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読んだ本を人に紹介するのは大仕事

ここ半年くらい読んだ本をnoteにまとめている。

日記にプラスして、その期間に読み終わった本の感想をコンパクトに記載しているのだが、ネットに公開するということでネタバレは避けるように気を付けている。

noteにいちいち感想をまとめる、しかもネタバレなしで。
これは結構文面に気を遣う作業なのだが、わかりやすいメリットがある。
友達と遊ぶ時に最近読んだ本の話になることがあるが、そのときの本紹介がスムーズになるのだ。

逆に今まで練習なし推敲なしで本紹介をしていたのが信じられないくらいだ。
ネタバレせずに魅力を伝えられる本の紹介って、結構ハイレベルな仕事なのだ。ここに来てやっと気づいた事実だ。




要約するときによくやる間違い3選


  1. 全ての情報を伝える

  2. 誤解を恐れて正確に伝える

  3. 物語を順序通り伝える

これは物語の要約の範疇を超え、会話一般に通ずるタブーだと思う。
全ての情報を伝える~などと書いたが、実際は伝えられずにグダグダになりがちなので「伝えようとする」が正しいかもしれない。

まず、我々一次読者の目を通した時点で物語は変化している
それなのに物語を誤解なく伝えようとするのは徒労である。
面白くもないし、正確に伝わることも原理的にありえないのだ

ドイツの哲学者ハンスロベルトヤウスの受容理論を援用すると、文学作品は読者の解釈によって完成される。
つまり、あなたが名著を読んだとしてその面白さの功績の一部はあなた自身にもある。

そして本紹介とは、我々が解釈した”面白さ”を原作のネタバレなしで他者に伝えるということだ。これは物語のメタ視が必須の大仕事だし、最終的にはその人に本を買って読んでもらうことが望ましい。


本紹介のゴールは出版社のマーケティングと同じ

ここまで読んでくれた人はもう分かっているかもしれないが、つまるところこれって本の帯を書いたり、裏表紙にあらすじを書くのと同じだということだ。
そう言われるとめちゃくちゃハードルが上がるかもしれないが、実はそうでもない

本というコンテンツは、映画・音楽・絵画などと比較して読み通すのに結構時間がかかる。ドラマ1シーズンくらいのカロリーだ。
何でもかんでも読みまくる本の虫が再認識するべきは、知らない本を手に取らせるのが至難の業だという事。
つまりオススメした本を買って、あわよくば読み始めてもらえればほぼゴールだ
さっきの受容理論でいうと、その本が面白いかどうかはその人の責任だ

そして出版社の仕事と大きく異なるのは、エンタメに振った紹介が可能という点だ。
我々は別にお金をもらって仕事をしているわけでもないし、ステークホルダーとの調整をする必要もない。
その本が堅い哲学書であろうが関係なく、自分が一番面白いと思うテンションで書くことができるのだ


ネタバレなし本紹介=メタ構造を再構築した新しい物語

ここまでは、本紹介の本質は自由なエンタメだということを説いてきた。
ではこのエンタメを完成させるための方法論について考えてみたい。

一番強い制約は、”ネタバレなし”だろう。
ここでのネタバレというのは本に書かれている詳細な文字列を意味しない。
その本を一度読んだときに失われる魅力・ギミックのことだ。
どこまでがネタバレか、これを正確に測るにはその本の魅力・ギミックを完全に理解する必要がある。そのためにはメタ的な視点で要素を分解する作業が必要だ。

この魅力について網羅的に列挙するのは、小説で再現可能な面白さを残さず説明するようなものなので不可能だろう。
実際に刊行された作品を紹介することによって解説する。


初級編 カント著『純粋理性批判』の紹介文を考えよう

では実際に、私が最近読んだ本 カント著『純粋理性批判』を紹介する。
なぜいきなり哲学書なんだ!もっと簡単なものがあるだろう!と思う方もいるかもしれない。
しかし実は哲学書・専門書・古典的名著といった属性は、かなり紹介の難易度を下げるのだ。というのも、ネタバレになりづらいからだ。
哲学書に関してはもはや物語ではないため、ここを引用するとネタバレになるといった警戒はしなくて良い。
やることは一つだけ。新しい切り口で捉え直し、あたかも魅力的な物語であるように紹介するのである。

  • 古典的名著

  • 学術書

楽なポイント:プロットが知られていることが多い。知識体系については既に共有されている前提で紹介できる。

難しいポイント:物語性に乏しいため、二次創作が必要。


カントの純粋理性批判を知っていますか?
昔の哲学書だから小難しい専門用語が溢れていてつまらなそうと思った人もいるでしょう。でも読んでみると結構面白いんです。

まず伝えたいのは、純粋理性批判が18世紀のHUNTER×HUNTERだということです。残念ながらホンモノの念能力者は登場しませんが、著者のカントが凄腕ハンター並みに活躍します。

彼はこの一冊で人間の根源的な思考である“純粋理性”を学問的に完成させようと奔走します。タイトルに批判とあるので、純粋理性を否定していると思っていた人もいるでしょう。しかし逆にカントは批判によって純粋理性学のパワーを高めようとしたのです。まさしくこれはHUNTER×HUNTERの”制約と誓約”です。

HUNTER×HUNTERの登場人物が使う念能力は、自らをルールで縛ることにより強化されます。特殊能力が厳しい条件下でしか使えなくなる代わりに、パワーが格段に上がるという設定です。

カントは、学問にも同じような性質があることを見抜きました。強いルールに縛られている学問ほど信憑性が増すのです。例えば数学は公理と呼ばれる絶対的なルールに縛られているからこそ、定理を導くことができます。そこで彼は自ら生み出した純粋理性学に限界を設定し、ルールで縛ることによって学術的なパワーを高めたのです。

そして後半、彼は代償を払ってまで強化した純粋理性学を用いて、神や宇宙といった概念について論じていきます。カントという18世紀の天才が、途方もないテーマにどんな結論を出すのか。ぜひ確かめてみてください。


中級編 ドストエフスキー著『罪と罰』の紹介文を考えよう

ドストエフスキー著『罪と罰』、これも古典的名著だ。
哲学書とは違って物語であるが、古典の中にはプロットが広く知られている作品が多い。結末や佳境を詳らかに説明するようなことがなければ大丈夫だ。
学術書と違うのは、物語であるという点だろう。古典であるためある程度許容されるが、ネタバレという危険がつきまとう。イチオシの面白いポイントを決めて、そこを最大限楽しんでもらうためのお膳立てに徹しよう。

  • 古典的名著

  • 小説

楽なポイント:古典的名著であるためネームバリューがあり、ある程度プロットにも触れやすい。

難しいポイント:
魅力的なポイントが多いため、どこまで伝えてどこからをお楽しみに残すかという判断が重要。


ドストエフスキーの『罪と罰』、名前だけは知っているという人が多いのではないでしょうか?

ロシア文学の最高峰ドストエフスキーによる傑作である本書。タイトルの通り、罪を犯した人間に課せられる罰を描く苦悩の物語です。かなり重いテーマの小説ですが主人公に共感できる部分が多く、意外と読みやすいのです。

主人公は貧乏な生まれながらに頭脳明晰な大学生。彼は犯罪心理学に没頭し、独自で学術雑誌に投稿しちゃうような切れ者です。しかし一方で怠惰さとプライドの高さが彼のキャリアを邪魔します。苦学生なので学費と生活費を賄うためにアルバイトをしなければなりませんが、誰でもできるような仕事をしたくない彼は一人で鬱々とボロ宿に引きこもります。

恵まれない出自をものともせず己の才気に頼って大学に進んだ末に自分は天才だ、凡人ではないという自負が強くなる主人公。故郷で困窮する母と妹は兄のことを尊敬し、大学で優秀な成績を修め稼ぎ頭になってくれると期待しています。

しかし実際は働きにも出られず、食費のために教科書もすべて売り払い部屋にこもっているという絶望的な状況。
こんな状況を脱するため、彼は温めていた独自の犯罪理論を実行するのです。

法律は凡人を縛るためにあるものであり、選ばれた天才は社会に貢献するために法律を逸脱する権利がある。
1人殺せば犯罪者だが、100万人殺せば罪とならず英雄ということです。

困窮の中で危険思想にのめり込む主人公。それでも彼の思考はとことん等身大で、読者は没入に飲まれていきます。『罪と罰』は生々しい現実と隣り合わせにある究極の状況を味わえる一作です。

上級編 殊能将之著 『黒い仏』の紹介文を考えよう

殊能将之著『黒い仏』
本書は実力派ミステリ作家、殊能将之先生による探偵小説。
『美濃牛』から続くシリーズ2作目にあたり、ユニークな構成を持つ名作である。シリーズ2作目、探偵もの、構成もイレギュラーという、何を喋ってもネタバレになりそうな小説だ。内容に極力踏み込まずに面白い紹介をするには、自らの体験をベースにするのが良いだろう。とにかくワクワクさせれば勝ちなのだ。

  • ミステリ

  • 小説

  • 近年刊行

楽なポイント:既に物語として完成されているので、魅力が伝わりやすい。

難しいポイント:
ネタバレの基準が厳しい。


殊能将之先生をご存じでしょうか?『ハサミ男』などで有名なミステリ作家で、本格ミステリであるのにユーモラスな読み口というギャップが魅力的です。

先生の著作『黒い仏』は、探偵石動戯作(いするぎ ぎさく)シリーズの第2作目にあたる怪作です。殊能将之先生の作品を検索すると、代表作に次いでよく本書が紹介されています。

評判は綺麗な賛否両論で、とにかく一度読んでほしいというコメントが多いのです。私はこうしたレビューに心躍り、最大限楽しむためにシリーズ一作目を読んでから『黒い仏』に入ったほどです。

石動戯作シリーズですが、全て毛色の違う傑作です。毎回ビックリするようなギミックが仕掛けられており、探偵小説など読まないという方も一度は読んでいただきたい物語です。

探偵小説と聞くと、ホームズのような名探偵+助手ワトソンの名コンビが謎を次々と解決していくようなイメージがあるでしょう。本書もその形式に則り探偵と助手コンビが登場するのですが、名探偵と思いきや迷探偵だったり、なぞに包まれた助手の正体が実は…といったハチャメチャな面白さを併せ持っています。

しっかり探偵モノなのに、海外カートゥーンアニメ並みのドタバタユーモラスも味わえる石動戯作シリーズ。その中で最も賛否両論、つまり批判の多い『黒い仏』を読んでみませんか?天才ミステリ作家と名高い殊能将之先生に振り回されてみるのも楽しいかもしれません。

最後に

この記事では本の紹介というテーマを方法論的に考えてみた。言語化という能力が持て囃される昨今、好きな書物を魅力的に紹介したいと感じる人は多いだろう。

私自身は乱読家で、とにかく積読が溜まって仕方ない。片っ端から書物を読みまくる。本を読むのは時間がかかる。時間をかけたものは自分に還元したくなる。その方法として紹介を考えた。

読んだ本をそのまま話のネタにできれば便利だし知識定着に役立つだろう。

ちなみに私は本の紹介と聞いてビブリオバトルと中田敦彦のyoutube大学を連想した。

両者とも本の紹介をエンタメに昇華しており、そのノウハウ・話術は見事だと感じる。こんな風に喋ってみたいものだ。

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