赤い靴はいてた女の子。
私の父は、「ただの腹イタだ」と言いながら、結局盲腸が破裂してしまうほど強がりで、そして怖がりな人だった。
そんな父が自ら病院に行くと決めた時、見つかったのはステージ4のがんだった。
状態も場所も難しく、抗がん剤での治療が緩和ケアへと移行していく中、私と姉は毎週末せっせと実家へ帰った。
お父さんっ子だった私は、ただただ、父に会って話をしたかった。
いつものように、父のベッドの横に座る私たちを見て、父が呟いた。
「あんたたち、えらく黒い服を着とるね」。
姉と私は、顔を見合わせた。
もともと姉は寒色系の服が好きで、私も黒い服が多かった。
全然、なんにも意識はしていなかった。
けれど、父の頭をよぎった考えが、私たちにははっきり分かった。
ああそうか。
私たちが、いつ”その時”が来てもいいように、備えているかのように。
きっと父には、そう見えてしまった。
そんな些細なことさえ気になるほど、父は弱っていたのだ。
その日から、姉と私は、お見舞いの時は明るい色の服を着るようにした。
決して、不吉なことを連想させないように。
繊細な父を、不安にさせたり、傷つけたりしないように。
父の容態が急変した週末、私が身につけていたのは、真っ赤なキャミソールと、真っ赤なピンヒールのサンダル。
意識が朦朧としていた父に、私の洋服や、ましてや靴の色なんて分からなかったかもしれない。
それでも、父との別れを予想だにしていなかったこと、また来週も、その次の週末も、父に会えると思っていたことが、伝わっていたらいいなぁと思う。
赤い靴を履いていたあの日から、今日で14年が経つ。
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