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夜間痛メカニズムの再考

夜間痛について

夜間痛は肩関節周囲炎の代表的な症状の1つで、夜間時の肩関節痛がクライアントの睡眠を妨げADLを著しく低下させます。

原因やメカニズムに関しては、統一した見解が得られていない中、夜間痛に関しての報告は近年増加傾向で、腱板疎部の血管増殖や自由神経終末の変性  、前上腕回旋動脈(AHCA)の収縮期血流速度(PSV) 上昇などに注目が集まっています。

この記事では夜間痛の原因とメカニズムを理解し、クライアントの就寝時に正しい睡眠姿勢の指導や夜間痛の改善に臨める様、論文を集約しました。



原因とメカニズム

1・肩峰下圧の上昇
2・腱板疎部の毛細血管の異常増殖(胸肩峰動脈の枝)と自由神経終末の増殖・変性
3・前上腕回旋動脈(AHCA)の収縮期血流速度(PSV)の上昇
4・上腕骨内圧の上昇
5・その他

肩関節周囲炎と言っても、病態に応じて夜間痛の発生機序は異なるという事が重要になります。それぞれ詳しく考察していきたいと思います。



1)肩峰下圧の上昇

まずは肩峰下圧の上昇から考察します。上腕骨頭と肩峰との間には肩峰下腔という空間が存在し、位置関係は下から順に、上腕骨頭→関節包→腱板→肩峰下滑液包→肩峰 という順番になります。

この肩峰下腔に存在する組織(腱板や肩峰下滑液包)に炎症が生じると腱板内圧や肩峰下滑液包内圧が上昇し、肩峰下圧が上昇します。

また、炎症により腱板と肩峰下滑液包が癒着し滑走性低下から圧の上昇に至るケースもあります。

側臥位で患側が下になる場合も、内圧が上昇します。立位だと肩関節が下垂位になり上腕骨頭が下方へ牽引され肩峰下内圧は低下するので、日中の方が疼痛が少ないのはこの点も関与しています。

肩峰下圧が上昇する要因
・肩峰下滑液包の炎症による滑膜増殖や腫脹・肥厚
・棘上筋腱の腫脹・肥厚・石灰化
・棘上筋腱と肩峰下滑液包との境界線に生じる癒着や瘢痕組織
・肩峰下骨棘の増殖
・烏口上腕靭帯の肥厚
・その他

肩峰下圧の上昇により夜間痛を呈している症例は如何にして除圧するかがポイントとなります。



2)腱板疎部の毛細血管の異常増殖(胸肩峰動脈の枝)と自由神経終末の増殖・変性

腱板疎部は元々、自由神経終末が多く存在し、胸肩峰動脈の枝が広がっています。

肩関節周囲炎患者の腱板疎部を顕微鏡で観察した際、数十μmの小血管が増殖し、その周辺に血管成長因子(VEGF)や神経成長因子受容体が異常に増えているとの報告があります。

夜間就寝時、仰臥位で寝る場合肩関節は伸展、外旋位となり前方部分(腱板疎部)に牽引ストレスが生じ夜間痛が発生します。そしてこの異常血管は組織を栄養する事がなく動脈からすぐに静脈へ移行し、細さ故にとても血流が速い状態にあります。

この部分に塞栓物質を注入し血流を遮断したところ、VASが優位に低下した報告もあります。

過剰な血流を抑えて、適切なポジションで就寝することがポイントになります。



3)前上腕回旋動脈(AHCA)の収縮期血流速度(PSV)の上昇

腋窩動脈から分岐する前上腕回旋動脈は上腕骨頭の前面から外側を栄養します。

夜間痛のVASが高値な程、前上腕回旋動脈(AHCA)の収縮期血流速度(PSV)が高い事が明らかになっています。

腱板疎部同様、前上腕回旋動脈の異常血管にも塞栓物質を注入し血流を遮断した際にVASが優位に低下した報告があります。

前上腕回旋動脈の過剰な血流速度を如何に抑えるかがポイントになってきます。


4)上腕骨内圧の上昇

上腕骨頭の栄養孔は2つあります。

前上腕回旋動静脈の栄養孔(肩甲下筋が栄養孔を覆う)
後上腕回旋動静脈の栄養孔(小円筋と棘下筋が栄養孔を覆う)

まずは、血管の構造から考察します。動脈は弾性に優れている血管平滑筋の中膜が発達している為、静脈に比べて圧迫のストレスに強い構造をしています。

一方静脈は中膜があまり発達していない為、圧迫のストレスを受けやすい構造になっています。

栄養孔はそれぞれ筋が覆っている為、筋が過緊張状態だと圧迫に強い動脈は問題なく上腕骨に栄養を供給しますが静脈は閉塞し、上腕骨内に血液が溜まり骨内圧が上昇して疼痛が生じます。

患側を上にした側臥位だと患側の肩は水平内転していき棘下筋・小円筋が緊張状態になり、栄養孔の閉塞から上腕骨内圧が上昇し疼痛が生じます。

仰臥位の場合は肩関節が伸展・外旋しますので、肩甲下筋が緊張状態になり、栄養孔の閉塞から上腕骨内圧が上昇し疼痛が生じます。

栄養孔を覆う筋を緊張させない睡眠姿勢が大切になります。


改善策1)睡眠姿勢の考察

上記の4つのメカニズムから望ましい睡眠姿勢は2つです。

・仰臥位
・側臥位(患側上)

仰臥位で寝る際はタオルを上腕骨の下に入れます。上腕骨の近位部のみに入れてしまうとテコの原理で遠位が下方へ近位は上方へのストレスが生まれるので注意します。

また1stでの内旋制限が強い場合には腹部の上にタオルを重ねます。

側臥位で寝る際は肩関節の水平内転を防ぐ為に、抱き枕・毛布・クッションを抱いて寝るよう指導します。

クライアントの好みもあるので、意見を聴取しながら指導します。患側を下にしている場合は早急に改善指導を行います。


改善策2)前上腕回旋動脈の血流抑制法

上記の塞栓物質以外に、前上腕回旋動脈への血流抑制を試みた研究があります。

前上腕回旋動脈(AHCA)の収縮期血流速度(PSV)を肩甲下筋収縮時と伸長時で計測し比較した報告で、

1st内外旋中間位(0°)での等尺性収縮(肩甲下筋の収縮)
1st最大外旋位での等尺性収縮(肩甲下筋の収縮)
1st最大外旋位での安静位(肩甲下筋の伸長)

の3つの肢位での、前上腕回旋動脈(AHCA)の収縮期血流速度(PSV)を比較した際、どれも1st内外旋中間位(0°)安静位より有意に収縮期血流速度(PSV)が低下したという報告です。

※3つの肢位の中では有意な差は無かったとの事です。

過去にも、慢性的なアキレス腱炎で異常血管の増生を認める症例に対し下腿三頭筋のストレッチを実施することで異常な血流が消失することが報告されています。

つまり、塞栓物質による遮断程では無いが肩甲下筋の収縮、或いは伸長で前上腕回旋動脈(AHCA)の血流を抑える事ができる可能性が示唆されています。



改善策3)カルテンボーンのオートストレッチ法(肩峰下除圧)

2009年の症例報告で肩関節周囲炎患者(夜間痛の症状+)の症例で夜間痛で目覚めた際、自己牽引により除圧する事で疼痛を軽減出来たという報告があります。

この自己牽引は徒手療法の世界的権威Freddy Kaltenborn(フレディー・カルテンボーン)氏が考案した方法を基にしたものです。

カルテンボーンのオートストレッチ法(右肩牽引の場合)
椅子座位を取り左臀部に体重を移動する。右上肢を体側に垂らし椅子の右端を握る。肘関節を伸展したまま手指屈筋に力を入れる。手指を支点に手関節背面が下がることで肩峰下が離開される。

この方法で対処療法的ではあるが、一時的に除痛が出来ると症例報告がされています。

ただし、この報告には幾つか注意しなければいけない事あります。

・症例が1例
・除痛は1ヶ月ほど出来たがその後、夜間痛が再発
・1年前から夜間痛+の症例なので、あくまで炎症期ではなく保存療法に対して長期にわたって抵抗を示すケースに対して有効な可能性

肩峰下圧の上昇が原因+長期間保存療法に抵抗を示す症例に有効な可能性がある。

ということです。

まとめ

夜間痛のメカニズム
1・肩峰下圧の上昇
2・腱板疎部の毛細血管の異常増殖(胸肩峰動脈の枝)と自由神経終末の増殖・変性
3・前上腕回旋動脈(AHCA)の収縮期血流速度(PSV)の上昇
4・上腕骨内圧の上昇
5・その他
臨床でのポイント
・適切な睡眠姿勢をクライアントと話し合い指導する
・肩峰胸動脈、前上腕回旋動脈の異常血管への血流の抑制
・長期的に夜間痛が継続していた症例に対してKaltenbornのAuto Stretch法

参考文献

寺林伸夫 et al.「体位変換・肩関節加温下での肩周囲血流変化:健常肩での検討」
寺林 伸夫 et al.「腱板断裂肩における前上腕回旋動脈血流計測の有用性」
橋本卓 et al.「腱板疎部領域の病理組織所見と肩の病態との関連」
奥野祐次「慢性的な肩関節の夜間痛に対する経動脈的微小血管塞栓療法の有効性」「奥野先生の日本語論文 肩の夜間痛へのカテーテル治療」「夜間痛について」「腱板疎部の重要性についての論文まとめ」
兼岩淳平 et al.「肩関節肢位の違いによる肩甲下筋等尺性収縮時の 前上腕回旋動脈血流速度変化についての検討」
赤羽根良和 et al.「夜間痛を合併した肩関節周囲炎の臨床的特徴」

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桑原啓太
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