星に導かれて巡礼の旅へ① (『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』より)
こんにちは。noteに初めての投稿となります。
新装版『スペイン サンティアゴ巡礼の道 聖地をめざす旅』が発売され、お読みくださった皆様から多くの反響をいただきました。
なかでも今回新たに書き下ろした、旅日記「星に導かれて巡礼の旅へ」が面白かったと言ってもらえたのは、嬉しいことでした。
版元の編集者だった頃から、「聖地への旅」をテーマに本をたくさん作ってきましたが、自分の個人的なストーリーを書いたのは初めてでした。そんなものを読みたいという人がいるとは、思わなかったのです。
「そういうものを、読者は読みたいんですよ」と言ってくれたのは、担当編集者のIさんでした。編集者というのは、思わぬ場所に灯火をかかげ照らしてくれる存在なのだと(今更ですが)思い知らされました。
私が編集者をしていた20数年の間、著者にとってそういう存在であっただろうか、と我が身を振り返ったりもしました。
さて、このたび版元の許可を得て、旅日記「星に導かれて巡礼の旅へ」の全文を、何回かに分けてnoteに掲載することになりました。
紙幅の都合で割愛したエピソードや写真なども、note限定で掲載していきますので、すでに書籍を買ってくださった方も、楽しんでいただけると思います。
それでは、写真家の井島健至さんが切りとった、心象風景のような眩いビジュアルとともに、星の道へと歩み出しましょう……
星に導かれて 巡礼の旅へ
Memorias del Camino de Santiago
星の道からの誘い
サンティアゴの道のことを教えてくれたのは、スペインから帰国したばかりの画家の友人夫妻だった。マドリッドでの個展を終えたあと、北スペインの古都レオンから、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまで、「星の道」と呼ばれる巡礼路をたどったという。今から20年以上前のことだ。
私は出版社に勤めていて、西洋の魔術や占いの本ばかり作っていたけれど、ヨーロッパに行ったことは一度もなかった。自由な時間もお金もなくて、長い休暇をとってスペインを歩くなんて遠い夢の世界だった。
レオンの旧市街の美しさや、小麦畑の中をどこまでも続く一本道、大きな振り子のように頭上を行き来するボタフメイロの儀式など、私はうっとりと聞き入った。
帰り際、彼らが私に手渡してくれたのが、聖母マリアをかたどった小さな銀の鈴と、パウロ・コエーリョの小説『星の巡礼』だった。チリンと鈴が鳴ったその瞬間から、巡礼の旅は始まっていたのだと思う。
カードが一枚ずつ手元に配られるように、時間をかけてゆっくりと、聖地へのトビラが開いていった。最初はメキシコ、そしてアメリカのセドナ、ハワイ、スリランカ、イスラエル……。特にセドナは、縁あって年に何度も訪れるようになり、Spitravel(スピトラベル)というペンネームで、聖地のガイド本を書かせてもらったりもした。
最後のカードが配られたのは、2015年の夏。まさか難しいだろうと思っていた、サンティアゴ巡礼本の企画が通った。私は会社を辞めて、巡礼の旅に出ることにした。
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何事にも「先達(せんだつ)はあらまほしきことなり」と徒然草にあるが、私の先達となってくれたのは、カリスマガイドとして知られる中谷光月子さんだ。
カミーノの生き字引というべき中谷さんの名著『サンティアゴ巡礼に行こう!』を愛読していたので、迷わず彼女のツアーに参加した。2015年の秋、これが私のサンティアゴ巡礼デビューだ。
サリアからラスト100kmを歩く初心者向けツアーで、参加者は7名。私が一番若いのに、一番体力がなかった。しかも初日から、ポルトマリンの橋の鉄柱につま先をぶつけて負傷し、2日目からは足を引きずって最後尾を歩くことになった。もう散々である。私が思い描いていたスピリチュアルな旅とは、似ても似つかない……
しかし、たどり着いたサンティアゴ大聖堂のボタフメイロで、みんなで抱き合って大泣きしてしまった。後にも先にも、サンティアゴであんなに泣いたのは、あの一度きりだ。
さて、誰かが「良き行い」をしようとするとき、宇宙が全力を挙げてその人を応援するのだと、パウロ・コエーリョの小説に書いてある。私の場合、宇宙から遣わされた「応援」は、写真家の井島健至氏であった。
井島氏も『星の巡礼』を読んでいて、1カ月に及ぶ巡礼の旅に、カメラマンとして同行していただけることになった。
私と井島氏、そして長年私のアシスタントを務めてくれているアヤちゃん。この3人の旅になるはずだったが、宇宙はもう1人、旅人を送り込んできた。熊野本宮(ほんぐう)に住まう鳥居泰治さんである。
サンティアゴ巡礼道と熊野古道は、1998年に姉妹道となっている。鳥居さんは、熊野本宮大社の鳥居をつくった宮大工の末裔。いわば、熊野の神に仕えるヤタガラスの化身(かもしれない)ということで、丁重にもてなすことにした。
その気持ちに偽りはなかったのだが……詳しくは、書籍の128ページからの「ヤタガラスの巡礼日記」をお読みいただきたい。
起こることは、すべて必然!?
出発の日取りは、2016年5月9日と決まった。何しろ取材日数は限られている。40日間の行程を、28日間で回らなくてはいけないのだ。「効率」という、巡礼にはもっともそぐわない言葉が、私の頭の中を駆けめぐっていた。
結局、旅の前半は、ところどころロケ車で移動することになった。とても残念だがやむを得ない。なるべく目立たないように、小型のロケ車を手配した。
くれぐれも「バス」はやめてねと、手配会社に何度も念を押したが、巡礼初日の朝、サン=ジャン=ピエ=ド=ポーで私たちを待っていたのは、20人乗りの大きなバスだった。そして英語を話すという触れ込みのドライバーは、スペイン語しか話せなかった。
初日から絶望的な気分になったけれど、「カミーノで起こることはすべて必然であり、深い意味があるのだ」とお互いに言い聞かせ、私たち4人の巡礼者は、その大げさなバスに乗り込んだ──。
(星に導かれて巡礼の旅へ② に続く)
◆初出 『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』(実業之日本社刊)
初めての投稿をお読みいただきありがとうございました。次回もどうぞお越しください!
¡Hasta luego!(アスタ ルエゴ またね)
(星に導かれて巡礼の旅へ② に続く)