▼インディースポーツ▼バスケの暴力スキャンダルADV『Watch Me Jump』。女子バスケットボールの本場・WNBAで才能を持つ、憤りを抱える選手の醜聞を認めるか、否定するのか。
▼シーズンテーマ『インディースポーツ』で特集しているタイトルです▼
概ねスポーツにおける選手のほとんどの存在は、試合のパフォーマンスを観るまで完結してしまう。しかしゲームセットを告げられた後にも、あまり語られることがない選手たちの物語がある。そんなことは頭でわかっているのだが、なかなか想像はしづらいものだ。
そんな試合の外での物語を強く観客に想像させる機会が、とても悪いかたちで存在する。スキャンダルである。不倫をはじめとしたセックススキャンダルから、プライベートでの暴力沙汰のようなスキャンダルがひとたび報じられれば、薄ら暗い形で観客は試合の外の選手の姿を想像させるだろう。
そうした薄ら暗いかたちで、ビデオゲームで試合の外の選手にフォーカスした一作が『Watch Me Jump』である。
本作はバスケットボールが題材だが、ゲーム中で試合をすることが一切ない。やることはある選手の視点として、スキャンダルでの身の振り方を選ぶ、無料プレイのアドベンチャーなのだ。
極めてシンプルに描かれたグラフィックで、登場人物の表情は一度も変わることがない。しかし彼女らが発する言葉は、選手としてのキャリア、人生としての道のりを妨げられる憤りに満ちているのである。
執筆 / 葛西祝
バスケットボールの試合は4クォーターに分かれて行われる。『Watch Me Jump』もクォーター制に則り、4章の物語で語られることになる。ただし、競い合うのはバスケットコートの外側で、主人公自らの歪なプライドかもしれない。
オードラ・ビー・ミルズはWNBA(女子のバスケット世界最高のリーグ。NBAの女性版)のミネソタ・リンクスに所属する選手だった。しかし、活躍を期待されるのもつかの間でしかない。いま、彼女は暴力スキャンダルをチームの内部で取り沙汰されている真っ只中にいる。
オードラはチームメイトのソフィーや、チームのコーチに暴力沙汰について問いただされている最中だ。エージェントに今後のキャリアを取り持ってもらっているが、どうなるかはわからない。
プレイヤーはオードラとして、スキャンダルの内容について真実を話すか黙っているか、暴行なりを認めるか否認するかを選んでいく。選択肢によってオードラの性格が変わり、劇中のでの発言も違っていくのが本作の面白いところだろう。
プレイヤーとしてはオードラが何者なのかは見えていない状態なのだが、だんだんとゲームを進めるごとに彼女が抱えているトラブルが何重にも抱えていることが見えてくる。今のWNBAを出て、ロシアのバスケットリーグへ移籍しようと画策していること。アルコール中毒でボロボロになっていること。
ゲームを進めれば進めるほどオードラが共感しづらい人間であることがわかってくるのだが、考えようによっては一人の選手がそのパフォーマンスの背後にどれだけのプライドやメンタルへのストレスを抱えながら生きているかを追体験させるものでもある。
1人の人間が数々のスキャンダルを抱えた果てになにがあるのか? それは現実にスキャンダルが広がった著名人の末路と相違ない。 オードラはコーチや同じチームの選手と諍いを起こし、いわくつきだったロシアのバスケリーグの移籍もある理由により頓挫してしまう。やがて、ミネソタ・リンクスに選手として参加することもなくなり、追い詰められてゆく。
ミネソタ・リンクスはオードラを欠いたまま試合を始める。オードラはホテルにあるバーのTVかラジオで流れる、試合の実況や試合後のインタビューをたったひとりで聞いていた。これは自らの保身や破綻から生じた結末なのだろうか。
演劇作家が作り上げた、バスケットボールのスキャンダル
『Watch Me Jump』がこんな風に奇妙なプロスポーツのドラマを体験する一作になっているのは、開発したのが演劇作家だからかもしれない。クリエイターのジェレミー・ゲイブルは『Watch Me Jump』と同名の演劇を手掛けており、本作は演劇をゲームにしたものでもある。
本作の発想はもともとジェレミーはWNBAを舞台にした劇をやりたいと考えていたとのことで、構想中にNFL 選手の家庭内暴力がビデオに撮られ、インターネットに流出したスキャンダルを見て方向性を固めていったという。
同時に『UNDERTALE』を何十週もやりこみながら可能性を模索したらしく、対話ベースのゲームデザインや、まるでペイントツールで描かれたみたいなビジュアルはそのあたりの影響もあるのかもしれない。
いずれにせよ、『Watch Me Jump』は選手の試合以外の苛烈な人生について体験できる一作には違いない。すべてが過ぎ去ったあとの寂寥感は、スキャンダルそれ自体が持つ後ろ暗さとは違う。いまのところ日本語化はされていないのだが、スポーツ選手のある人生の一瞬を体験させる意味で特異なのである。
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