【短編集】2 軍靴の音/誰かいる宇宙
これは、2020年3月~4月にかけて執筆した短編集『誰かいる宇宙』の1篇「軍靴の音」を再掲したものです。(2024年5月28日)
軍靴の音
操縦士とキツネ並んで座っている。
両者の距離は少し離れている。
操縦士「なあ、ゴメンて」
キツネ「知らないよ」
操縦士「俺が悪かったって」
キツネ「知らない!」
操縦士「キツネ~」
キツネ「エ? 誰のことですか?」
操縦士「もう、拗ねるなよ~」
キツネ「拗ねてませんけど?」
操縦士「拗ねてんじゃん」
キツネ「拗ねてません」
操縦士「拗ねてんじゃん」
キツネ「拗ねてません」
操縦士「拗ねてんじゃん」
キツネ「拗ねてないよ! 拗ねてないのに、なに拗ねてるとか言ってんの? わけ分かんないんだけど」
操縦士「ゴメンって」
キツネ「……」
操縦士「ホラ、油揚げ」
キツネに見せる
キツネ「油揚げ!」
奪い取って食う
操縦士 微笑ましそうにそれを眺める
キツネ 気付く。
慌てて「もういらない」と返そうとする。
操縦士「食べかけ?」
キツネ 気まずい。食べる。残りを全部詰め込む。呑み込む。何事もなかったかのように。「何?」
操縦士「いやあ、寂しいなあって」
キツネ「なんだよ」
操縦士「俺だって、ホントは嫌なんだよ?」
キツネ「じゃあ行かなきゃ良いじゃん」
操縦士「そういうわけにもいかないじゃん」
キツネ「なんで?」
操縦士「なんでって……。そういうルールなんだよ」
キツネ「出たよ。「ルール」。人間はめんどくさいなあ」
操縦士「人間ってめんどくさいんだよ」
キツネ「ア~ア、ルールなんて無くなっちゃえばいいのに! 知ってる? 世界には魔法使いがいるんだって」
操縦士「マホーツカイ? なんだそれ」
キツネ「どんな願い事も叶えてくれるやつ」
操縦士「七夕みたいなやつ?」
キツネ「僕もよく知らない」
操縦士「ふーん。そうかい。で、なにお願いすんの」
キツネ「すべてのルールを無くしてください!」
操縦士「とんでもねえやつだ」
キツネ「だって、そのルールでアンタが出発しなきゃいけないなんて、納得できないよ」
操縦士「でも、全部のルールを無くしちゃうと、今よりも喧嘩とか争い? が増えちゃうぞ」
キツネ「ア。もっと長引くのか。ダメだ。じゃあ、全部、とは言わないけど、なんか、こう、いい感じに、ルールを無くして?」
操縦士「イヤ、俺に言われても」
キツネ「そうだった。ア~ア、空から降ってこないかなあ」
操縦士「そんなことある?」
キツネ「ないとは言い切れない」
操縦士「言い切れないなあ」
キツネ「空から落ちてきますように!」
操縦士「もう、何が何だか」
すると遠くの方からブゥーン!とエンジンの音が聞こえてきた。強風が吹きあれ、砂埃が舞う。操縦士とキツネは目を守るため、腕で顔を覆う。エンジンの音が小さくなって、通り過ぎていったことが分かると、顔を上げる。
操縦士「アレが、落ちてきたら嫌だなあ」
キツネ「アレに乗るんだろ」
操縦士「パイロットだからね」
キツネ「アレで勝てんのか?」
操縦士「そう言うなよ。勝つために俺らがいるんだからさ」
キツネ「勝ってどうすんだ?」
操縦士「エエ?」
キツネ「勝ったら、どうなるんだ?」
操縦士「アア~、この国は資源が少ないからなあ」
キツネ「なんだシゲンって」
操縦士「エネルギー、かな」
キツネ「フ~ン。まあ、難しいことはよく分かんないけどさ、さっさとアンタが帰ってきてくれたら、それでいいや」
操縦士「帰ってこれるかなあ」
キツネ「これないのか?」
操縦士「分かんない。ここからかなり遠い場所だし」
キツネ「どれくらい?」
操縦士「ウ~ン、十光年とか?」
キツネ「ウン、よく分かんないけど、ものすごく遠いのは分かった」
操縦士「だって、宇宙軍だし」
キツネ「なんだい、宇宙軍って! エスエフか!」
操縦士「エスエフじゃないんだぁ」
キツネ「どうせあれだろ」
キツネが考える火星人の動きをする。
「こんな感じのタコみたいなやつと戦うんだろ。レーザー銃とか持っててさ」
操縦士「エエ……」
キツネ 火星人のまま操縦士に近づく。
操縦士「うわああ!」逃げる。キツネに(止まれ)の合図。
キツネ 止まる。フェイントかけたりして遊ぶ。
操縦士 キツネに翻弄される。
キツネ「やっぱりアンタ面白いなあ」
操縦士「そんなつもりはないんだけど」
キツネ「ヨシ、決めた!」
操縦士「なにを」
キツネ「応援するよ!」
操縦士「だからなにを」
キツネ「いってらっしゃい!」
操縦士「……戦地に」
キツネ「そう。戦地に」
操縦士「いつ帰ってこれるか分からないのに?」
キツネ「待つ」
操縦士「ちゃんと帰ってこれるかすら」
キツネ「それでも待つ。だってボクはアンタになついてるから」
操縦士「……そっか」
キツネ「毎週さ、決まった曜日、決まった時間にアンタはここへ来る。最初はちょっと怖かったんだ。だってアンタは人間だし、腰にレーザー銃も持ってる。もしかしたら、新しい狩人かと思ったんだ。でもそんなことなかった。アンタはボクを見ても、驚かず、ただじっと横に座ってた。それもちょっと距離を開けてね」
操縦士「うん」
キツネ「だんだん、その決まった曜日、決まった時間が近づくと嬉しいと思うようになっていったんだ。どんなことを喋ろうかなって考えるようになった。でもその約束になるとちょっとだけ不安になるんだ。もしかしたら今日は来ないんじゃないかって」
操縦士「アレ、一回も欠かさなかったと思うんだけど」
キツネ「そう。アンタは一回も欠かさなかった。だから一回気持ちが沈んだ分、さらに嬉しくなったんだ。だから待つよ。帰ってきて、すぐに会いに来なくていい。決まった曜日、決まった時間に会いに来てよ。そしたらさ、毎週、アンタのことを考えられる。いま、遠いところで頑張ってるんだって。そう考えてるときに、もしアンタが会いに来てくれたら、きっと今までで一番嬉しくなると思うんだ」
操縦士「……。分かった。俺、頑張るよ」
キツネ「いま言ったことを、ボクたちのルールにしよう」
操縦士「アレ、ルールなんていらないんじゃなかったっけ?」
キツネ「いーの! なんか、こう、いい感じにしたんだからさ」
操縦士「ゴメン、ゴメン。……。そろそろ家に戻らなくちゃ」
キツネ「もうそんな時間か。早いな、時間が経つのは」
操縦士「楽しい時こそ、早く感じるもんだよ」
キツネ「じゃあ、アンタを待ってる間は、長く感じちゃうってことかぁ」
操縦士「じゃあさ、夜になったら空を見上げてればいいんじゃない?」
キツネ「空?」
操縦士「ウン。どんなに遠く離れてても、俺は必ずこの宇宙のどこかを飛んでる。それだけでさ、世界に色が付いたように見えることって、ないかな?」
キツネ「そう思うようにするよ」
操縦士「ウン。じゃあ、俺、帰るな」
キツネ「分かった。また今度」
操縦士「アア、また今度」
操縦士は次の台詞の間にはける。
キツネ「それから、三日が過ぎた。今日は彼の出発の日だ。ボクは見送りはしない。待つって決めたから。そういうルールだから。この町には石でできた橋があって、町の外に行くには、この橋を渡らなくちゃいけない。石橋鳴る軍靴の音。この音を聴いて、いろいろな願いを込めるんだそうだ。それが昔からの「ルール」。ボクは人間の作ったルールには縛られないから、ここにいる」
石橋に響く軍靴の音。ザッザッザッザッザッザッザ……。キツネはそれをじっと聞いている。キツネは橋の方を向いて、万歳。段々と音が遠ざかっていく。
暗転
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