冬のカミーノ② (『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』より)
◾️前回までのあらすじ
サンティアゴ巡礼本の出版から3年後の、2019年12月。私は、幼なじみで音楽家のMiwakoを相棒に、初めての冬のカミーノに挑戦していた。イテロ・デ・ラ・ベガからレオンまでの130kmを7日間で歩く。荒涼としたメセタの大地が果てしなく続くルートで、バルや宿も少なく、冬場は閉まっていることが多い。
誰よりも歩くのが遅いことで知られるMiwakoだったが、私や「熊野古道女子部」の仲間たちと熊野古道を踏破し、続いてサンティアゴの道も、アルトサックスを背負って歩くようになっていた。しかしその遅さは、全く変わらなかった。
私はそのことにあきれたり、イライラしたり、絶望したりしたが、そのうちなんとも思わなくなった。きっと前世からの約束か何か、彼女なりの理由があるのだ。私のすべきことは、日没前にMiwakoが宿に着けるよう、完璧なスケジュールを組むことだった──。
新装版『スペイン サンティアゴ巡礼の道 聖地をめざす旅』で好評だった旅日記エッセイ「星に導かれて巡礼の旅へ」より、冬のカミーノ編の全文+note限定エピソードを掲載します。
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【2日目】 フロミスタ〜カリオン・デ・ロス・コンデス(20.3km)
冬の日の出は遅く、8時を回ってようやく辺りが白んでくる。町の広場で唯一開いていたバルで、私はパンとコーヒーだけの質素な朝食をとっていた。いや、やはりオムレツも食べておこう。今日はなにしろ目的地のカリオンに着くまで、バルは期待できないのだ。
Miwakoはまだ暗いうちに出発していた。どんなに遅くまで飲んで騒いでも、翌日平気なのは、さすが夜の女だ。私は1時間遅れで出発し、あとから追いかける。これが我々の基本的なパターンだった。
今日のルートは国道沿いの一本道なので、迷いようがない。途中の4つの村のどこかで追いつけばよかった。
昨日とはうって変わって肌寒く、雨まじりの空だ。2つ目の村を過ぎても、Miwakoの姿はなかった。バルもないので先を急いだのだろう。3つ目の村まで来て、さすがにおかしいと思い始めた。まさか追い越してしまったのか?
吹きさらしの道端で、30分ほど待った。韓国人の女の子の二人連れが歩いてきたので聞いてみたが、笠をかぶって楽器ケースを背負った日本人女性は見なかったという。
結局、Miwakoに会えないまま、カリオンに着いてしまった。こう言っては大変申し訳ないが、なんの変哲もない田舎の町だ。狭い石畳の道をはさんで、ごちゃごちゃと店が並んでいる。古ぼけて煤けたショーウインドーは、どこか故郷の町を思い出させた。
今夜の宿は、町外れの橋を渡った先の、オテル・レアル・モナステリオ・デ・サン・ソイロ。壮麗な修道院を改装した高級ホテルである。
巡礼者が贅沢するなんて、という批判は覚悟のうえだ。楽しみの少ない今回の旅では、できるだけ上等な宿に泊まることに決めていた。私はとりあえずバスタブにお湯を張り、冷えきった体を温めた。
Miwakoが到着したのは、それから2時間後だった。フロミスタを出て、すぐに道を間違え、迂回路を歩いてしまったという。
そんなことってあるのだろうか? 彼女は地図を見なかったのだろうか?
無事で安心したものの、私は軽く不機嫌になってしまった。Miwakoは無邪気なもので、スマホで撮った迂回路の写真を見せてくれた。川沿いの木立の中の清々しい道だった。私が歩いてきた国道沿いの道より、あきらかに素敵だ。もしかして、こちらの道のほうが正解だったのではなかろうか?
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私は気が進まなかったが、Miwakoにせがまれて、夕食後、再び訪れたカリオンの町は、昼間とは一変していた。赤と白のクリスマスイルミネーションが町中にあふれ、おとぎの国のようだった。
どの店のディスプレイも、個性的で可愛かった。煤けたウインドーの中は懐かしい宝箱のようで、Miwakoは歓声を上げながら、夢中で写真を撮っている。私に見えていないものを、彼女は見ているのかもしれない。ふとそんなふうに思った。
【3日目】 カリオン・デ・ロス・コンデス~レーディゴス(22.4km)
修道院ホテルの素晴らしい朝食を、私は優雅にゆっくりといただき、Miwakoよりも3時間遅れで出発した。私にだって楽しむ権利はある。
途中16km先のカルサディージャ・デ・ラ・クエッサまでは、大草原の一本道が続く。空はどこまでも青く、なんだか新しく生まれ変わったような心楽しさだ。
気分よく小一時間歩いたとき、携帯電話が鳴った。レーディゴスの宿からだ。なんと給湯器が故障したので、私たちを泊められなくなったという。その村に他に宿はない。紹介されたのは、手前のカルサディージャのオスタルだった。
「しまった!」と思わず声が出た。今日に限ってMiwakoは、遥か先を歩いている。間に合うだろうか?
私は目まぐるしく計算した。あと2時間でカルサディージャに着かないと、彼女は村を通り過ぎてしまう。私はおもむろに、カミーノを全速力で走り出した……。
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結論からいうと、村の出口のところで、笠をかぶって楽器ケースを背負った後姿が見えた。相変わらず、カタツムリのようにゆっくり歩いている。
疲れ果てて叫ぶ力もなかったが、「ミワコさーん」と声を振り絞った。私のすぐ前を歩いていたイタリア人のおじさんも、「ミワコサーン」と一緒に叫んでくれた。
村に一軒しかないという、カミーノ・レアルという名の古びたオスタルで、私たちはとても温かいもてなしを受けた。
泊まっているのは私たちだけだったが、Miwakoはバルで演奏し、宿のみんなを喜ばせた。朝からいろいろあったが、結局これも、天の計らいだったのだ。
🎦 観客は、宿のオーナーとシェフとスタッフの皆さん。マスターはずーっと拍子をとって聴いてくれてMiwakoも大感激
心温まる夜はふけて、冬のカミーノも明日で折り返し地点。私はまたしても、不思議ワールドにうっかり足を踏み入れることになる……。
(冬のカミーノ③ に続く)
◆初出 『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』(実業之日本社刊)
※一部、note限定の書き下ろしです
お読みいただきありがとうございました。次回も一緒にゆっくり歩いてくださいね。
¡Hasta luego!(アスタ ルエゴ またね)
by Miwako
(冬のカミーノ③ に続く)