夢のような魔法の恋をした第8話
『花火大会と膝枕(彼女の持病)』
隅田川花火大会・神宮外苑花火大会
「夏ぴあ」を見ながら、2人で下調べした。
彼女は焦っていた。日々のタスクをこなしながら、
仕事で忙しい母親の時間を見つけては
初めて、浴衣の着方を教えてもらっていた。
母親は、着物が好きな人だ。
浴衣の着方を教えることなんて、造作ない。
練習を繰り返す内に、彼女は要領をつかんだ。
浴衣を着るのが、好きになった。
後はヘアスタイルだ!それもつかの間
隅田川の花火大会はやってきた。
池袋駅に
待ち合わせより早めに着いた。気が早い。
彼女は、すでに歩くのが辛くなっていた。
鼻緒擦れと足の甲を擦っていた。駅構内のすみに行き、
コソコソとバンドエイドを取り出し足に貼る。
下駄を履いてきたは良いが、初めてのことで完全に想定外だった。
足元は痛々しいものになった。
バンドエイドを貼ったとはいえ、歩く度に皮の剥けた所とバンドエイドが擦れて痛む。
それでも、彼女は挫けない。
彼女の持病の話をしますね。
傷をつくるのは、日常茶飯事だった。
彼女は、先天性のアトピー性皮膚炎だった。
0歳の誕生日の自分の写真をみて、
すぐにそれとわかる程だった。
しかし、顔に出ていたアトピーは赤ちゃんの内に治まったようだ。
母親は、そんな彼女として産んだ自分を責めた。
じぶんの大学の漢方薬を煎じて、哺乳瓶からのませた。
彼女はそれを不思議と、嫌がらずにのんだ。
きっと、塗り薬も毎日毎日、愛情をこめて塗ってくれたのだろう。
物心つきかけになった彼女は「おくすり、ちょーだい!」とせがんで、
漢方薬をピンクのコップに入れ、お湯で溶いてもらって
「美味しい!」と飲んでいた。かすかな記憶がある。
今でも、その漢方薬の味が大好きだ。癒される。
母親のおかげで重症を免れた彼女は
その後、人から見てわからなくなる程になった。
中学生くらいまで、生傷は絶えなかった。
指を始めとして、膝の内側やひじの内側を主とした乾燥と痒み、粉ふき。
指は乾燥と、関節のひび割れに季節問わず、悩まされた。
物心ついてから、彼女は海を知った。また、
塩水は傷口にとてもしみて痛いことを覚えた。
砂浜にいても真水が必須だった。
幸い、クーラーボックスを親たちが持参してくれていたので、
溶けた氷アイスの水を傷口にかけてもらうこともあった。
それまでのしみて痛いというしんどさが、一気に楽になる。
そして、しんどさを忘れてまた、海に走っていく。
海の中では、なれれば痛くなかった。
海はそれほど、しみて痛いことさえ凌いでしまう素晴らしさがあった。
そして、兄にも若干のアトピー体質はあったようだった。
姉と妹も持病をもって生まれていた。
母親は自責の念を持ち続けた。
ちなみに、彼女が高校生の時
兄は、美容師として自立していた。
昔のことはさておいて
埼玉の自分の美容室に、店の営業後に呼んではカラーリングをしてくれた。
その時、初めて兄と父親のことを聞いた。
今までは、母親からしか情報がなかった。
兄は父親が好きなようだった。
父親の不倫相手にも、兄は小さいときに会っていた。
今だからわかるが
兄が両親の離婚で、母親に反抗したのも、
自然ななりゆきだったのかもしれない。
兄は私たちより年上。物事がもっと、見えていたのだ。
何か理由があって、離婚のときは
父親の方に行きたかったのかもしれない。
兄との楽しい会話をすることで、
子供の頃から憎んでいた気持ちが和らいだ。
兄という存在に、初めて感謝した。
話を花火大会に戻しますね。
ひょろ長い人影がこちらに向かってくる。
彼だ。
浴衣姿の彼女は、照れながら手を振る。
開口一番
「おー!浴衣!いいねえ、似合ってるよ!」
彼女の化粧っけのない頬が染まった。
自然と手を繋いだ。恋人繋ぎだ。
彼女は、足元の傷口の痛みを封印した。
彼がいれば、この痛みなど大したことはない。
今日の彼の手は汗をかいていた。
それをフォローするように、彼女は切り出す。
「現地についたら、言問橋にいってみよっか?」
彼は笑顔でこたえる。
「ビニールシートで、場所もおさえよう!」
花火が始まる時間
早めに到着して、場所をキープできた2人は
話をしながらもワクワクが止まらない。
「俺、花火を生で観るの初めてなんだー。」
「私も!凄い楽しみ!」
彼が何か話そうとしたその時
ドドーーッ!という音や響きが聞こえた。
第一会場で、歓声があがっている。
花火大会がはじまった!こちらからも、花火が見えている。
2人は顔を見合わせると、笑った。
彼女の恋人との初めての大好きな夏
パワーワードが多すぎました。
刺激的で、暑くて、嬉しくて、最高で、彼女は幸せすぎでした。
第二会場でも花火が上がり始めた。
こちらからよく見えた。
彼女はシートに膝を崩して座りながら
花火を見つめる彼を眺めた。
なんて、素敵な人なのだろう。
魔法に、かけられていた。
醒めない夢の中にいるようだ。
若くノリの良い2人は、花火が上がる度に声を上げた。
「イェー!」
「きれーい!」
花火を見上げていた彼が、こちらを向いた。
「膝枕、、、してほしいな!」
彼女は緊張しながら誘導する。
「あ、はい。ここに、どうぞ。」
急に背筋が伸びる。膝枕を男性にするなんて!
彼は、そのまま横になって花火を観ている。
「サイコー(笑)」彼が彼女だけに、聞こえる大きさで話す。
花火は打ち上がり続ける。
膝枕をする頭は小さい。緊張感と、花火を観ること、
そして、好きな人といる高揚感。
胸が頭が、いっぱいになった。
神宮外苑の花火大会にも
2人は、足を運んだ。
その後の年の、雨の花火大会にも、相合傘をしながら観た。
花火大会の後、
2人は一緒にいたくて、そのまま公園でオールをしたこともあった。
混雑で座れず、歩き続けながら眺めた年もあった。
夜の空を煌めく火の華は美しかった。
彼女の恋はとてもイキイキとしていた。
大輪の花火のように強く儚いというのに。