緊張と緩和

早朝の光が窓から差し込み、私の目を覚ました。しかし、起き上がる気力はまだない。ベッドに横たわったまま、天井を見つめる。昨夜、遅くまで「The Queen's Fox」でOliverと語り合ったせいか、頭がぼんやりとしている。

静寂の中、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。アーンドル・スクエアの木々に宿る小鳥たちだろう。その音色に耳を傾けながら、ふと思う。この街に来てからもう5年。いつの間にか、ロンドンの空気が肌に馴染んでいる。

ようやく体を起こし、窓の外を眺める。雲一つない青空。初夏の陽気だ。「今日こそランニングに行こう」と心に決めるも、どこか後ろめたさを感じる。昨日も同じことを考えたはずだ。結局、パソコンの前に座り、一日中執筝を続けていた。

深呼吸をして、ベッドから抜け出す。足の裏に床の冷たさを感じる。この感覚が、私をゆっくりと現実世界に引き戻してくれる。

キッチンに向かい、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。挽きたての豆の香りが部屋中に広がる。この香りには、一日の始まりを告げる不思議な力がある。

コーヒーを啜りながら、窓際に立つ。アーンドル・スクエアでは、早朝の散歩を楽しむ人々の姿が見える。犬を連れた老婦人、ジョギング姿の若者、スーツ姿で足早に歩くビジネスマン。皆、それぞれの一日の始まりを迎えている。

ふと、昨夜Oliverと交わした会話が脳裏をよぎる。「本当のリラックスとは何か」という話題だった。緩和の中にある緊張。それこそが本質的なリラックスなのではないか、と。

コーヒーカップを置き、クローゼットに向かう。今日は何を着ようか。手が伸びたのは、いつものHarris Tweedのジャケット。着慣れた感触が、どこか安心感を与えてくれる。しかし、袖を通しながら考える。この「安心感」は、本当の意味でのリラックスなのだろうか。

鏡の前に立ち、ネクタイを結ぶ。指の動きは無意識のうちに完璧な結び目を作り出す。毎日の習慣が、体に染み付いている証拠だ。しかし、その完璧さに少し息苦しさを感じる。

時計を見る。もう9時近い。The Rosemary Gardenに行く時間だ。カフェで朝食を取りながら、今日の原稿を書き始めよう。バッグにノートパソコンを入れ、部屋を出る。

階段を降りながら、昨夜のOliverの言葉を反芻する。「機械式時計のように、緊張があってこそのリラックスだ」と。まるで、今の私の心境を言い当てているかのようだ。

外に出ると、初夏の爽やかな風が頬をなでる。深呼吸をすると、ロンドンの朝の空気が肺いっぱいに広がる。歩き出す足取りに、少し躊躇いを感じる。それでも、一歩一歩、前に進む。

The Rosemary Gardenに向かう道すがら、ふと立ち止まる。見慣れた街並みが、今日は少し違って見える。建物の輪郭が鮮明に浮かび上がり、路上の人々の表情が生き生きと感じられる。

カフェに着く。いつもの席に座り、パソコンを開く。画面に向かいながら、昨夜からの思考が言葉となって流れ出す。「本当のリラックスとは何か」。その問いかけが、今日の原稿のテーマになりそうだ。

指が勝手に動き、文字が画面を埋めていく。しかし、心の中では別の思考が渦巻いている。この原稿を書いている今の自分は、本当にリラックスしているのだろうか。それとも、ただの惰性なのか。

コーヒーを一口飲み、窓の外を見る。行き交う人々の姿に、自分の日常を重ね合わせる。皆、それぞれの「リラックス」を求めて生きているのかもしれない。

再びキーボードに向かう。今日の原稿は、きっと昨日までとは違うものになるだろう。この街で過ごす日々が、少しずつ私の中で形を変えていく。それが、本当の意味での「リラックス」なのかもしれない。そう思いながら、私は言葉を紡ぎ続ける。

Atogaki

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