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万華夜のほどろ
水彩画が淡くぼやけるみたいに、あたしの脚に一晩中絡んでいた温もりは夢のなかの出来事だった。
それはそれは美しくて、あたたかくて、甘くて、にがくて。そして存在が即ちすでに、嘘だった。
あたしは幻を見ていた。
ほてった紅で口づけしてオレンジワインの芳ばしさを深く深く海のいろに染めた明け方。
煌びやかな電飾に浮かび上がったのは、昨晩という名の喫茶店かバーであったかもしれない。
夜が溶ければ灯りとともに姿貌すら見えなくなってしまうちいさな箱。
そうだ、きっとそう。じゃなければあたしいま、頬にこんな涙を伝わらせてるなんておかしいよ。可笑しいじゃんか。
フッという笑いが遮光カーテン越し、シーツの上の縞々に漏れて消える、それはあたしだった。
お願い、まだ気付かせないで。
二月の朝はとことん寒くなればいい。
そのまま凍って感覚すら消えてしまえばいい。
曇った窓ガラスを一度でも指になぞれば、朝陽がいやに眩しくあたし達を見つけてしまうかもしれないでしょう。
そしたらふたりの夜が綻んで今度こそおそろしい夜が、
なんて、貴方はもう、どうでもいいですか。
神様お願い
どうか、嘘を嘘のままで諦めさせて。
ans.P 真夏の通り雨/宇多田ヒカル