短編「1年分の涙」
今日も何処かで、誰かが涙を流している。
目に見えなくても、どこかで涙が流れている。
私の知らないところで、誰かが涙を流している。
広い地球を覆うほど、今まで誰かが涙を流している。
それは地球、知らない誰か、そばにいる貴方、それとも私。
誰もが、涙を流している。
「今年の梅雨は、たくさん雨が降りそうだ」
花束を抱えて、道端に咲くまだ蕾の紫陽花のそばにあなたはしゃがみこんだ。嬉しそうに笑う横顔は、いつものように悲しげだった。
「なんで傘ささないの?」
「傘があると、手がふさがっちゃうからまた差してこなかった」
嘘だよ。貴方はここに来る時だけ傘を差さない。また、大事な麦わら帽子を濡らして涙を流してる。
「綺麗に紫陽花が咲きそうね」
「今年は何色が咲くのかな」
「今年も青紫色の花が咲きそうだよ」
蕾を撫でる貴方の手、少し痩せた様にみえた。夏が近づくといつも少し痩せるね。
「早く見たいね」
「早く咲いて欲しいよ」
紫陽花の見頃は、雨が降っているこの季節だからね。
「この時期以外に、ここに来れないんだ」
「知ってるよ。約束だもの。それに大切な場所だから」
君と知り合った場所だった。いつもの約束の場所だった。
「いっつも君は、先に行ってしまうんだ」
「だって、ワクワクしちゃうから」
梅雨の天気のように変わりやすい君には、いつもため息が出そうになった。
でも、それが君らしかったかもしれない。
「また、寒くなるのかな」
「その前に、あなたが風邪をひいてしまいそう」
もう心は一年中風邪をひいているみたいだから、寒くなるのは困るんだ。思い出してしまいそうになる。
「今日はこれくらいにしよう。雨足も弱くなってるし、これから晴れるらしい」
まだ梅雨がはじまったばかりの今日。あと何回あなたに会えるだろうか。雨が降らないと、会ってはいけない約束だから。
「さあ、涙を拭いて。雨が止む前に行かないと」
「泣いているなんてばれたら、恥ずかしいからね」
あなたが普段涙をこらえているの知ってるよ。だから、ここでいっぱい泣いて、そして前を向いて。その涙が、いつか綺麗な花を咲かせるから。
「雨の日にまた来てよ」
「雨の日にまた来るよ」
立ち上がってあなたは背を向ける。涙を洗い流すように上を向いて、一歩一歩と離れていく。
「雨、止まないで」
呟いた言葉は貴方に届かない。立ち止まってしまった私は、貴方のようにしゃがみこんで涙を流す。
晴れた日に、前を向いて歩いていく貴方を想って。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雨の日だけは、涙が出れば思いっきり泣くようにしています。
雨の音が声をかき消し、雨が涙を隠してくれるから。溜まったものを雨と共に流して、晴れたら気持ちまでスッキリするように。
それでは、また次回。