筋トレ前の炭水化物(糖質)の摂取は必要ない?【最新エビデンス】
筋トレの効果を最大化するために、多くのメディアや動画は「筋トレの前に炭水化物(糖質)を摂取する」ことを推奨しています。この背景には、筋トレの際の主要なエネルギー供給源が「筋グリコーゲン」であるためです。
私たちがおにぎりやパン、パスタといった炭水化物を食べると、それが体内でグルコースに分解されます。このグルコースは肝臓や筋肉で筋グリコーゲンとして蓄えられます。筋肉に貯蔵される際、筋グリコーゲンという形態で保存される理由は、その方が筋肉内に効率的に多量のエネルギーを蓄えることができるからです。
筋トレでは、主に二つのエネルギー代謝が使用されます。それが「クレアチンリン酸系」と「解糖系」です。
クレアチンリン酸系は短時間で大きな力を必要とする動作に対応するためのエネルギー供給を担当し、解糖系は比較的長めの期間にわたるエネルギーの提供をします。筋グリコーゲンは主に解糖系を通じてエネルギーとして利用されます。
もし筋トレ中に筋グリコーゲンが不足すると、筋力や持久力が落ち、最適なトレーニングができなくなる可能性があります。このリスクを避けるため、筋トレ前に炭水化物をしっかりと摂取して、筋グリコーゲンのストックを増やすことが推奨されてきたのです。
しかし、最新の研究報告では「ある条件を超えなければ、筋トレ前に炭水化物や糖質の摂取は必要ない」ことが示唆されています。
では、ある条件とは何なのでしょうか?
今回は、筋トレ前の炭水化物の摂取についての最新の研究報告をご紹介しましょう。
◆ 50分以下のトレーニングなら、炭水化物の摂取は必要ない!
筋トレ前の炭水化物(糖質)摂取の効果に関する研究結果は、過去にさまざまなものが発表されており、これには矛盾する結果が多くありました。
例えば、ミッドウェスタン州立大学の研究では、20歳前半の筋トレ経験者の男性を対象に高強度のスクワットを行わせたところ、炭水化物を摂取しても総負荷量の増加は確認できませんでした(Kulik JR, 2008)。さらに、他の研究でもこの結果を裏付けるような報告がされています。
一方で、異なる結果を示す研究も存在します。ミシシッピ州立大学の研究では、炭水化物を摂取したグループがベンチプレスやベントオーバーローなどのトレーニングでより多くの回数を行えたことが報告されています(Krings BM, 2016)。
このような矛盾を調査しようと、コースタル・キャロライナ大学のCholewaらはこれまでの複数の研究結果をまとめ、メタアナリシスを行いました。
その結果、矛盾の原因として「トレーニング時間」が大きな要因であることが明らかになりました。
炭水化物を摂取し、パフォーマンスが向上したケースの多くは、トレーニング時間が「50分以上」のものでした。逆に、40分未満の短時間のトレーニングでは、炭水化物の摂取が特にパフォーマンスに寄与しないことが示されました。
これらの結果から、トレーニング時間が50分以上かつ、中強度のトレーニングを行う場合、筋トレ前に炭水化物を摂取することでトレーニングのパフォーマンスが向上する可能性が高まるとCholewaらは結論づけています。
さらに、2022年に発表された最新の研究レビューでは、この議論をさらに深める新しい条件が明らかにされています。
◆ 10セット以下のトレーニングなら、炭水化物の摂取は必要ない!
2022年、ISRFFNのHenselmansらは、これまでに報告された19の研究結果をもとに、筋トレ前の炭水化物の摂取がパフォーマンスにあたえる影響について解析したシステマティックレビューを報告しました。
19件の研究報告を解析した結果、筋トレ前の炭水化物の摂取はトレーニングのパフォーマンスを向上させないという研究結果が11件認められ、向上させるという研究結果が8件認められました。
この結果から、やはり筋トレ前の炭水化物の摂取による効果には矛盾が示されたのです。
そこで、Henselmansらは効果が認められた研究報告、認められなかった研究報告の双方の内容を解析して、この矛盾を紐解こうとしました。
その結果、ある総セット数を基準にして、筋トレ前の炭水化物の摂取がトレーニングのパフォーマンスを向上させることが示唆されました。
その総セット数が「10セット」だったのです。
総セット数が10セット未満の場合は、筋トレ前に炭水化物を摂取しても効果はありませんが、10セットを超える場合は、パフォーマンスを向上させる効果が認められたのです。
このように、トレーニング時間や総セット数によって効果の有無が分かれる理由について、Henselmansらはこう推察しています。
「トレーニング時間や量がそこまで多くない場合、筋トレによって筋グリコーゲンが枯渇するほど消費しない可能性がある」
◆ 筋トレで筋グリコーゲンが減りにくい理由
では、その理由を見ていきましょう。
Henselmansらは、その理由のひとつに筋トレで行われる「ネガティブ動作」を挙げています。
筋トレを行う際、筋肉は2つの主な動作、すなわち「ポジティブ動作」と「ネガティブ動作」が行われます。
「ポジティブ動作」は、筋肉が短縮する動きを指します。具体的には、アームカールで肘を曲げる動きがこれに該当します。この動きは、筋タンパク質のアクチンとミオシンが相互作用することで実現されます。
「ネガティブ動作」は筋肉が伸ばされる動きを指します。アームカールで肘をゆっくりと伸ばす動きが典型的な例です。このネガティブ動作で特筆すべきは、大きなタンパク質である「チチン」の役割です。
チチンは、筋肉が伸びる際のブレーキのような役割を果たしており、筋肉を保護しています(Douglas J, 2017)。
興味深いことに、ネガティブ動作ではエネルギーとして知られるATPの消費がほとんどないとされています。これは、チチンがブレーキとして作用することで、エネルギー源である筋グリコーゲンの使用が抑えられることを意味しています。
また、Henselmansらは、筋トレではそこまで筋グリコーゲンを消費しないもうひとつの理由として「セット間のインターバル」を挙げています。
筋トレではセット間の休憩時間である「インターバル」が存在します。この休憩時間は単なる休息だけでなく、筋肉がエネルギーを再合成する重要な時間となっています。具体的には、休憩中には有酸素性代謝が主に行われ、エネルギー源としてのATPが再び合成されます。
ここからわかることは、トレーニングにおいて解糖系によるエネルギー代謝が占める時間の割合はそこまで多くなく、筋グリコーゲンもそれほど消費されない可能性があるということです。
トレーニングのパフォーマンスが筋グリコーゲンの減少で低下するには、最初の量から40%以上使用する必要があるとされています(Ørtenblad N, 2011)。
しかし、スウェーデン大学の実験でボディビルダーが特定の脚の筋トレを30分間行ったところ、グリコーゲンの使用は28%だけでした(Essén-Gustavsson B, 1990)。
この結果を踏まえ、Henselmansらは、ネガティブ動作でのチチンの働きやセット間のインターバルでの有酸素性代謝を考慮すると、短時間の筋トレでは、筋グリコーゲンがすぐに使い果たされることは少ないと推察しているのです。
まとめると、筋トレをする前に糖質を摂るべきか否かは、トレーニングの時間やセット数に依存します。具体的には、トレーニングが50分以下や10セット以下の場合は糖質の摂取は特に必要ないとされています。しかし、それを超える場合は、糖質を摂ることでトレーニングの効果が上がる可能性があります。
これらの知見をもとに、その日のトレーニングメニューから時間と量を勘案して、トレーニング前の炭水化物(糖質)の摂取の必要性を判断すると良いでしょう。
◆ 筋トレの科学シリーズ
シリーズ1:筋肉を増やすための「タンパク質摂取のメカニズム」を理解しよう!
シリーズ2:筋トレ後に摂るべき「タンパク質の摂取量」のエビデンスまとめ
シリーズ3:筋トレ後のタンパク質摂取は「24時間」を意識するべき理由
シリーズ4:筋トレの効果を最大にする「タンパク質の摂取タイミング」のエビデンスまとめ
シリーズ5:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう!
シリーズ6:睡眠前のタンパク質の摂取が筋トレの効果を最大化させる最新エビデンス
シリーズ7:筋トレするなら「タンパク質の摂取と腎臓結石のリスク」について知っておこう!
シリーズ8:筋トレ前の静的ストレッチは筋力増強の効果を低下させる最新エビデンス
シリーズ9:筋トレの効果を最大化するトレーニング要素の最新エビデンス
シリーズ10:筋トレの効果を最大化する「トレーニングの順番」を知っておこう!
シリーズ11:コーヒーブレイクが筋トレのパフォーマンスを高める最新エビデンス
シリーズ12:筋トレするなら「フルレンジ」が効果的という最新エビデンス
シリーズ13:筋トレ後にタンパク質と炭水化物(糖質)を摂取しても筋肥大の効果はアップしない
シリーズ14:筋トレには「ぽっこりお腹を引き締める」効果がある!?
シリーズ15:科学が明らかにした「モテるボディの絶対条件」を知っておこう!
シリーズ16:筋トレによる筋肥大と脂肪の減少効果を最大にする「プロテインの摂取タイミング」を知っておこう!
シリーズ17:ダイエットでやるべき「筋トレの方法論」を知っておこう!
シリーズ18:筋トレで筋肥大の効果を最大化するには疲労困憊まで追い込むべきか?
シリーズ19:筋トレ前の炭水化物(糖質)の摂取は必要ない?
◆ 参考文献
Kulik JR, et al. Supplemental carbohydrate ingestion does not improve performance of high-intensity resistance exercise. J Strength Cond Res. 2008 Jul;22(4):1101-7.
Conley M, et al. Effects of Carbohydrate Ingestion on Resistance Exercise. J Strength Cond Res 1995;9:201.
Vincent K, et al. Effect of preexercise liquid, high carbohydrate feeding on resistance exercise performance. Med Sci Sports Exerc 1993;25:S194.
Krings BM, et al. Effects of acute carbohydrate ingestion on anaerobic exercise performance. J Int Soc Sports Nutr. 2016 Nov 10;13:40.
Henselmans M, et al. The Effect of Carbohydrate Intake on Strength and Resistance Training Performance: A Systematic Review. Nutrients. 2022 Feb 18;14(4):856.
Douglas J, et al. Chronic Adaptations to Eccentric Training: A Systematic Review. Sports Med. 2017 May;47(5):917-941.
Douglas J, et al. Eccentric Exercise: Physiological Characteristics and Acute Responses. Sports Med. 2017 Apr;47(4):663-675.
Ørtenblad N, et al. Role of glycogen availability in sarcoplasmic reticulum Ca2+ kinetics in human skeletal muscle. J Physiol. 2011 Feb 1;589(Pt 3):711-25.
Essén-Gustavsson B, et al. Glycogen and triglyceride utilization in relation to muscle metabolic characteristics in men performing heavy-resistance exercise. Eur J Appl Physiol Occup Physiol. 1990;61(1-2):5-10.
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