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【エッセイ】年越しそば
年越しそば
年越しそばは江戸時代中期に生まれた文化らしい。そばは細く長いから延命長寿を願うため、そばは切れやすいからその年の苦労や厄を切って持ち越さないように願うため、「そば」と「側」をかけて家族と来年も側にいることを願うため、年越しそばを食べるらしい。とっても日本人らしい。
昔から年越しそばを食べる習慣がなかったから、年末にそばを食べた記憶はほとんどなかった。そんな僕も、今年は年越しそばを食べる機会に恵まれたのである。延命長寿だの厄除けだのstand by meを願うことができるのである。
12月25日の昼、大学のゼミで年越そばを食べることになっていた。
クリスマスに、年越しそば……とっても日本人らしい。
僕の所属する近現代文学ゼミでは毎年、その年の最後のゼミとして年越しそばを食べにいくらしい。例年に倣うことにしたわけだが、日程的にクリスマスになったことがいささか滑稽ではあった。元々はそれを夜に開催する予定であったかから、ゼミ生はクリスマスの夜を空けておく必要があった。クリスマスの予定を入れるのは、クリスマス当日ではなくクリスマスイブにする人が多いんだろうけど、それでも学生最後のクリスマスをゼミ生と過ごすことになるとは思いもよらなかった。いや、学生最後だからこそゼミ生と過ごすのか。
理由は忘れたけど、結局年越しそばを食べる会は昼に移行した。
大学から程遠い場所にあるちょっとお高めなそば屋の駐車場に、ゼミ生たちが集まった。四年次と三年次と教授。合わせて14人。さすがに14人全員はひとつの席に座れない。小グループに分かれて、店の中に入った。
僕は季節のなんちゃら御前というメニューを頼んだ。そばとてんぷらとごはんと甘味のついた贅沢なメニューだった。
そばかうどんかでいえば、僕はそば派だった。ただ、以前その理由を自分で整理していったとき、面白いことに気付いたのである。
冷たければ、僕はうどんよりもそばが好きだった。
ただ、温かければ、僕はそばよりもうどんが好きだった。
それから、焼きそばよりも焼きうどんの方が好きだった。
年越しそばと聞くと、温かいそばをイメージするが、僕はこのときだって冷たいそばを注文した。僕は基本的に冷たいそばが好きだからである。しかし、どうやら温度が高くなると気持ちがうどんに移るらしい。あっためたり、焼いたりすると、僕はそばからうどんに浮気をしてしまう。そういえば昔から、緑のたぬきよりも赤いきつねの方が好きだった。
さて、団体競技ならばチームうどんに軍配が上がりそうなものだが、忘れてはいけないものがある。そばにあって、うどんにないものがある。
そば湯だ。
そばを食べ終わった後の麺つゆに、温かい茹で汁を入れて食後の余韻を楽しむことができる。冷たいそばを楽しみ、温かいそば湯を楽しむ。この温度の変化、そう、物語があることこそ、そばの魅力ではないか。うどんはこうはならない。仮にうどん湯なんてものがあったって、うどんに軍配は上がらない。冷たければ、うどんよりもそばが好きなのだから。
なんてことを考えながら、そば湯を飲んでいた。
三年次の後輩たちと顔合わせをするのはこれが初めてだったからってこともあり、話す話題はだいたい大学のこととか、ゼミのこととか、卒論のこととか、進路のことだった。そりゃそうか、これは一応ゼミなんだから。
あっという間に2時を回り、僕らは店を出た。お会計は全員分ゼミの教授が持ってくれた。
「卒論が終わっていないのにおごってもらった人は、これは応援だと思って頑張ってください」
教授の言葉に、余裕な顔をする人、表情の変わらない人、渋い顔をした人、様々だったが、僕は昨夜結論まで書き終えている。あとは体裁を整えるだけだったから、完全に余裕な顔はできなかったけれど渋い顔をするほどではなかった。なかには、まだ二万字を超えていない人だっているのだし。
僕はこのあと近くで用事があったから、みんなと別れてひとりで歩き出した。信号待ち、スマホを見ると、新着通知が来ていた。
君からのダイレクトメッセージ。
特筆するべきものでもない。他愛もないやりとり。
それでも、僕はそんなやりとりが来年も続いていけばいいと思うんだ。手紙を認めるように、日記を綴るように、メッセージを贈り合っていきたい。
お互いに帰省するから年越しそばにいることはできないけれど、社会人になった来年はどうだろう。年越しそばにいるのも悪くないかもしれないね。
年越しそばにいよう。年越しそばを食べよう。
きっと叶うよ。
stand by me.
そんな願いを、さっきまで啜っていたんだから。
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