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「家族宛ての手紙」【Story of Message#4】

注意

この文章は、小説『Message』を読まれた方向けのものです。文章中、物語の結末に触れますので、未読の方は以下の記事をご覧ください。


【#1】はこちらから↓↓↓


 大学二年生になってから、もうすぐ20歳を迎えることを意識するようになりました。
 
 僕が生まれたのは、2001年6月30日。
 それから20年後の、2021年6月30日。
 
 その日、僕の人生は20年という節目を迎えることになるのです。
 
 

 僕は記念日とか数字の符合とか、めちゃくちゃ気にする人なので、20歳の年に何か記念になるようなことをしたいなと思うようになりました。

 また、翌年の1月には成人の日があります。成人式の式典が開かれ、地元の旧友たちとの再会を楽しむことができます。きっと同窓会も開かれるから、朝まで呑むのかな、そんな妄想もしていました。
 

 後にも先にも20歳の年は2021年だけだし、僕の人生の中で「成人の日」が一番価値を持つのは2021年だけです。

 ならば、何か仕掛けよう。
 そう思いました。
 

 20歳を間近に控えた2021年6月、その頃といえば「110」のネタを輝かせる物語を探っていた頃でした。その影響もあって、誰かに愛情を伝えようと思い至ったのです。

 当時僕は是が非でも「110」のネタを一つの作品に仕上げたくて、2021年はその創作に捧げるつもりでした。オチが「I love you」なので、とりあえずそれに繋がるような伏線を張っておけば、いつか回収する日が来るかもしれない。そう思ったのです。

 具体的にいうと、家族宛ての手紙を書くことで、そしてそこに感謝と愛情を綴ることで、いつの日か現実と作品に繋がりが生まれるのではないかと考えたのです。 


 僕は人生に伏線を張ること、そしてそれを回収するように生きることが好きなので、これからどんな未来が待っているか分からないけど、とりあえず「『I love you』を伝える」という伏線を張っておこうと決めたのです。

 それを決めるだけで、普段は言えないことが言えたり、できないことができたりするので、悪くない考え方かなと思います。実際、「20歳の誕生日という節目」や「作品への伏線」という意味付けをすることによって、「家族へ手紙を書く」という少なからず恥ずかしい行動を叶えることができたわけですから。何もしないよりはいいですよね。




 僕は茨城大学に通っているので、東京の実家に帰るとなるとトータル3時間くらいかかります。誕生日の6月30日は平日で、もちろん学校がありますから、直接手紙を手渡すことはできそうにありません。その直前の土日に帰省して、そのときに手紙を渡そうと決めました。
 

 帰省する直前、僕は家族への手紙を書き始めました。僕は長い間、父、母、妹、祖母の4人と暮らしていました。4人それぞれに手紙を書くことにしました。そのときに決めていたルールがあります。大きく分けて2つです。
 

 ひとつは、便箋1枚に収めること

 もちろん相手は長い間ずっとお世話になっていた家族ですし、思い出はいくつもありますし、長く書こうと思ったらいくらでも書けることでしょう。しかし、それでとりとめのない中身になってはいけません。長さと満足度は比例しませんし、本当に伝えたいことを伝えるのに便箋は何枚も必要ありません。たった1枚に20年分の思いを込めよう。そう考えたのです。
 
 

 ふたつ目は、冒頭と末尾を統一することです。

「今日は私が20年生きてきたことをお祝いするけれど、伝えたいことが20年分あるので手紙を書きます」
 
で始まり、
 
「今までありがとう。これからもよろしく。私はあなたのことを愛しています」
 
で終わることにしたのです。
 
 

 ご察しの通り、小説『Message』の遊馬からの手紙と同じ形式を取っています。手紙を書くに至った経緯を簡潔に伝えることができ、20年分の思いを最後の3行の中で表現することができるので、我ながらステキなテンプレートだなあとニヤニヤしていました。

 6月26日土曜日の夜に僕の誕生日会がありました。本当はそのときに手渡すべきだったんですが、いざその局面を迎えると勇気が出ませんでした(笑)

 僕の記憶が正しければ、授業の兼ね合いで6月28日の昼に実家を出たはずです。平日の昼間ですから家族は誰もいませんでした。4人宛ての手紙を机の上に置いて、僕は実家を後にしました。
 
 その日の夕方、学校や仕事から帰ってきた母や妹、祖母からLINEが来ました。そこには手紙を書いてくれたことへの感謝の言葉がありました。あまりに突然のことだったからか、妹からは「え、死ぬの? 病気?」と心配されました(笑)
 
 父親からは何も連絡が来ませんでした。性格を考えれば、逆に何か返ってくる方が珍しいので大して何も思っていませんでしたが、手紙を読んだ父親の様子を母親から聞かされました。

 涙していたらしいです。
 

 母親から僕の手紙を渡された父親は、中身を読んで、目元を抑え、そのまま書斎へ向かったそうです。もちろん、本当のところはどうか分かりませんが、父親の心を動かすことができたなら、20年分の思いが伝わったなら、それに越したことはありません。

 

 20歳の誕生日に、家族宛ての手紙を書く。
 
 僕のひとつの思い付きは、家族の心を動かし、大きな価値と意味を持ちました。それだけに止まらず、まもなくそこにさらなる新しい意味が生まれました。


「110」のネタと繋がったのです。 


 恋愛心理学者の話をボツにした理由は、「I love you」というダイイングメッセージを普遍的、王道的な物語の中で扱いたかったからです。そして、それを解決するために次に思い付いたのは、「結婚式」の話でした。
 
 永遠の愛を誓う場所で、「I love you」というダイイングメッセージを遺す。
 
 何も申し分ありません。きっとステキな物語に仕上がっただろうし、感動的な作品が誕生したでしょう。

 しかし、僕は「結婚式」のネタもボツにしたのです。


 もっと個人的なストーリーにしよう。
 
 僕だから書けるストーリーにしよう。
 
 そう思ったのです。
 

 つまり、20歳の誕生日という節目に、家族宛てに手紙を送った経験をふまえて、家族への愛情を伝える物語にしようと決めたのです。 

 もちろんその時点で、具体的な構想は何も決まっていません。これからどんな物語が生まれるのか分からないけれど、圧倒的な物語を綴れるという勝算はありました。
 

 僕の手の中には、とっておきの切り札が2枚あったからです。


 「110」というダイイングメッセージのネタ。

 20年分の思いを込めた家族宛ての手紙を書いたという経験。
 

 このふたつがあれば、僕は無敵だ。
 20歳の年、20歳の物語を綴る。
 僕にとって、これ以上ない記念になる。
 絶対に、完成させよう。
 
 

 梅雨が明けた頃、僕の心に一足先に、真夏が訪れました。
 
 
 2021年、7月。
 小説『Message』は動き出したのです。


(つづく)


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