉っぽい輝きを湛えている。

「君こそ、また編集の仕事?」と返す。

「そうよ。締め切りに追われてるの」と彼女は溜息をつく。

私たちは、マーケットの喧騒の中で、しばし言葉を交わす。彼女との会話は、いつも新鮮な視点をもたらしてくれる。別れ際、「今度、大英博物館で会う?」と彼女が提案する。私は微笑んで頷いた。

午後、ハイドパークでのランニングを終えて帰宅する。汗ばんだ体を洗い流しながら、水滴の一つ一つが、新たなインスピレーションをもたらすような気がする。

夕暮れ時、「The Queen's Fox」に立ち寄る。カウンター奥の静かなコーナーに座り、Oliverが注ぐウイスキーを口にする。琥珀色の液体が喉を通る感覚に身を任せながら、今日一日の出来事を反芻する。

帰り道、夜の街を歩きながら、私は自分の存在がこの街に溶け込んでいくのを感じる。日本とイギリス、東洋と西洋、過去と現在、全てが私の中で交錯し、新たな何かを生み出そうとしている。

アパートに戻り、窓辺に立つ。街の灯りが、まるで星座のように瞬いている。明日もまた、新たな発見と創造の日になるだろう。そう思いながら、私は静かに目を閉じた。

Atogaki

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