【戯曲】生田Q蔵の遍歴時代/『しかく』
Q蔵「言葉には、反対の意味を持つもの、対義語が存在します。対義語の対義語は同義語です。同義語の対義語は対義語になります」
「これは写真です。この男は太鼓持ちのQ蔵といいます。エエ? 写真の対義語? エ~、真実を写すと書くから、真実の対義語は嘘。写すは……エ~っと、写す、うつされる、罹る! 嘘に、罹る。虚言癖? 写真の対義語は、虚言癖! 虚言癖の対義語は、本当のことをいう人だから……伝令。伝令が伝えて、伝えられるのは戦国武将! 農民。……パン屋?ベーカリー。リカーベ。リカべ。ぬりかべ! ……ちょっと無理があるか。まあ、いいや。ぬりかべ。藁の家、には子豚が住んでるから、狼。正直者。虚言癖。アレ? エ~、リアリスト。夢追い人。ドリーマー。マードリー。間取り! 俺、対義語ゲームの才能あるんじゃねえの? 間取りは、部屋の配置のことだから、家……がない。ホームレス! オオ~。ホームレス!リッチマン! ンマチッリ、ダメだ。エ~、お金持ちだから、貧乏神、がいるとお金が出ていくから、収入。コスト、は出来るだけ避けたいものなので、もらい事故と同義語だから、当たり屋。コストの対義語は当たり屋。ハズレ台。大当たり。家に戻る祖父。出かける祖母。留守を孫。逆から読んだら胡麻をする。太鼓持ち。ヨシ!」
大家「Q蔵さん、Q蔵さん。ちょいと、いるんだろ。Q蔵さん!」
Q蔵「ハイ、おはようございます」
大家「おはようございます」
Q蔵「朝からお元気ですなあ。どうしました?酒でもおごってくれるんですかい?」
大家「何寝ぼけたこと言ってんだい」
Q蔵「寝ぼけたこと言っちゃいけませんよ。あたしはねえ、今日寝ずに働いたんだから」
大家「アラ、ちゃんと商売やってるんじゃいか。最近ずっと引きこもってると思ってたから、ちょっと心配だったんだよ。ナアンダ、ちゃんと太鼓持ちの商売はかどってるんだったら、わたしは言うことなしだわね」
Q蔵「大家さん、あたし太鼓持ちは最近やっておりませんですよ」
大家「エ?でもいま、寝ずに働いたって」
Q蔵「寝ずに本を書いておったということです」
大家「お金にならないのは商売とは言わないんだよ。じゃあ、太鼓持ちの方はどうしたんだい。休業中かい?」
Q蔵「休むっていうような、そういうことじゃあないんです。休むってえのは、私はここんところ稼ぎすぎたから、体が疲れたってんで「休みますよ」って言うのが、休むというやつなんですよ。私のはそうじゃない。私が「行きましょうか」と言うと「お前さんはいいよ」って断られちまう」
大家「ハア。またしくじったのかい」
Q蔵「そうなんですよ」
大家「酒だね」
Q蔵「大当たりでございます」
大家「ハア。全く。お前さんも酒さえ飲まなきゃ良い太鼓持ちなんだけどねえ。飲むっていうと人が変わっちまうから。でも、今まで何回もしくじってきたのに、出入りできなくなるだなんて、よっぽどのことでしょう」
Q蔵「エエ。まあ、そうですな。大家さんに話すのも恥ずかしいくれえなんですが、今までと違って今回は客にケンカを売っちまって」
大家「あらま。顔のケガはそれかい」
Q蔵「エエ、そうでござんす。止めに入った奴を一発ぽかりとやってね、お膳をひっくり返して、座敷をめちゃくちゃにしちまった。それで、もうQ蔵はつかってはいかん、なんてお触れがまわったりなんかいたしまして、それで、こっちの商売はしばらくダメだってことで、最近は本業である物書きの方に精を出しておったというわけです」
大家「最悪だ」
Q蔵「ところで大家さんは何をしてるんで?」
大家「あ、そうそう、あんたに手紙を届けにきたんだよ」
Q蔵「ハア、手紙ですか。それはどうも、ありがとうございます。ゲッ、親からだ」
大家「あんまり心配かけちゃいけないよ。一度ちゃんと話し合わないと。親孝行したいときには、親はいないんだからさ」
Q蔵「親孝行ねえ。仕事をしていると、ふと自分の手が視界に入るときがあるんでさ。そんなとき、手に逆剥けを見つけると「お前は親不孝者だ」と言われているような気になっちまう」
大家「間違ってないだろ?」
Q蔵「アイ、すいません」
大家「じゃあ。あたしはこれで」
Q蔵「アイ。失礼します」
机に向かって何かを書いている
辞書を引いたりしている
編集者「先生、先生。いらっしゃいますか。先生?」
Q蔵「ハイ。アア、こんにちは」
編集者「お電話も無しに急に押しかけてしまってすいません。ケガの具合はいかがですか」
Q蔵「お気遣いありがとうございます。でえぶ良くなったと思います。それをわざわざ聞きにきてくれたんですか」
編集者「ア、イエ、そういうわけではないんですけど……」
Q蔵「アア、すいません。言い方が悪かったですな。どうぞ、上がってください。丁度今、作業中でしたので」
編集者「ア、すいません。邪魔してしまいましたか」
Q蔵「アア、そんなとんでもねえや。今日中に持っていこうと思ってたんですよ」
編集者「そうなんですか。じゃあ、お邪魔しま~す」
Q蔵書きもの作業しながら
「すいませんねえ。私の仕事が遅いせいで、何度も来ていただいて」
編集者「イエ、私が勝手に来ているだけですから」
Q蔵「そうですか。大変ですなあ、編集者というのは。ハイッと。お待たせしました。出来ましたよ、原稿」
編集者「ハイ。しかと受け取りました。アノ、このあとお昼、一緒にどうですか?」
Q蔵「お昼ですか」
編集者「ハイ。今後の打ち合わせも兼ねて……どうですか。ア、も、もちろん、お代は私が持ちますんで」
Q蔵「アア、そんな、もったいねえ、もったいねえ、もったいねえ。ちゃんと自分の分は自分で払いますから」
Q蔵と編集者歩いている
編集者「最近火事多いですよね」
Q蔵「そうですねえ。やっぱり年末だからでしょうな、どうも、こう、世間がせかせかしてて落ち着かねえ」
編集者「先生も気をつけてくださいね、寝る前、出かける前はきちんと火の元を確認してください。先日、会社の近くでもボヤがありまして、とても怖くって」
Q蔵「そうなんですか」
編集者「先生は火事怖くないんですか」
Q蔵「怖い、怖くないと言うより、火事に関しては幸いまだ近くで起こっておりませんもんで、現実味が無いもんですから」
編集者「じゃあ先生が怖いものって一体なんですか」
Q蔵「ん〜、自分の才能ですかね」
編集者「え?」
Q蔵「ア〜!すいません!今のは忘れてください!」
編集者「いいえ、忘れません」
Q蔵「エ」
編集者「だって私、先生がご冗談をおっしゃるところ初めて見ましたから」
Q蔵「驚きましたか」
編集者「はい。そりゃあもう。……。では、そんな自分の才能が怖い先生にお願いしたいことがあるんです」
Q蔵「……。何ですか」
編集者「新しいお仕事です」
Q蔵「ハア。いってえどのようなもんで」
編集者「今度はご自分の本を出しませんか」
Q蔵「アア〜、そりゃ怖い。考えただけで立ってられないね」
編集者「とか言いながら先生、内心嬉しいんじゃないですか?」
Q蔵「そりゃあ、そうですよ」
編集者「自分の才能が怖いっていうのは嘘じゃないですか。先生、嘘はいけません。本当は何が怖いんですか?」
Q蔵「そうだな。ん〜、そうだ、アニメ化が怖い」
編集者「そういう構想が既にあるんですね?」
Q蔵「あるよ。「番長皿屋敷」っていってだな……」
「とまあ、こんな感じで次の企画ついて大いに盛り上がったわけであります。うちに帰ってもこの気分は抜けきらず、一人で酒を飲みながら、小説家としての華々しいデビューやその先のアニメ化などと夢のような出来事を考えているうちに酔いが回ってきて、その場で寝込んでしまった」
サイレンが鳴る
アパートの廊下
熊さん「オイ!まただ!」
ハチさん「まただな。今度はどこだろうか。オイ、そっから見えるか」
熊さん「オオ、バッチリ見えるよ。でもアレだ。場所が分かんねえ。ハチさん、アレがどのあたりか分かるかい?」
ハチさん「う~ん、そうだなあ……。あそこは……西大寺だな」
熊さん「西大寺のどこだい?」
ハチさん「芝」
熊さん「芝ってえと芝町のことかい」
ハチさん「アア、そうだ、芝町だ」
熊さん「芝町ってえと、こっから結構距離あるだろ。すげえなあ。ものすごくよく見える」
ハチさん「そりゃそうだ。冬だから、空気が澄んでいてよく見えるんだろ」
熊さん「イヤだねえ、全く。俺あ、火事なんかより、星が良かったなあ」
ハチさん「全くだ。ウウウ、さみい。場所も分かったことだし、部屋ん中戻ろうや」
熊さん「ウン、でもよォ、ちょっと待ってくれよ。さっきから考えてたんだけどよお、芝の方に直接知り合いがいるわけじゃねえんだけど、最近ちょくちょく聞くんだよ。なんでだろうって思ってたら、今、気が付いた。あの、奥の部屋にQ蔵って太鼓持ちがいるだろ。アイツが酔っぱらうと二言目には「芝町の旦那、芝町の旦那」って言ってんだよ。んで「誰だいそれ」って聞いたら、「座敷でしくじっちまって、出入りがかなわねえ」なんて言うんだよ」
ハチさん「じゃあQ蔵に教えてやらんといけねえな。こういう時に駆け付けていって、手伝いでもすりゃあ、詫びがかなうかもしれねえ」
熊さん「やっぱ、そうだよなあ。ちょっと教えてやるか」
Q蔵の部屋の前に来る
「オイ、Qさん!Qさん!いねえのかい!オイ!寝てんのかなあ」
ノックしながら
「オイ!Qさんや!起きてくだせえ、Qさん!」
Q蔵「ヘイ。なんでございましょう」
熊さん「起きて、Qさん!火事だよ!」
Q蔵「火事ィ?……火事……。アア、ようござんす。別に燃えたところで、何もありゃしませんからね。うちは大家のモンだし、書いてるモンだってお世辞にもおもしろいとは言えねえシロモンですよ……。あっしが灰になったら、駿河湾辺りに撒いといてください」
熊さん「何馬鹿なこと言ってんだい。お前さん、西大寺の芝町の方にしくじっちまった旦那がいるって言ってたな」
Q蔵「芝町ィ?エエ、いましたよ。芝町の旦那。懐かしいなあ」
ハチさん「コイツ、こんな根暗な奴だったか?」
熊さん「酒でも飲んでんだろ。それでしくじったってえのに、懲りないねえ、全く」
Q蔵に
「その芝町の辺りが火事なんだよ。見舞いにいってきたらどうだ。もしかすると、しくじりを許してもらえるかもしんねえぞ」
Q蔵「エエ? ……アア!そうか!こりゃどうも、ありがとうございます!ちょいと待っててください。エエ、エエ、すぐ出ますんで」
部屋から出てくる
「ウウウウ、さみい。アア、どうも、こんばんは。こんばんは。すいません、わざわざ教えていただいて」
ハチさん「オウ、早く行った方が良いんじゃないかい」
Q蔵「ハイ、そうさせてもらいます。しばらくの間、留守をお願いできませんか」
熊さん「なんでだよ」
Q蔵「なんでって、火事場に泥棒は付き物でしょうが」
熊さん「火事は向こうだ。早く行けってんだ、この馬鹿」
Q蔵「では行ってまいります!」
「と言うが早いかQ蔵は、細い路地を通り過ぎ、大宮通りをピャア~~~~っと駆けていきます。しかし冬の夜中ですからこれが寒いのなんのて」
走りながら
「うわあああ! スーッ。ウウウ、寒い寒い寒い寒い寒い。うわ、イルミネーションだ。唾かけてやらあ。ペッ! ウウウ、火事だ火事だ火事だ火事だい!どけどけどけい! 邪魔だ邪魔だ邪魔だい! ウウウウ。誰もいねえな、オイ。ウウウウ。……電車の方が早かったなこりゃあ。でもあれだな。ああやって気にかけてくれるってのは、嬉しいもんだな。やっぱり、芸人てのは愛嬌がなくちゃあいけねえんだ。愛嬌が。ウウウウ、寒いな。「旦那! Q蔵でございます。奈良の三条町から駆けつけてまいりました!」「オウ、そうかい。なら明日っから出入りを許すぞ」なんて言ってくれるか分かんねえけど。待っててくだせえ、旦那ァ!」
そのままはけていく
旦那「おいおい、皆、慌てるんじゃないぞ。かえって危ないからな。定吉、そんなところで突っ立ってないで、あっちへ行ってなさい。慌てるんじゃないぞ」
走り出てくる
Q蔵「こんばんは、旦那!怖ろしいことでございます!」
旦那「ン?……ア、お前、Q蔵か?」
Q蔵「Q蔵でございます。ながらご無沙汰いたしております。こちらの方が火事だと伺いました。お手伝いに奈良の三条町から駆けつけてまいりました」
旦那「そうか……。来てくれたんだな。ようし、出入りを許す!」
Q蔵「アア、そうくると思ってました」
旦那「なんだって!」
Q蔵「イエイエ。ヨシ!それではあっしが万事良い感じに荷物を運び出しますんで」
旦那「いい、いい、いい、そんなの。お前さんに何ができるって言うんだい。それにね、芸人にそんなことさせられないよ。怪我なんかしたらどうするんだい」
Q蔵「御心配には及びませんよ、旦那。それにね、火事場の馬鹿力って言うでしょう。俺、自信あるんスよ」
旦那「分かった、分かった。アタシは今から向こうに挨拶してくるからね。静かにしてなさいよ」
Q蔵「ハイ!」
旦那 びっくりする
「じっとしてなさいよ」
Q蔵 ストップモーション
旦那「ヨシ」はける
Q蔵 ずっとストップモーション「……」
しばらくストップモーション
「……アアア! 小銭だ。ありがとうございます。ありがとうございます。実はね、スタチューの真似は上手いんですよ。エ? 他にもやってくれ? エエ~、ハイ、じゃあ、やりましょう」
Q蔵 しばらく一人で家具などを運ぶ引っ越し業者のパントマイムをする
旦那 戻ってくる
旦那「オイ、Q蔵」
Q蔵「ア、旦那、おかえりなさい」
旦那「これあ、お前……どっちだ?」
Q蔵「へえ、どっちと申しますのは?」
旦那「エエ~、パフォーマンス?」
Q蔵「へい、パフォーマンスです」
旦那「ややこしいんだよ、お前さんの芸は。物があるのかないのか、分かんなくなってくる」
Q蔵「おもしろいでしょう」
場所は変わって三条通り
Q蔵 パントマイムの練習をしている
子どもがやってくる
子ども「おじちゃん、こんなところで何してるの?」
Q蔵「ン?アア、俺ぁよお、太鼓持ちをやってるんで」
子ども「太鼓持ち?太鼓なんて持ってないじゃないか」
Q蔵「ンン?アア、そうか。まあ、分かりやすく言うと芸人ってことだよ」
子ども「ああ!おじちゃん、芸人なんだね!なんか面白いことやってよ!」
Q蔵「振り方下手すぎるぞ。あと、おじちゃんじゃなくてお兄さんな」
子ども 話を聞いていない「何かやってよ、おじちゃん!」
Q蔵 無視して枕を語り出す
「子どもってえのは、人の話を聞かない生き物でして」
子ども Q蔵を叩く
Q蔵「痛っ!まだ喋ってる途中だろうが!」
子ども「そういうのいいから。早くやってよ」
Q蔵「生意気な奴だなあ、枕も知らねえとは」
子ども 楽しみに見てくる
Q蔵「分かったよ」
Q蔵 手持ちの傘でパントマイムを披露する
終わってから子どもの方をチラッと見る
子ども「おおおお!凄いね、おじちゃん!」
Q蔵「だから、俺はおじちゃんじゃなくてお兄さん……。もういいや。凄かったか」
子ども「うん、僕、あんな芸初めて観たよ!いや~、いいもの観せていただきました」
Q蔵「誰目線だよ」
子ども「実はわたくし、こういう者でして……」
ポケットに手を入れる
Q蔵「ええ!まさか」
子ども「テッテレ~!ドッキリでした~」
Q蔵「おま、言っていいことと悪いことがあるだろ」
子ども「ゴメン、ゴメン。ちょっとからかいたくなって。でも、おもしろかったのはホントだよ!おお!すげえ!ってなった!」
Q蔵「おう、そうかい。それなら、別に構わねえんだがよ」
子ども「でもおじちゃんは、笑わないんだね」
Q蔵「エエ?」
子ども「芸人って人を笑わせるのが仕事でしょ?自分は笑わないの?」
Q蔵「俺ぁ、目の前にいるお客さんに笑ってもらえるだけで嬉しいんだ」
子ども「自分は楽しく無いのに?」
Q蔵「馬鹿言っちゃいけねえ。人を笑顔にすんのに、楽しくねえわけねえだろう。おじちゃんは笑顔を振る舞うのが仕事なんだよ」
子ども「う~ん。難しくてよく分かんないや」
Q蔵「分かんなくていい。そのままおっきくなれ」
子ども「うん? ……。うん、わかった。あ、お母さんだ。じゃあ、またね!」
Q蔵「ああ、またな。子どもってえのは素直でいいねえ。おれあ、ああいう顔が見てえんだよ。ひまわりみてえに笑った顔をよお」
Q蔵 背伸び「はあ〜、おてんとさんがァ眩しいったらねェな。おいおい、そこのカップル、ちょいと観ていかねえか。なあに、取って食ったりしねえよ。ああ、ちょっと……」
ゆっくり暗転
カップルを追いかける
途中で見えない壁にぶつかる
壁のパントマイム
暗転完了
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?