髙森玲子

作家。世界の聖地にまつわる本の執筆、講演多数。著書に『スペインサンティアゴ巡礼の道 新装版』など。略歴→ https://digital.asahi.com/and/creators/%e9%ab%99%e6%a3%ae%e7%8e%b2%e5%ad%90/

髙森玲子

作家。世界の聖地にまつわる本の執筆、講演多数。著書に『スペインサンティアゴ巡礼の道 新装版』など。略歴→ https://digital.asahi.com/and/creators/%e9%ab%99%e6%a3%ae%e7%8e%b2%e5%ad%90/

マガジン

  • 晩夏のカミーノ

    2019年夏から秋にかけてのカミーノでの体験をもとに、小説仕立てで紡いだ物語です。Miwakoの演奏と共にお楽しみください。

  • 春のカミーノ

    書籍で好評いただいたエッセイ「星に導かれて巡礼の旅へ」の続編です。熊野の皆地笠をかぶった三羽ガラスが、2019年春のカミーノを歩きます!

  • 星に導かれて巡礼の旅へ

    新装版『スペイン サンティアゴ巡礼の道 聖地をめざす旅』(実業之日本社刊) で好評だった旅日記をベースにした、note版オリジナルストーリーです。

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星に導かれて巡礼の旅へ① (『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』より)

こんにちは。noteに初めての投稿となります。 新装版『スペイン サンティアゴ巡礼の道 聖地をめざす旅』が発売され、お読みくださった皆様から多くの反響をいただきました。 なかでも今回新たに書き下ろした、旅日記「星に導かれて巡礼の旅へ」が面白かったと言ってもらえたのは、嬉しいことでした。 版元の編集者だった頃から、「聖地への旅」をテーマに本をたくさん作ってきましたが、自分の個人的なストーリーを書いたのは初めてでした。そんなものを読みたいという人がいるとは、思わなかったのです。

    • 晩夏のカミーノ⑤ 最終話 ~橋の向こう側

      窓の外をゆくにぎやかな楽隊の音で目が覚めた。ラベの不思議な祭りは、今日も続いているらしい。おまじないのように右手首に結ばれた、青い毛糸の輪っかはそのままだった。そして気のせいか、右腕の痛みは少しだけ和らいだように思える。 このひなびたオスタルが、巡礼者に人気の理由がわかった。カミーノ沿いの宿にはめずらしく、朝食にゆで卵が出るのだ。 Miwakoはもちろん大喜びである。朝食に卵を食べないと、歩く力が湧いてこないというのが彼女の口癖だった。(しかし卵を食べたからといって、彼女

      • 晩夏のカミーノ④ ~ラベの犬祭り

        アタプエルカは、原始時代の人骨が発掘された村なのだという。失礼ながら、こんななんにもないところに……と思わずにはいられなかった。太古の昔はこのあたりも、おいしい木の実が穫れる森だったのだろうか? せっかくなので、世界遺産の遺跡を見てみたい気もしたが、巡礼道からは少し離れていたので断念した。 私たちが今夜泊まるのは、オスタルというより民宿といったていの一軒家だ。たとえ巡礼の旅であっても、なるべく贅沢な宿に泊まりたいと切に願う私なのだが、この村にそんなものはないのだった。 値

        • 晩夏のカミーノ③ 〜死と再生の森

          3日ぶりの太陽が輝いていた。去ってしまったと思っていた夏が、また戻ってきたみたいだった。私もMiwakoも天を仰いで深呼吸し、幽かな夏の香りを少しでも吸い込もうとした。 巡礼者で混み合う朝食会場に、マルタの姿はなかった。確かにここに泊まっていたはずだが、彼女はうんと朝早く出発したのかもしれない。 途中までは、ギラギラした陽射しに炙られながら山を登った。顔に首筋にたちまち汗が流れたが、ひとたび森に入ると、すっと気配が変わってひんやりした。 中世の昔、道なき道をゆくオカの山

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        星に導かれて巡礼の旅へ① (『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』より)

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        • 晩夏のカミーノ
          5本
        • 春のカミーノ
          15本
        • 星に導かれて巡礼の旅へ
          9本

        記事

          晩夏のカミーノ② ~美しい世界にて

          昨夜はごく上等な赤ワインを一杯だけだったので、二日酔いなんていうこともなく、目覚めは爽やかだった。昔風の大げさなベッドから起き上がろうとして、私は腕の痛みに顔をしかめた。 ビロリア・デ・リオハの宿の朝食は、例によって卵料理こそなかったが、薄切りのハムにチーズに新鮮なフルーツと、女将の心尽くしだった。昨夜は魔女の家だなんて思って、申し訳なかった。 小さく切ってかわいく楊枝に刺したフルーツなど、スペインの巡礼道では、なかなかお目にかかれない。リンゴも洋梨も、どこでもたいてい、

          晩夏のカミーノ② ~美しい世界にて

          晩夏のカミーノ① ~再び星の道へ

          夜のマドリッド・バラハス空港は、思いのほかひと気がなく、息を潜めたように静かだった。どこか別の星に、間違って降り立ってしまったのだろうか? 熊野名産の皆地笠に、カメラを向けてくる観光客の姿もない。私もMiwakoも言葉少なく、足早にタクシー乗り場に向かった。 三羽ガラスで歩いた春のカミーノから、ちょうど3カ月──2019年の夏の終わりのことである。 Miwakoが無口なのは、初めてのルフトハンザ航空のフライトで、ドイツビールをしこたま飲んで眠かったせいだろう。機内食もソー

          晩夏のカミーノ① ~再び星の道へ

          春のカミーノ⑮ 最終話 ~ナヘラからサント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダへ

          「今日は、先に出発するね」決意をこめた表情でMiwakoが言った。春のカミーノを歩き始めて、11日目の朝──三羽ガラスの巡礼、最終日である。 最後の日くらい、仲間に迷惑かけたくないのだという。今日の行程は、ナヘラからサント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダまでの21.3km。幸い、ほぼ一本道なので迷う心配はなさそうだ。 後半のシルエーニャから先、ラスト7kmは今回の旅で一番のハイライトの絶景だ。ここはぜひ一緒に歩きたい。菜の花畑をバックにサックスを吹くMiwakoを、動画で撮

          春のカミーノ⑮ 最終話 ~ナヘラからサント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダへ

          春のカミーノ⑭ ~ログローニョからナヘラへ

          古来「星の道」と呼ばれるカミーノで出会い、ともに歩いた人というのは、自分の鏡であり、先生であり、メッセンジャーであり……もしかしたら前世でも、少なくとも知り合いだったかもしれない。 私たちは今回、最初から三人連れだったし、アルベルゲ(巡礼宿)にも泊まらないので、そういった出会いにはあまり縁がなさそうで残念に思っていた。しかしカミーノというのは、私たちに罠もかけるが、出会いについても抜かりはなかった。 奇遇にも私の著書を読んでくれていた市川青年と元商社マンのNさん、俊足の韓

          春のカミーノ⑭ ~ログローニョからナヘラへ

          春のカミーノ⑬ ~ビアーナからログローニョへ

          ビアーナのホテルの朝食ビュッフェには、卵料理がふんだんに用意されていた。トルティージャはもちろん、目玉焼きにゆで卵にスクランブルエッグ、スペインでは珍しいポーチドエッグまであった。 パラドールとまではいかないが、さすが旧伯爵邸のホテルだ。一瞬ここがスペインの巡礼道であることを忘れた。 「わあ、卵! やった〜!」 Miwakoが大喜びで飛びついた。今朝はパン祭りはお休みで、めったにない卵祭りだ。これで今日の歩きはバッチリだと胸を張っていたが、目的地のログローニョまでは僅か

          春のカミーノ⑬ ~ビアーナからログローニョへ

          春のカミーノ⑫ ~ロス・アルコスからビアーナへ

          3年前の取材で訪れたときから、ロス・アルコスは気になる村だった。エステージャのようにスピリチュアルなアイコンという訳ではなく、なんてことない田舎なのだが、不思議な引力みたいなものがあった。 このたびのMiwakoのストックをめぐる一連の出来事も、この村のマジックだったように思える。 宿のオーナーにその昔、誰かが託した青いストックは、何年もの間、ずっとMiwakoを待っていたのかもしれない。そして私はその橋渡し役として、ここに呼ばれただけなのかもしれない──。 オーナーが

          春のカミーノ⑫ ~ロス・アルコスからビアーナへ

          春のカミーノ⑪ ~エステージャからロス・アルコスへ

          カミーノ沿いに点在する、無数の町や村の中でも、エステージャはとりわけスピリチュアルな印象がある。旧市街の後ろにそびえる、大きな磐座(いわくら)のせいかもしれない。 ナバーラ王宮の側のサン・マルティン広場は、特に心惹かれる場所だ。磐座の強いエネルギーが、そのまま流れ込んでくるように思えるのだ。 広場の真ん中には、中世の時代の小さな泉がある。名もない泉だが、新月の夜にはひっそりと真実を映す──そんな想像をしてみたりした。 2019年5月23日。巡礼7日目の朝である。 私と

          春のカミーノ⑪ ~エステージャからロス・アルコスへ

          春のカミーノ⑩ ~プエンテ・ラ・レイナからエステージャへ

          毎度のことながら、私たちはまた飲み過ぎてしまった。締めにナバーラ名産のコケモモ酒、パチャランを飲めば二日酔いしないと信じているのだが、そろそろパチャランからも苦情が来そうだった。 プエンテ・ラ・レイナ旧市街のワインバーGanbaraは、カミーノで見つけた小さな宝石だった。気のいいオーナー夫妻とお嬢さんに、また会いたいと思う。 巡礼の旅も6日目。地図に載っている高低図を見る限り、今日のルートはこれまでに比べて、なだらかで楽勝に思えた。この先5kmのマニュエルの村で朝食をとる

          春のカミーノ⑩ ~プエンテ・ラ・レイナからエステージャへ

          春のカミーノ⑨ ~プエンテ・ラ・レイナ(王妃の橋)にて

          大変残念なことに、プエンテ・ラ・レイナの旧市街は、東西にかなり細長く伸びていた。そして私たちの今夜の宿は、その一番西の外れにあった。 ぺルドン峠で痛めた足を引きずり、やっとのこと目的地にたどり着いた喜びもつかの間──さらに1km以上歩かねばならない不運を呪った。しかしその宿をわざわざ予約したのは私なので、要は自分のせいなのである。 メインストリートのマヨール通りには、中世の時代に建てられたサンティアゴ教会や、石造りの館が立ち並ぶ。窓辺に飾られた花が愛らしい。平時であれば、

          春のカミーノ⑨ ~プエンテ・ラ・レイナ(王妃の橋)にて

          春のカミーノ⑧ ~パンプローナからペルドン峠へ

          ナバーラ名産パチャランのおかげで二日酔いにはならなかったが、久しぶりに悪夢をみた。意識の深い深いところまでブクブク沈んでいって、そこから一気に浮上してぽっかり目覚めた、そんな感じだった。 この十年くらいの間に出会った人たちが、次から次へと、これでもかというくらい出てきて、私は軽くうなされた。会いたい人も会いたくない人も、女も男もごちゃ混ぜだった。 悪夢をみるのは良い兆し。カミーノを歩いているときであれば、なおさらだ。自分ではどうしようもない、心に溜まった澱のようなものを、

          春のカミーノ⑧ ~パンプローナからペルドン峠へ

          春のカミーノ⑦ ~スビリからパンプローナへ

          三日三晩、降り続いた雨はようやく上がった。こんなに降るなんて年に何度もないのよと、宿のおねえさんが肩をすくめていた。昨日はやはりアルガ川が氾濫し、この先の巡礼道が水に浸かったそうだ。「でも今日は大丈夫!  あなたたちはラッキーね」彼女はウインクしてくれた。 本当に大丈夫なのだろうか? ここ数日の経験から、カミーノは我々に罠をかけるということがわかってきた。思わぬ非常事態に備えて、カロリーを摂ったほうが良さそうだ。今朝は私も、Miwakoのパン祭りに参加することにした。

          春のカミーノ⑦ ~スビリからパンプローナへ

          春のカミーノ⑥ 〜ロンセスバージェスからスビリへ

          漢方薬がよく効いたせいか、私は少し寝過ごしてしまった。いや、オスタルの夕食で出された巡礼者のためのワインを、さくらちゃんにつられて何杯も飲んだせいかもしれない。 たとえ安いテーブルワインでも「巡礼者のための」という名がつくと、途端にありがたみとおいしさが増す。その結果、つい飲み過ぎてしまうのだった。 コーヒーだけでも飲もうと下に降りていくと、Miwakoが私を見るなり、バツが悪そうな顔をして、こそこそと食堂を出て行った。 「手遅れだったね~」さくらちゃんがニヤニヤしなが

          春のカミーノ⑥ 〜ロンセスバージェスからスビリへ