クラッシャージロウ(10)
令嬢と側近が、A財閥に帰ってから1ヶ月後。
もう、関わることもあるまいと思っていたのだが、先方から連絡が入った。
会って話したい事項があるという。
「こんな時刻にすみません。業務時間内は、応接室の予約が一杯で」
A財閥系列の関連会社の情報システム責任者と称する眼鏡を掛けた女性と、アチャが応接室で会談していた。
挨拶と先月のお礼等をすませて、女性はカバンから書類を取り出した。
「では、早速」
機密保護事項が記載された誓約書を前にして女性は話し始めた。
「そちらに依頼したい事項がございますが、説明の中で、機密事項にも触れますので、大変、恐縮ですが、秘密保護契約書に、ご署名頂いてから、仔細を話させて頂きます」
秘密保護契約書を提示された。
アチャは、このあたりの感覚は緩い。というか、こんなもん形式的なもんだと甘くみている節がある。
署名を見て、女性は続けた。
「実を申しますと、彼女は女性アンドロイドです、当社では、ガイノイドと呼んでいます。彼女がガイノイドであること。これは機密事項になっております。社内でも知るものは僅かです」
アチャは、驚いた表情を見せた。それは、今、聞いた事項よりむしろ、二郎の言い分が当たっていたからである。調子づく二郎の顔が浮かんだ。
そんな表情を、彼女がガイノイドであることに驚いたのだと、やはり見抜けない完成度なのだと、勘違いしたらしい、少し得意げな声で女性は続けた。
女性「誘拐された折、犯人の通信ネットワーク機器にハッキングを掛け、我々に居場所を知らせました。当ガイノイドにはWi-Fi機能が内蔵されているんです。」
女性は、アチャの表情を見たが、反応は案外、薄かった。
アチャ(道理で、居場所が分かったわけだ)
女性「ところが、脱出の機会を探ろうと、犯人のサーバーをハッキングした際、ウィルスに感染してしまいました」
声のトーンが少し沈んだ。
アチャ(ウィルスを退治しろとか言い出すつもりか?)
女性「通常、ウィルスに感染した場合の対策として、初期化して、コピーして保管しておいた過去のデータを用いて、感染する前の状態に復元する方法を取ります」
アチャ(無かったことにするわけか)
女性「ところが、当ガイノイドが、それを拒んでいます」
アチャ(どうして?)
女性は、テーブルに2つ置いてあるお茶の1つに手を伸ばし「どうぞ」とアチャにも促した