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【はじめての短歌】あいまいで、もやっとするのがいい
取材記事や日々起きた出来事をブログに書いたりはしているが、短歌をつくったことはない。
国語の教科書に載っていた短歌はある程度、記憶にあるが、それ以外の短歌の作品について比べてみたことはなかった。
つまり、すでに高く評価された短歌を知っているだけで、
複数の短歌を比べて、良し悪しを考えたことがない。
日頃、読んだり書いたりしている文章に比べると、短歌はとても短い文だが、どこに注目して読んだらいいのか。良し悪しを判断する基準を持っていなかった。
穂村弘さんの「はじめての短歌」(河出文庫)を読んで初めて、短歌の読み方を知った。
文章を書くとき、たいていは、読む人に「分かりやすく」「具体的に」と求められる。
しかし、短歌では、「分かりやすく」「具体的に」を目指すと、味わいや面白みがなくなってしまう。
「〇〇は、そういう状態」と「〇〇は、散らかっている」という表現があった場合、短歌なら「そういう状態」のほうが良い。
具体的な状態は一切分からないため、読者は「一体、どうゆう状態」ともやっとし、それぞれの頭で想像する。短歌は、読者の心を動かすことができるか否かが重要だからだ。「散らかっている」では、読者の多くは「あー、散らかっているんだね」で終わってしまう。もやっとしないし、「そういう状態」と比べると、想像もそれほど膨らまないだろう。
短歌では、「それって、どうゆうこと?」と思わせるような、あいまいで、もやっと感を出せると良い。
短歌は、言葉一つひとつの選び方、それらの並べ方で、作品の世界観が大きく変わる。奥深くて、面白いことを知った。