「きみの色」観たよの湯|diary:2024-09-09
もう先週の話ですが観てきました。予告を観た感じは、ガールズバンドアニメブームもさすがにもう最後のほうの出がらしかね、百合に挟まるメガネ、トラペジウムのカメラ君系男子、はいはい…という印象だったのですが、妙に気になっており。あまり期待せず、勢いみることにしたのでした。
はい、非常に好みでした、よかったです。よかったよ!あー。
ということで、よかった点3点。
トツ子
あんなキャラだと思っていませんでした。病弱系金髪美少女だと思っていた。
いやーいい子だ。声がいい。一挙手一投足よい。
だいたいなんだトツ子って名前。いまだに本名と信じられない。突撃のトツのような、訥々のトツでもあるような。
上映の間、ずーっとクスクス、ニヤニヤさせられっぱなしでした。
この作品は、言ってしまえばヤマもオチも意味もない。どうとでも取れ、考察もできるが、それを促すフックは薄い。
ただただ彼女を、彼女の暮らす日々を。彼女を通して見るもう二人への情念、恋心と憧れを観察することに感動があった。
彼女の色が何色だったとか、そんなことどうでもいいじゃないですか。人が、RGBの数値で定義されてたまるかよ。
色彩設計
本当に良かったです。小針裕子さんという方。監督たぶん、この人の色彩を見せたくてこの作品作ったんじゃないかと思えるくらい良い。
映画の冒頭でトツ子は、人や世界、音に「色」を感じる、見えるのだと。共感覚/シナスタジアですね。ゲームクリエイターの水口哲也氏が追い求めていた感覚として、私にとっては馴染み深く、懐かしい概念だったりします。
監督、不器用だなと思うわけです。長い長い説明台詞、映画のしょっぱなに聞かせてゲンナリさせることないでしょう。いくらでもスムーズに観客に提示できるでしょうと。
それでも、監督はこうした。まず前提を、テンポが悪かろうと聞いてもらう。頭に入れてもらう。そこからが行ってらっしゃいだ。
小針裕子の色彩世界への。
また、思いっきりやらせるためのエクスキューズでもあったろう。色彩設計は問う、ここまでやってしまって観客はついてこれるのか。
監督は答える、いやちゃんと説明するから、最初に、愚直に、どれだけダサくても。言葉で説明するよ。だから思いっきりやってよ。
そんなやり取りを想像してしまうわけです。「君の色」というタイトルは監督から色彩設計へのラブコールであると、私は取る。
「きみ」という名の女の子の色がどうだ、そこだけが見えなかった、自分自身の色がどうだ。そんなことはどうでもいいじゃない。描きたかったところがそこじゃないのは観てりゃ分かる。
小針裕子さんが手がけた作品は直近有名なところだと「スキップとローファー」未見でしたが、これは興味が出てくる。
あと古いものだと、カルト作品の「texhnolyze」。マジで!?あのサイバーパンク任侠アニメの。
ああでも、エンディングに今回の作風の萌芽を感じることができるかもしれない。
取り立てて紐づける必要はないんだけどtexhnolyzeの、OPにジュノ・リアクター、EDにGACKTという布陣は、今回の劇伴のUnderworld(のアレンジ)、EDにミスチルという顔ぶれに近しいものを感じないでもない。それぞれ意図するところは違うだろうけれど。
耳
監督は指先などの表現にフェティシズムをたたきつけてくる作風、と伺っていましたが、耳が最高でした。
めちゃくちゃ影黒い。こういう線画が重なるところに溜まったインクを、強い影として活かす表現すごい好きで。
私も一時期やってたと思う。そのころの絵が出てこなかったので残念。まあどうせえっちな絵しかないか。
この表現を耳にしかやっていないところも良い。普通いろんなところにやりたくなるわけです。あごの下、髪と髪の間、鎖骨 etc。耳だけに置くことで明確にアクセントにしている、というのは見事…と思いきやそれでいて、耳が異様に小さい。一体どういうことだ。
まがりにも音楽やる映画で普通耳小さくするか?となるのだが、この作品、あまり聴覚には訴えてこない作品というか、そこへの熱意はほかの要素に対して淡泊だと私は思っていて。
クライマックスとして最後のライブシーンにカタルシスを持ってきている、という感じもあまりなかったんですよね。
ガールズバンド、特にある程度やられていて差別化できる残された領域、テクノポップ系という部分はオーダーされたもので、それをふくらませることに、少なくとも他の突出した要素よりはモチベーションないんだろうなと感じた。
その象徴、耳の小ささかなと。
全体的に、やりたいこととそうでないことがはっきりしている映画
であると感じました。それが美しくて、おざなりな部分が不快でないし、悪い方向に考えないで済む。
足りなくて不満になる描写…最たるはきみちゃんの退学理由なんかでしょうし、ED・スタッフロールのミスチルの合わなさについては多くの方の言及の通り。
ミスチルは特に、読後感悪くなりそうだからスタッフロールの途中で退席したいとも思いました。ポストクレジットシーンはあって、我慢してよかったといえばよかったけど、まあそれも別に観なくてもよかった。
でもそういうの、どうでもいいんですよ。描きたいものを文句言わせないクオリティで叩きつけてきた。文句が野暮だなと思わせるだけのものを魅せてくれた。
企画プロデュースから投げられて監督が料理して、できたもの、求められていた着地点と違くても、美しいじゃないですか、歪だったとしても。良かったよ。良かった!