星に導かれて巡礼の旅へ② (『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』より)
新装版『スペイン サンティアゴ巡礼の道 聖地をめざす旅』で好評だった旅日記エッセイ「星に導かれて巡礼の旅へ」の全文を掲載します。
オリジナルのエピソードと写真を加えた、noteバージョンをお楽しみください!
■前回までのあらすじ
スペインから帰国した友人夫妻に、聖母マリアをかたどった銀の鈴と、パウロ・コエーリョの小説『星の巡礼』を手渡された、編集者の私。チリンと鈴が鳴ったその瞬間から、平凡だった日常が変わり始めた。
世界の聖地をめぐっては本を書くようになり、2015年の夏、まさか難しいだろうと思っていた、サンティアゴ巡礼本の企画が通った。私は出版社を辞めて、巡礼の旅に出ることにした。
取材チームは、アシスタントのアヤちゃん、写真家の井島氏、そして熊野本宮のヤタガラスこと鳥居さん。なるべく目立たないよう、小型のロケ車を手配したはずなのに、サン=ジャン=ピエ=ド=ポーで待っていたのは、20人乗りの大きなバスだった。
初日から絶望的な気分になったが、「カミーノで起こることはすべて必然であり、深い意味があるのだ」とお互いに言い聞かせ、私たち4人の巡礼者は、その大げさなバスに乗り込んだ──。
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起こることは、すべて必然!? (続き)
Camino(カミーノ)と呼ばれるサンティアゴ巡礼道には、さまざまなルートがある。最も巡礼者の多い「フランス人の道」は、全長約800km。フランス国境の村、サン=ジャン=ピエ=ド=ポーからピレネーを越え、西の果ての聖地サンティアゴまで、まともに歩くと40日間はかかる。
取材日数は1カ月と限られていたので、やむなくロケ車(実際に来たのは「大型バス」だったが)を手配した。全部歩き通したかったであろう井島氏は残念そうだったが、私は内心、少しホッとしていた。
昨年参加した「ラスト100km 初心者向けツアー」で、初日から橋の鉄柱につま先をぶつけて負傷し、足をひきずって最後尾を歩くことになった記憶が、トラウマとなっていたのだ。
薄々お気づきかもしれないが、私は決して体育会系でもアウトドア派でもない。しかしセドナに通うようになってからは、ロングトレイルを歩いたり、岩山を登ったり……。今から思うと、すべてがカミーノに向けて仕組まれていたのかもしれない。
アシスタントのアヤちゃんは若くて元気があり、何より強靭な胃袋を持っていた。どんなに疲れていても、おいしそうに飲んで食べる姿には心癒された。ロケを得意とする井島氏は、もちろん素晴らしく健脚である。
心配だったのは還暦まであと2年の鳥居さんだが、さすが熊野古道を歩きつけているヤタガラスだった。しかも英語もスペイン語もできないと聞いていたのに、3日目には1人でバルに入って、地元のおっちゃんたちと談笑していた。あなどれない。
はなはだ場違いな私たちのバスは、巡礼者たちの注目の的で、何度も恥ずかしい思いをしたが、撮影はすこぶる順調だった。
ドライバーのアベルは、道を知り尽くしているベテランで、スペイン人のイメージをくつがえす几帳面な性格。時間にも正確で、なんだか私たち以上に日本人的だった。
日の出とともに起きて、撮影しながら巡礼道を歩き、バルでワインを飲み、またひたすら歩いて宿に倒れ込む。時にはアベルのバスで、次の村まで移動する。
相変わらず、私の頭の大半を占めていたのは「いかに効率よく取材をこなすか?」ということだった。せっかく会社を辞めて、巡礼の旅に出たのに、私の思考回路も行動パターンも、会社員のままだった。
星降る町といわれるエステージャでは、大きな磐座(いわくら)を背にした旧市街のアパルトメントホテルに泊まった。雰囲気のあるベランダには、誰よりも早く着いた鳥居さんの洗濯物が干されていた。井島氏は巧みにそれが見えないように撮影した。
ホテルのオーナーに勧められた老舗のレストランで乾杯した瞬間、バラバラと激しい音を立てて、大粒の雹(ひょう)が降ってきた。この町ではしょっちゅうこんなことが起こるのかと驚いたが、町中の人が大騒ぎしていたので、滅多にないことのようだった。
「これは吉兆に違いない」と井島氏と鳥居さんはいつにもまして大いにワインを飲み、アヤちゃんは大いに食べたのだった。
これ以上ないほど素晴らしい仲間たちと、ずっと夢みていた「星の道」を歩いているというのに、私の心は晴れなかった。歩いても歩いても、私は私のままだったからだ。このまま最後まで歩いても、何も変わらなかったら? 想像するだけで恐ろしかった──。
(星に導かれて巡礼の旅へ③ に続く)
◆初出 『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』(実業之日本社刊)
お読みいただきありがとうございました。次回は、私の身に思わぬ危険が迫ります……。
¡Hasta luego!(アスタ ルエゴ またね)
(星に導かれて巡礼の旅へ③ に続く)