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新作『桃太郎』第2稿

はじめに


どうも横山です。

お待たせしました。やっと書ききりました。これまでみなさんから頂いたコメントを参考にしながら、課題を解決しつつ、僕らしさも残しつつ、創作していきました。

作品の内容に関して指摘する場合、一時的に章のタイトルをつけますので、タイトル名と共に指摘いただけると、僕も、他のみなさんも分かりやすいかなと思います。

誤字はふんだんにあると思います。モモタロウ表記にしたのですが、桃太郎のままの箇所がたくさんあると思いますが、それはあとでちゃんと訂正するので、指摘しなくて大丈夫です(笑)

あと、なんだかんだ長くなってしまいましたが、長さや読みやすさについても意見してくださるとうれしいです。

是非、感想等よろしくおねがいします!



1「桃の里」

とある山のふもとに、桃の里と呼ばれる場所がありました。里の近くに、桃の木がなる森があるからです。里に住む人間たちは、桃を神聖な果物だと信じ、とても大切にしています。

その里に生まれたモモタロウは、心やさしい元気な子。他の子どもたちにかぎらず、森に住む動物たちとも仲良く遊んでいます。

特に仲良しなのは、イヌとサルとキジ。モモタロウはそれぞれ、バウ、ヤック、ケンと呼んでいました。


2「家族」

ある日の昼どき。モモタロウの家では昼食を食べていました。

「モモタロウ、今日はどうするんだ?」

お父さんのトウジは木の実を食べながらききました。

「今日は、バウたちと一緒に鬼ごっこをしようと思う」

「あんまり遠くへはいかないでよ」

お母さんのカヲリの心配を払拭するように、モモタロウは大きくうなずきました。

「ねえ、お父さん。鬼ごっこってなんで鬼ごっこっていうの?」

トウジは手を止めます。

「モモタロウ、悪いことをしたらどこに連れていかれる?」

「鬼ヶ島」

「そうだ。そこには何が住んでいる?」

「鬼」

「そうだ。鬼はとても恐ろしい生き物だ。ひどい仕打ちをされる。そんな恐ろしい鬼から逃げるのが、鬼ごっこなんだ」

「ふーん。鬼って、こわいね」

桃の里では、子どもが悪さをしたり危険なことをしたとき、大人は決まって「鬼ヶ島に連れていくぞ!」と口にします。

鬼ヶ島とは、森をぬけて、浜辺をこえて、海の向こうに浮かぶ島のことで、そこには鬼という恐ろしい生き物が住んでいるのです。

「ごちそうさま!行ってきます!」

「気をつけてね!」

カヲリは家を出て、モモタロウを見送りました。


3「森」


バウとヤックとケンと一緒に遊ぶときは、里の北の方にある、ため池の前でいつも待ち合わせていました。モモタロウが着いたとき、すでに三匹はため池の前で待っていました。

モモタロウの予定通り、4人で鬼ごっこをすることになりました。鬼になったのはケン。桃太郎は森の方へ逃げました。

「よし。ここまで来れば、きっとつかまらないぞ」

しかし、森のなかはまるで迷路のよう。分かれ道と行き止まりの連続で、モモタロウはたちまち迷ってしまいました。とうとう陽が沈み、あたりは闇に包まれます。

桃太郎の胸のなかは不安でいっぱい。おなかもすいたし、のどもかわきました。森のなかはしんと静まり、どこかで鳴いているふくろうの声だけが響きます。

あてもなく歩いていた桃太郎でしたが、途中で聞こえてきた川のせせらぎに耳をすませ、川にたどりつくことができました。手で上手にすくって、のどをうるおします。

少し元気を取り戻した桃太郎はあたりを見渡します。大きな影を見つけました。近づいて確認してみると、川に面するように大きな木の家が建っていたのです。窓から小屋のなかをのぞいてみます。

「これは!?」

モモタロウが何かを見つけたそのときでした。

ガサガサガサ。

後ろの方の草のゆれる音がしました。里のだれかでしょうか。森の動物でしょうか。現れたのはそのどちらでもありませんでした。森のなかは暗いのでよく見えませんでしたが、見知らぬ少女です。モモタロウよりも背が低く、モモタロウと同じように浴衣を着ていました。

「キミは、だれ?」

モモタロウはたずねましたが、少女は首をかしげるだけです。

「どこから来たの? どうしてここにいるの?」

どんな質問をしても、少女は何も答えませんでした。モモタロウの言っていることが分からないのか、きょとんとしているだけです。

ガサガサガサ。

再び、草のゆれる音がしました。今度こそだれかが助けにきてくれたんだと期待しましたが、うかび上がったシルエットは人間の形をしていません。細く、長かったのです。

「毒ヘビだ!」

モモタロウは父親に前に言われたことを思い出します。「森のなかには毒を持った大きなヘビがいる。そいつにかまれたら毒が身体のなかを回ってしまうから気をつけなさい」と。

森の動物たちとも仲良しの桃太郎ですが、毒を持つとなると話は変わります。モモタロウは近くにあった小石を拾って、毒ヘビめがけて投げました。

見事命中しましたが、そのせいでヘビは激しく怒りました。天に向かって叫びます。

「逃げよう!」

モモタロウは少女の手を取り、走り出しました。それと同時に、ヘビが後から追いかけてきます。暗い森のなかをあちらこちらへ走りまわります。

短い悲鳴が上がりました。

少女が石につまづいてこけたのです。手をつないでいた桃太郎もしりもちをつきました。二つに割れた舌を見せ、するどい目つきでにらみつけ、ゆっくりゆっくり近づきます。

少女は桃太郎のうしろにかくれました。ぶるぶるとふるえているのを、背中越しに感じます。

ヘビの動きは止まりません。桃太郎は少女の手をにぎり直しました。

怖くて一歩も動けなかった桃太郎たちでしたが、ヘビは急に動きを止め、近くの草むらへ、スルスルと消えていきました。わけは分かりませんが、どうやら助かったようです。

「ふう、危なかった……」

桃太郎は額の冷や汗をぬぐいます。少女はほっとした様子で、胸をなで下ろしていました。そのとき2人は、お互いに手をつないでいることに気付き、突然恥ずかしくなって手をはなしました。

目を泳がせていたモモタロウでしたが、浴衣の裾からのぞく少女のひざにかすり傷を見つけました。

「けがしてるじゃないか!」

モモタロウは傷を指差すと、少女はコクリとうなづきました。

「ちょっと待ってね……」

そう言ってモモタロウは浴衣の袖口から小さなビンを取り出しました。それはお父さんからもらった薬です。けがしたところに塗ると、すぐに治ると教えてくれました。モモタロウはそれを手に取って、少女の足に塗ってあげました。

薬がしみたのか、少女は顔をしかめました。しかし、すぐに効果が表れて、かすり傷は治り、少女の足は元通りになりました。モモタロウは初めてこの薬を使ったのですが、想像以上の効果におどろきました。

少女は顔を上げ、言葉を話しました。

しかし、モモタロウは、少女が何を言っているのか理解できませんでした。里で使っている言葉ではなかったからです。モモタロウにとって話す言葉といえば、里でみんなが使う言葉。それ以外の言葉があることなど知りません。

しばらく少女は何かをうったえていましたが、モモタロウは理解できませんでした。何としてでも通じ合いたいと思ったモモタロウは考えました。

(そうだ!名前なら、きっとどこの世界だって同じだ!)

モモタロウはもう一度、自己紹介することにしました。自分の鼻を指差して、自分の名前をゆっくりはっきり言いました。

はじめこそ上手く言えていませんでしたが、何回かくりかえすうちに少女の発音はしっかりしてきました。

「モモタロ!」

ついに少女はちゃんと理解してくれたのです。すると今度は少女が、自分の鼻を指差して、「キ、コ」と言いました。

「キコ?」

キコの顔はパッと明るくなり、大きくうなづきました。それから二人は、お互いの鼻を指差して、お互いの名前を呼び合いました。

「キコ!」

「モモタロウ!」

「キコ!」

「モモタロウ!」

何度も何度もくり返します。
名前を呼び合うたびに、2人の顔はほころんでいきます。

2人の笑顔が呼び寄せたのでしょうか、黒い雲にかくれていた月が顔を出します。森のなかに月明かりが差しこんできました。

月の光は、キコの笑顔をさらに輝かせるのと同時に、森の闇にかくれていた秘密を影にして、道に伸ばしました。

「キコ、それって……?」

森の闇のせいで今まで気が付きませんでしたが、キコの頭の上に三角の形をした何かが2本、髪のなかからのぞいていました。そう、角です。

キコもそのときになって初めて、モモタロウの頭に角がないことを知りました。お互いが一歩ずつ、後ずさりをします。口を小さく開けたまま、一歩ずつ。

ケーン、ケーン。

突然、頭の上から鳴き声がしました。見上げると、ケンが羽をばたつかせています。まもなくして、トウジと里のみんなが来てくれました。三匹が、モモタロウがいなくなったことを里のみんなに知らせてくれたのです。

「おい!モモタロウ!探したじゃないか!」

トウジは桃太郎を叱りつけました。モモタロウはうつむきながら謝りました。トウジの後ろでは里のみんながほっとした様子です。一緒に鬼ごっこをしていた三匹は責任を感じているせいか、しゅんとしています。

「帰るぞ、モモタロウ」

トウジが背を向けました。一歩をふみ出しましたモモタロウでしたが、思い出したようにふり返ります。しかし、そこにキコの姿はありませんでした。


4「疑問」


桃の里のいたるところで、たいまつの火が灯っていました。夜更かしをする里のなかを、モモタロウは父親の背中をじっと見つめながら歩いていました。

家に帰ってから、モモタロウはトウジにこっぴどく叱られました。いつものように「鬼ヶ島に連れていくぞ!」と怒られました。

モモタロウはうつむきます。

「お父さん、鬼って、角が2本あるんだよね」

「ああ、そうだ。それがどうした?」

「お父さん、ボク……鬼に会ったかもしれない」

トウジは顔をしかめました。これにはカヲリも黙っていられません。

「モモタロウ、鬼に会ったってどういうこと?」

「森のなかで会ったんだ。角の生えた女の子に」

トウジとカヲリは顔を見合わせました。

モモタロウは森のなかでの出来事を話しました。キコという名前の少女とのひとときを両親に聞かせました。

「……それでね、キコはお月さまみたいに明るく笑うんだ。言葉は通じなかったけど、キコとならきっと友達になれると思う!」

モモタロウはキラキラした顔で言いました。ちゃんと説明すれば、きっと分かってもらえる。そう信じて打ち明けたのですが、おとうさんの表情は険しくなるばかり。顔をぶるぶるとふるわせています。

「モモタロウ、もう勝手なことはよして。これ以上、お父さんや里のみんなを困らせないで」

カヲリはため息まじりに言いました。それでもモモタロウは引き下がりません。

「鬼は……本当に悪いやつなのかな? ボクはちがうと思う。本当は……ホントの本当は!」

「そんなわけがあるか!」

トウジがどなりました。家のなかの空気がこおりつきます。モモタロウは身体をこわばらせました。

「里のみんなでおまえを探しているときのことだ。森の向こうの浜辺で、船がとまっているのを誰かが見たらしい」

「船?」

「鬼だ。鬼の船だ。桃の森に入って、また桃をぬすんでいったにちがいない。悪いやつに決まってるだろ!」

モモタロウは何も言えなくなりました。ぎゅっとくちびるをかみしめます。

「モモタロウ。里の人は、子どもたちのことを本当に大切に思っている。この里の希望だからだ。もう危ないことはするんじゃない。鬼と友達になりたいだなんて言うんじゃない。分かったな?」

「……はい」

返事はしたものの、モモタロウは納得したわけではありませんでした。



5「出発」


ため池の近くに生えている笹をぬき取って、モモタロウは笹船をつくりました。静かに、ため池に浮かべます。木の枝で水面をたたき、小さな流れをつくると、笹船はゆっくりと動き始めました。

父親に叱られたからといって、モモタロウの好奇心は消えません。もう一度、キコに会ってみたい。鬼のことをもっと知りたい。その気持ちは日に日に大きくなっていきました。

とうとう我慢ができなくなったので、モモタロウは決意を胸に、このため池に来たのです。

まもなくして、バウとヤックとケンが現れました。あいさつもせず、モモタロウは小さな声で自分の決意を語りました。

「ボク……鬼ヶ島へ冒険しにいこうと思う」

三匹はびっくりぎょうてん。目をまんまるにさせて、口をあんぐり開けました。桃太郎は三匹に、森でのことを話しました。そして、この前トウジに言われたことも話しました。

「ボクは、鬼は悪いやつじゃないと思うんだ。でも、分からない。おとうさんの言うように、もしかしたら本当に桃をぬすんでいったのかもしれない。分からない。だから、確かめにいきたいんだ。鬼ヶ島に行って、確かめたいんだ」

モモタロウの熱い思いが届いたのか、三匹は協力してくれるそうです。

「みんなに見せたいものがあるんだ!一緒に来て!」

モモタロウは三匹をつれて、森のなかへ入ってきました。川のせせらぎに耳をすませます。しばらく森を歩き、とうとう川に着くことができました。そう、モモタロウが目指していたのは、キコと出会う前に見つけた、あの木の家でした。

窓をのぞいて、誰もいないことを確認すると、モモタロウは扉を開けました。なかをのぞいた三匹はびっくり仰天。

そこには5隻の船があったのです。

モモタロウがあの夜に見たものは、船だったのです。

鬼ヶ島に行くためには海を渡らなければなりません。どうしても船が必要でした。しかし、運のいいことに、モモタロウは船を見つけていたのです。

「これで、鬼ヶ島に行こうと思う」

興奮してきたのか、ヤックがはしゃいでいます。ケンはぐるぐる飛びまわっています。モモタロウもなんだか楽しくなって、笑顔がこぼれました。

四人で力を合わせて、小屋から船を出し、川に浮かべました。モモタロウとバウとヤックは船に乗り、空を飛べるヤックは先導係になりました。

「このままこの川を下れば、海に出る。みんな!準備はいいかい?」

三匹がおのおの声を上げます。

「さあ!出発だ!」

冒険の始まりです。



6「海」


きれいな青空が広がっていました。その下を、モモタロウたちを乗せた船が波にゆられています。

モモタロウとヤックがオールを持って、船をこいでいました。両手を自由に使えるからです。船をこぎながら、モモタロウは考えていました。

鬼ヶ島とはどんな場所だろう。

鬼とはどんな生き物だろう。

キコは、普通の人間のような見た目でした。髪もあったし、服も来ていました。違いといえば、ただ頭に角が生えていただけです。

そういえば、キコはあのあとどうなったのでしょう。

おとうさんたちがやってきて、キコはいなくなってしまいました。キコは無事に帰れたのでしょうか。

そもそも、キコが本当に鬼だとしたら、どうしてあの森にいたのでしょう。鬼が住んでいるのは鬼ヶ島。桃の森へ行くためには、今のモモタロウたちのように海を渡らなければいけません。

モモタロウはおとうさんから聞いた話を思い出します。

里のだれかが、浜辺にとまっている鬼の船を見たそうです。それが正しいなら、キコはあの船に乗ってやってきたのでしょうか? 帰りもあの船に乗って、帰っていったのでしょうか? 無事に、鬼ヶ島へ帰れたのでしょうか?

ケーン!ケーン!

ケンの鳴き声に、モモタロウは我に返りました。

「ケン、どうした?……あっ!鬼ヶ島だ!」

そうです。海の向こうにポツンと浮かぶ島が見えたのです。鬼ヶ島にちがいありません。

ケーン!ケーン!

「よーし!もうすぐだ!頑張るぞ!」

モモタロウとヤックはさらに力を入れてオールをこぎました。

ケーン!ケーン!

ケンの声がやみません。

「分かったから、そんなさわぐなって」

ケーン!ケーン!

モモタロウは何かがおかしいと思いました。今までに聞いたことのないケンの声だと気付きました。鬼ヶ島がみえて喜んでいる声ではありません。何かをおそれているような、はりつめた声です。

次の瞬間でした。

船が大きくゆれます。

モモタロウとヤックはこぐ手を止めました。

まるで海そのものがゆれているようです。

ついに船はひっくり返り、モモタロウたちは海にほうり投げられました。空を飛べるケンは羽をつかってモモタロウたちを助けようとしますが、力が弱いので引き上げられません。ゆれは大きくなり、ついにバウとヤックが波の飲まれてしまいました。

鬼ヶ島までもうすぐというのに、ここで死んでしまってはなりません。

モモタロウはふんばろうとしますが、どうすることもできません。ふとふりかえると、進んできた方から巨大な波がおそってきました。

モモタロウもケンも、その波に飲まれてしまいました。


7「父の決意」


その頃、桃の里では突然の地震におそわれて、さわぎになっていました。

ゆれに耐えきれず、たいまつ台がたおれています。まだ明るかったからいいものの、火をつけていたら、大火事になっていたに違いありません。桃の里の家は木やわらでできていますし、桃の里が燃えてしまったら一巻の終わりでしたから。

里のみんなは家族がちゃんと全員そろっているのか、確認し合っています。

「オレたちの家族は大丈夫だ!」

「こっちもみんないる!」

「子どもたちは無事か!?」

まもなくして、住人の安否が確認できました。みんな大きなケガせず、無事でした。しかし、ただ一人、行方の分からない者がいました。

トウジはため池の前にたたずんでいました。そばに生えている笹の葉をじっと見つめていると、里の南の方を探していたカヲリが走ってきました。

「あなた!見つかった?」

トウジは歯をくいしばり、首を横にふります。

「モモタロウ……どこ行ったのよ……」

カヲリはがっくりとうなだれます。いやな予感が頭をよぎって離れません。2人の間を冷たい風が通りぬけました。

「鬼に、さらわれたのかもしれない」

「え?」

「この前、鬼の船が来たのは、里の誰かをさらうための下見に来ていたんだ。キコとかいう鬼の娘にたぶらかされて、モモタロウは鬼に連れ去られたんだ」

トウジの言葉を聞いて、カヲリの目から涙がこぼれ落ちました。たおれるように地面に座り込み、頭をかかえながら、おえつをもらしています。

異変をさとった里のみんなが、2人の前に集まってきました。

「トウジさん、カヲリさん。どうしたんですか?」

「モモタロウは無事だったの?」

里のみんなが質問を重ねてきます。泣き続けるカヲリと、何も言わないトウジに、里のみんなの顔がくもっていきます。

「鬼にさらわれた!」

水を打ったように静かになりました。カヲリの泣き声だけが残ります。里のみんなの顔が恐怖でひきつります。

「モモタロウは鬼にさわられたんだ。だから、オレは……」

トウジがふりかえりました。

「鬼ヶ島へ行こうと思う」


8「鬼ヶ島」


モモタロウは目を覚ましました。青い空に白い雲が浮かんでいます。風に乗って、波の音が耳に届きます。起き上がろうとしましたが、全身に痛みを感じて、横になったままでいました。

服がぬれています。モモタロウは思い出しました。突然船がゆれ出し、大きな波にのまれたのです。

「みんな!」

モモタロウはガバッと起き上がりました。全身が痛みます。

あんなに荒れていた波はおだやかになっていて、砂浜に寄せては返しをくり返しています。

「あ!」

波打ち際に何かの影を見つけました。痛む身体をふるい立たせて、そばへかけ寄ります。

「バウ!」

モモタロウはバウの身体をゆすりました。はじめは反応がなかったのであせりましたが、まばたきをしたのを見て安心しました。

そのあと、あたりを散策していると、ヤックとケンも見つかりました。意識がに状態でしたが、二匹とも目を覚ましました。

「一時はどうなるかと思ったけど、どうにか鬼ヶ島にたどり着いたみたいだよ」

モモタロウは見上げました。

大きな岩の壁が立ちはだかっています。ものものしい雰囲気がただよう光景に、モモタロウたちは息を飲みました。

「さっき、入り口みたいなところを見つけたんだ。こっち!」

モモタロウが案内した先には、たしかに入り口と思われる大きな穴がありました。穴のなかへ風が通り過ぎていきます。

そこはどうくつになっており、向こうへと続いているようです。モモタロウは闇のなかへふみ入れました。思ったよりどうくつは長くなく、すぐに光が見えてきます。

どうくうを抜けると、目の前には見たことのない景色が広がっていました。美しい田んぼに畦道がのびています。色とりどりの花が咲き、小鳥のさえずりが聞こえてきました。

「キレイな場所だ。ここが本当に、鬼ヶ島なのかな……」

モモタロウたちはまわりの景色を見渡しながら、ゆっくりと歩いてきました。

目の前に気配を感じます。バウが吠えました。

モモタロウの前に、青い鬼がいたのです。頭から強く固そうな角が二本生えていました。おそろしい顔で何か言われましたが、モモタロウは理解できませんでした。しかし、確証はありませんが、キコが話していた言葉と同じだと思いました。

青鬼は叫びました。持っていた金棒でモモタロウたちを威嚇します。

モモタロウたちは何も武器を持っていません。このまま鬼におそわれたらひとたまりもありません。

鬼はどんどん集まってきます。赤い鬼、黄色い鬼、緑の鬼。強そうな身体の鬼たちが金棒を持って集まってきて、あっという間にモモタロウたちを囲んでしまいました。

「ボクは桃の里のモモタロウ!話がしたいんです!確かめにきたんです!」

モモタロウがいくらうったえても、言葉の通じない鬼たちは理解してくれません。このままではやられてしまう、そう思ったときでした。

「モモタロウ!」

聞き覚えのある声のした方を見ると、そこに立っていたのはキコでした。

「キコ!」

「モモタロウ!モモタロウ!」

キコは何度も名前を読んでくれました。

キコが他の鬼たちに説明してくれたおかげで、モモタロウたちは難をのがれました。鬼たちは納得のいっていない様子でしたが、金棒を下しました。もときた場所へ戻っていく鬼もいました。

キコは桃太郎のそばにかけよってきます。

「モモタロ! ワタシ、ニンゲンノ、コトバ、スコシ、オボエタヨ」

「本当だ!すごい!」

「アリガトウ。モモタロニ、マタアエテ、ウレチイ」

「ボクもキコまたキコに会えて、ウレシイ、よ」

「ソウ! ウレシイ!」

2人は笑いました。あの夜のことを思い出します。キコが無事でよかった。キコが名前を覚えてくれていてよかった。キコは本当に鬼だったんだ。

そこへ黒い鬼がやってきました。髪とひげが白く、目は細く、おじいちゃん鬼のようです。

「人間の子どもか……ついてきなさい」

黒鬼が背中を向けて歩き始めたので、モモタロウたちは言われた通り、後を追いました。


9「親子」


その頃、トウジは里のみんなを引き連れて森のなかにいました。川の流れる音のする方へ歩いていました。

「みんな!川に着いたぞ!」

「のどがかわいたから、一休みだ」

川のそばに近寄った男が、ふと視線を右にやりました。

「トウジさん、あの木の家は何ですかい?」

「船小屋だ」

里のみんながざわざわし始めました。

「オレはひそかに船をつくっていた。いつかこんな日が来ると思ってね。最近は特に鬼の悪事が目立つ。桃の森を守るためにも、大事になる前に鬼を退治する必要があった。そのためには、船をつくらなければいけなかった」

トウジは木の家をじっと見つめています。その背中を、里のみんなはだまって見つめていました。

ガサガサガサ。

「誰だ!?」

里のだれかが叫びました。ゆれた草の向こうから現れたのはヘビでした。モモタロウをおそった、例のヘビです。あの夜と同じように、鋭い目つきで人間たちをにらみつけています。

「毒ヘビです!退治します!」

やりを持っていた若い男が、一歩をふみだそうとしましたが、トウジは「待て」と言って彼を止めました。

「そこの草むらにはそいつの根城がある。この前来たとき、卵を産んでいた。きっと今は、そいつもだれかの親だ」

「し、しかし、毒ヘビですよ!」

「子どもを守りたいだけだ。下手に刺激しなければ、かまれる心配もないだろ。子どもを思う気持ちは、人間も動物も同じだよ」

トウジの言葉に、若い男はやりを下しました。人間が

「みんな聞いてくれ!モモタロウは鬼にさわらわれた!オレは自分の息子を命がけで守りたい!我が子のために、力を貸してくれる者がいるのなら、共に船に乗ってほしい!共に鬼退治をしてほしい!」

トウジの熱い言葉に、里のみんなは胸を打たれました。

「よし!みんな!鬼ヶ島に行くぞ!」

「武器になるものを準備しろ!」

「一刻を争う!準備ができたらすぐ出発だ!」

里のみんなは、一度里に帰って武器を準備する者と、万が一のときのための桃を集める者と、トウジと共に船の準備をする者とに別れました。

トウジは船小屋の扉を開けます。なかに入り、さっそく準備にとりかかりました。そのとき、船が一隻ないことに気付いたのです。



10「歴史」


モモタロウたちが案内されたのは、鬼ヶ島で一番立派なお屋敷。黒い鬼の住んでいる家です。

バウたち三匹は、屋敷の外で待つことになりました。はじめは少し不安そうでしたが、鬼の子どもたちになつかれて、一緒に遊ぶことになりました。

モモタロウはとても広い部屋に通されました。部屋に入った瞬間、壁にそって座っていた鬼たちににらみつけられました。

モモタロウはおそるおそる畳の上に正座しました。その前に黒鬼が座りこみ、あぐらをかきます。そばには小さな机が置かれ、その上には湯呑がふたつ並んでいました。

「おいしい水だ。せっかくだから飲みなさい」

モモタロウは礼を言って、湯呑に手を伸ばしました。水を飲んで、少し緊張がほぐれた気がします。

「わしはライデン。この鬼ヶ島のおさだ。キミは名前をなんという」

「モモタロウ!」

横にいるキコが叫びました。モモタロウはうなずいてから、自分でも名乗りました。

「ライデンさんは人間の言葉が分かるんですね」

「わしだけじゃない。ここにいる鬼たちも理解している。民の上に立つ者はあらゆる知恵が必要だからな。それはともかく……」

ライデンはせきばらいをはさんでから言いました。

「どうしてこの地へ来た?」

「確かめたかったからです。鬼ヶ島とはどんな場所か。本当に鬼は悪者なのか」

「ほう……」

ライデンはあごをさすりました。

「ボクは桃の里という場所で生まれました。里のみんなは、鬼は悪いやつだっていうんです。だから、ボクもそう思っていました。キコに出会うまでは」

鬼たちがキコの方を見ました。キコは恥ずかしそうに、下を向きます。

「少し前に、森のなかで会ったんです。言葉は通じなかったけれど、お互いに名前だけは分かって、それだけで分かり合えた気がして、楽しかったんです。そのときボクは思いました。鬼は悪者なんかじゃない。きっと、もっとなかよくなれるんだって。でも……」

「でも?」

「あの夜、里のだれかが見たって言うんです。桃の森の近くの浜辺にとまっていた鬼の船を。きっと桃をうばいにきたにちがいないって言うんです」

黒鬼はだまったままです。

「だけど……どうしても信じられなくて。キコみたいに、鬼はやさしい生き物のはずだって思って、そんな桃をうばうとか考えられなくて……だから、確かめに来たんです」

「その昔、鬼と人間は共に暮らしていた。キミが生まれた桃の里でな」

「え?」

「しかし、あるとき突然その平和がこわされてしまった」

「何があったんですか?」

「鬼の子どもがいじめられていた。角があるから。肌の色が違うから。そんな理由で、人間の子どもたちからなぐられたんだ」

それを聞いて、桃太郎は少し目をそらしました。ライデンは話を続けます。

「しかし、鬼の子どもはいじめられっぱなしではなかった。そばにあった石を投げ、木の枝を武器にして、戦ったんだ。結果、人間の子どもは死んでしまった。それが引き金になって、鬼と人間は真っ向から対立。いくさが始まった」

「それで……どうなったんですか?」

「おまえさんたちは鬼をどんな風に理解しているか定かではないが、鬼は図体が大きいだけで、人間よりも強くない。いくさに勝ったのは人間だよ。生き残った鬼は数えるほど。その者たちには、島流しの罰をあたえられた。そうして鬼たちは暮らし始めたんだよ。この鬼ヶ島で」

モモタロウは何も言えませんでした。そんな歴史があったなんて、思いもよりませんでした。

「ライデンさん……その話って、本当に、本当なの?」

「ああ。もちろんだ。何せ、そのいじめられっこというのが、このわしだからな」

モモタロウは驚きました。ライデンが語っていたのは、誰かから聞いたうわさ話ではないのです。人生そのものだったのです。


「その後、鬼は死にものぐるいで働き、この島をゆたかにした。田んぼをつくり米をとり、海に入って魚をとった。そのために必要な道具も自分たちでつくったんだな。しかし、どうしてもつくれないものがあった」

「つくれない、もの?」

「薬だよ」

ライデンは一度水を飲んで、のどをうるおしました。

「鬼も病におかされる。それを治すすべがなかったんだ。かつて桃の里に住んでいた鬼たちも、もちろん桃が薬であることは知っていた。しかし、桃がなるのは、海をへだてた向こうの森の木。海を渡るのは危険だ。それでも、病におかされた者をみすみす死なせるわけにはいかない。桃がなくなったら、若い男どもが船に乗り、桃をとってかえる。それが、真実だ」

モモタロウははっとしました。

あの夜、キコのかすり傷を治したあの薬は、桃の実をすりつぶして作られたものだったのです。おとうさんからは薬だとだけ聞かされていましたが、あの正体は桃だったのです。

「ライデンさん。ボクは知らないことばかりで、勝手に鬼は悪い生き物なんだって勘違いしていました……ごめんなさい」

モモタロウは深く頭を下げました。

「モモタロウ、顔を上げなさい」

顔を上げると、ライデンはやわらかくほほ笑んでいました。

「人間の子どもが来たと聞いたときは、またいくさでも始まるのかと思った。直前に、島が大きくゆれたからな。何かよからぬことが起こるとおそれていた。だが、どうやら思い過ごしだったようだ。キミのような人間に出会えて、とてもうれしく思う」

「ウレシイ! ウレシイ!」

キコがはしゃぎます。

「モモタロウ、今夜はゆっくりしていきなさい。ごちそうをふるまおう」

ライデンのさそいに、モモタロウは大きくうなずきました。



11「夜のうたげ」


夜のうたげは、酒場にある広い部屋で行われました。鬼ヶ島に住む鬼たちが一つ屋根の下に集まります。

「おいしい!なんだこれ!」

モモタロウが食べたのは、白く光る豆のような食べ物です。しかし、豆のように固くありません。やわらかくもっちりとしているのです。

「それは、白米っていうんだ」

緑の鬼が教えてくれました。モモタロウが鬼たちに囲まれていたあたりには田んぼがありました。今は青く茂っていましたが、涼しくなったら、こうべの垂れた稲を収穫するのです。

「なあ、モモタロウ、食べるときは、箸を使うんだぞ」

緑の鬼がお盆の上にある2本の棒を指差しました。モモタロウはぽかんとしていましたが、箸の持ち方をていねいに教えてもらい、上手く使いこなせるようになりました。

「これ、固いんだね」

モモタロウは箸をカチカチと鳴らしました。

「鉄でできているからな」

「鉄?」

「なんだ知らないのか。金属の一種だよ。とにかく固いやつだ。鬼ヶ島の山の上の方に、たたら場ってところがあってな。そこでつくっているんだ。鬼たちが持っている金棒も、桃の森に行くときに使う船も、全部鉄でできているんだぜ」

「ふーん。そうなんだ」

そのあとも、モモタロウは鬼たちにいろんなことを教えてもらいました。それから桃の里での出来事を教えてあげました。鬼たちはみんなやさしくて、面白くて、ずっとしゃべっていました。

しかし、冒険のつかれが出たのか、うたげをしばらく楽しんだのち、モモタロウの意識は遠のいていきました。


12「満月」


夜のうたげはおそくまで開かれていました。

キコは途中でぬけだし、村のはずれの大きな岩にやってきました。その上にのぼって、夜空を見上げます。今夜は雲が少ないので、さえぎるものがありません。満月の光が、夜の鬼ヶ島を照らします。

キコは手を合わせて、目を閉じます。

思い出すのは、この前の満月の夜。

その日の夕方、キコのお母さんが突然たおれたのです。ゴホン、ゴホンとせきをくりかえしていました。

早くお母さんが元気になりますように。

この岩の上で、そう祈ったのです。

しかし、何日たっても治る気配がありませんでした。お母さんの病状は悪化するばかり、キコの不安は大きなるばかりでした。

最近、鬼ヶ島では薬不足におちいっていたので、新しく桃を調達しなければいけませんでした。

鬼の上官たちの命令で、若い鬼たちは海を越えて、桃の森へ行くことになったのです。人間に見つからないように、日が暮れてから出発しました。

海に出てから、若い鬼たちは想定外の乗客が乗っていることに気付きました。

キコです。

キコは、自分のお母さんの病気を治すために桃を取りにいくのだから、自分も責任を持ちたいと思ったのです。

若い鬼たちはびっくり。すでに沖まで出てしまったので、今さら引き返すわけにもいきません。仕方なく、一緒に連れていくことにしました。

浜辺に着いて、若い鬼たちはキコに忠告しました。船を出ないように何度も言い聞かせました。しかし、キコはがまんすることができず、桃を探しに行きました。

夜空には雲が多くて、月明かりもさえぎられていたので、森のなかは真っ暗。あてもなく歩いていたので迷子になってしまい、さびしさと後悔がつのるばかりでした。そんなときモモタロウに出会ったのです。

ヘビに追いかけられていたときは、ずっとドキドキしていました。ただただこわかったのです。石につまずいて、ひざをかすりました。でも、モモタロウがビンに入った薬で治してくれました。みるみるうちに効果が出るので、キコは感動したのです。

これならお母さんの病気を治せる。

キコはそれを言葉にしましたが、モモタロウには通じませんでした。

でも、モモタロウと過ごしたひとときはとても楽しかったのです。名前を呼び合うだけだったけれど、とても楽しかったのです。

だからこそ、ショックでした。月明かりがモモタロウを照らしたときのことです。モモタロウの頭に角が生えていないことを知り、自分とは違う生き物であることをさとりました。

話では聞いていたのですが、キコにとって人間を目にするのは初めてのことでした。肌が白く、角がなく、言葉が通じない。自分との違いに、キコは少しこわさを感じたのです。

だから、里のみんなが駆けつけてきて、キコはその場を立ち去りました。足を止めることなく、ひたすら走りました。逃げるように走りました。

さいわいにも、森をぬけることができました。若い鬼たちは既に仕事を終えていて、船にキコがいないことに気付きあわてていましたが、無事に帰ってきたので安心していました。

鬼ヶ島に帰り、とってきた桃から薬がつくられました。その薬を飲んで、キコのおかあさんは徐々に回復を見せました。数日後には元通りの体調になったのです。

「アリガトウ」

キコは目を開け、手をほどきました。


13「夢」


真夜中になって桃太郎は目覚めました。目をこすりながら、ゆっくりと起き上がります。

となりにはバウとヤックとケンがすやすやと眠っています。良い夢でも見ているのでしょうか、みんな気持ちよさそうな顔をしていました。

ごちそうをたらふく食べ、鬼たちとたくさんしゃべり、そのまま眠ってしまったのです。

あたりを見渡します。客室のような部屋で寝かされていたようです。

桃太郎はふと思い立って、外へ出てみました。目の前には海があり、ふりかえってみると山がそびえていました。

しばらく散歩していると、村のはずれに大きな岩がありました。その上に、小さな影を見つけます。

「モモタロウ!」

声を聞いてすぐに分かります。小さな影の正体はキコでした。モモタロウも大きな岩の上にのぼり、キコのとなりに座りました。

「こんなところで何してるの?」

「ワタシ、オツキサマガ、スキ」

キコは見上げました。そこには銀色に輝く月が浮かんでいました。

「ネガイゴト、カナエテクレル」

「願いごと?本当に?」

キコは首をたてにふります。

「いつか、里のみんなと鬼たちで楽しく暮らしたいな」

モモタロウの言葉を聞いて、キコが笑顔になりました。この世のきれいなものが全部つまったような、そんな笑顔になりました。

「ワタシモ、クラシタイ」

キコは月に向かって手を合わせ、目をつぶりました。モモタロウもそれにならいました。心のなかで、夢をつぶやきました。

そのときです。

カン!カン!カン!カン!

緊急事態を知らせる鐘の音が鳴りました。島全体が騒がしくなってきます。モモタロウとキコは不安そうに顔を見合わせました。

「行ってみよう」

2人は走り出しました。



14「鬼退治」


鬼ヶ島は混乱していました。里の人間が鬼ヶ島にやってきたのです。鬼退治にやってきたのです。

すでにいくさが始っていました。里の人間は槍や鍬を武器にして、鬼たちは金棒を武器にしてたたかっています。

モモタロウがかけつけたとき、道端にたおれている鬼がいました。すでに被害は出てしまっているのです。

「どうしてみんながここにいるんだ…‥どうして鬼とたたかっているんだ……」

モモタロウはわけがわかりません。

「進め!」

その一声に、里に人間が前進しました。指揮を取っているのは、トウジです。

「お父さん……?」

何が起こっているのか、ますます分からなくなってしまいました。となりにいるキコも、顔をゆがませています。

その2人のすぐ近くで、鬼たちが何かを準備しています。細長い筒状のもので、持ち手が少し曲がっています。

あれは鉄砲です。

鬼たちは弾をつめこみ、ねらいをさだめて撃ちました。大きな音がしたかと思えば、遠くの方から、うめき声が聞こえてきました。

鉄砲使いの鬼は、次々と弾をこめては、撃っていきました。

「なんて武器だ……」

このままでは里の人間が全滅してしまいます。どうにかしていくさを止めなければいけません。

モモタロウは意を決し、恐怖をかえりみず、走り出しました。鬼と人間のあいだにわって入ります。

「みんな!やめてよ!」

モモタロウの姿を目にして、里の人間の動きが止まりました。鬼たちも同じように止まり、鬼ヶ島は沈黙しました。

「モモタロウ! 大丈夫か? ケガはないか?」

トウジがあわてて前に出てきました。

「ボクは大丈夫だよ。それより何してるの? なんで鬼とたたかっているの?」

「……おまえを守るためだ」

鬼たちをにらみながら、トウジは答えました。

「鬼にさらわれたんだろう? 悪い鬼をたおすために、トウジさんが鬼退治しようと声を上げたんだ!」

「ボクは自分で鬼ヶ島に来たんだ! 鬼が本当に悪者なのか確かめるために」

トウジをはじめ、里の人間は言葉を失いました。冷たい風がすりぬけていきます。黒い雲が満月を汚します。

「あいつら何を話しているんだ」

「まさか人間の子どもをおとりにしたってことか」

「油断させておいて、後でたおそうと思っていたんだな」

「最初から鬼を退治するのが目的だったのか」

鬼の群れから、そんな声が聞こえてきます。モモタロウはふりかえり、あわてて叫びました。

「違う!ボクはそんなことしないよ!」

少し前まで一緒にうたげを楽しんだ仲だというのに、どうして対立しなければいけないのでしょう。モモタロウの説得もむなしく、鬼の疑念は晴れず、銃口はモモタロウに向けられました。

ダンッ!

大きな音がしたとき、モモタロウは地面にたおれこんでいました。キコが体当たりしてきたからです。そのおかげで弾をよけることができましたが、キコのおなかに命中してしまいました。

「キコ!」


15「夜明け」


モモタロウはキコのそばへ駆けよりました。浴衣のおなかのあたりがぬれています。地面に青い血が流れ落ちていきます。

「そんな……キコ!しっかりして!」

息はありますが、痛みで顔はゆがみ、ぐったりしています。モモタロウは自分の浴衣の袖口から薬の入ったビンを取り出そうとしました。しかし、ビンがありません。波に飲まれたとき、流されてしまったのでしょう。

「お父さん!桃をちょうだい!キコを助けたいんだ!」

「鬼の娘にやるものか。モモタロウ、早くこっちへ来い!」

「どうしてだよ!どうして助けてくれないんだ!」

「鬼はおそろしい生き物だ。退治する必要が……」

「違う!」

トウジの言葉をさえぎります。

「ボクはここに来て知ったんだ。鬼はやさしい生き物だって。みんなは鬼を悪者だって言っていたけど、全然そんなことない。なんで知りもしないくせに、悪いうわさだけ流して、こばもうとするんだよ!」

モモタロウの叫びが、こだまします。

「ボクは思うよ。この世界に悪い鬼がいるとしたら、それはみんなの心のなかにいる。知らずぎらいしたり、人と違うことをバカにしたり、うそをついたり、自分のことばかり考えたり……それは全部悪い鬼の仕業なんだ」

バウやヤック、ケンがやってきました。鬼たちをよけながら、モモタロウのそばまでやってきました。さわぎに目が覚めて、かけつけてきたのでしょう。

「おねがいだよ! 桃を渡してくれよ! このままだと、キコが死んじゃう!」

モモタロウは泣きながら、叫びました。同じように、三匹も叫びます。

しかし、里の人間はしぶっています。

本当に桃を渡していいものか。

鬼の子どもを救っていいものか。

鬼と共に生きるなんてできることなのか。

いくつもの迷いが、みんなの頭のなかにめぐっているのです。

そのときでした。

まぶしい光が差し込みました。

水平線の向こうから白い太陽が顔を出し、夜明けを告げたのです。

海はきらめき、空はかがやき、島は静けさに包まれました。

人間も、鬼も、動物も、島にいる全ての者が、えもいえぬ美しさを目にしたのです。

その光景に涙する者もいました。

足音が聞こえてきます。トウジです。

「お父さん……」

「目が、覚めたよ。船小屋に船が一隻ないことに気付いたとき、もしかしたらモモタロウが自分で鬼ヶ島に向かったのではないか、その可能性が頭をよぎった。でも、すぐに考えないことにした」

モモタロウは、トウジの肩がふるえているのに気付きました。

「いつのまにか、鬼が悪者だと決めつけていた。だから、モモタロウがいなくなったのは、鬼の仕業に違いない、そう思ってしまった。ろくに確かめもせず、鬼退治するのはよくないな」

トウジは右手を差し出しました。その手には、桃がありました・

モモタロウはなみだをぬぐい、お父さんから桃を受け取ると、近くにいた鬼に頼んで、金棒で割ってもらいました。粉々になった桃のカケラをひとつつまんで、キコの口に入れます。

「キコ……起きてよ……」

モモタロウが身体をゆすると、キコはゆっくりと目を開けました。何度かまばたきをして、モモタロウの顔を見ると、にっこりと笑ったのでした。

その笑顔は、水平線から上るあの白い光のように、この世界に希望をもたらす、やさしさにつつまれていました。

鬼の群れからひとりの鬼がやってきました。ライデンです。トウジの前まで来て、手を差し出しました。トウジはその手をにぎり、新しい時代の夜明けを告げました。

「共に、生きよう」


16「春のうたげ」


モモタロウの手によって、桃の里と鬼ヶ島が仲直りをすることができてからというものの、全てが変わりました。

鬼ヶ島からは米や魚や鉄を、桃の里からは獣の肉や木の実、それから桃を輸出しました。生産物だけでなく、それぞれの地で育まれた文化も共有することになりました。

また、和解のしるしに、鬼ヶ島にも桃の木を植えることにしました。鬼ヶ島で病人が出たときに、すぐに治療できるようにするためです。

3年後、鬼ヶ島では桃の花が咲きました。

そのお祝いに、鬼ヶ島で春のうたげを開くことになりました。桃の里の人たちも、森の動物たちも、みんなで鬼ヶ島に集まります。

鬼が鉄の船に乗ってむかえにきてくれて、鬼ヶ島まで連れて行ってくれるのです。

うたげは大盛り上がり。

広場につくられた舞台の上では、踊りをおどったり、歌をうたったり、様々な見せ物が披露されました。

酒場では、大人たちが杯を交わし合い、顔を赤くしています。

浜の方では、子どもたちが水あそびをしていました。

村のはずれの岩の上では、モモタロウとキコが青空を見上げていました。

「みんな楽しそうだね」

「うん。モモタロウのおかげだよ。ありがとう」

モモタロウは首をふりました。

「違うよ。キコのおかげだよ」

「どうして?」

「あの夜、森でキコに出会わなければ何も始まらなかったし、ここで願いごとを叶える方法を教えてくれたから、みんな仲良くなれたんだ」

キコの視線に気づきます。その目は少し光っていました。モモタロウはキコの手をにぎり、快晴のような笑顔で言いました。

「これからもずっと一緒だ。生き合っていこう」



おわり


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