#3店内に普通の方はいらっしゃいますでしょうか?ー美人のいばらの道ー
美人のひと
もう一人のメインキャストである遠藤さんは美人であった。ただの美人ではない。芸能人のような正統派のわかりやすい美人だった。本人にその気があればビジュアルを活かした仕事もできただろう。しかし彼女はイラストレーターで、あまり人前に出たがる性質ではなかった。
この会社のアルバイト達はなにがしかの本業 ― イラスト、音楽など創作に関わる活動の方がメインであり、本屋のスタッフ業は生活のため。わたしのようなミーハーなアートファンの方が稀だった。
もちろん彼女も自分の美しさは理解していたが、それを利用したり思いあがったふるまいをすることなど皆無で、無頓着だった。
カッコイイ。店内で一番漢らしかった。なんなら美しさ(にまつわる諸々)を面倒だと思っていたふしもある。
商いの面でも彼女は優秀だった。男性を接客する場合、遠藤さんの手が空いていたら彼女に担当してもらうと必ず購入につながる。
美しさはパワーだ。
外見のせいでさんざんいやな思いをしたのだろう、日野くんに「わたしを好きにならないから日野君は好き」と言っていたほどだ。そんなことちょっと言ってみたい。
モテとは
取引先の人の顔が違う。わたしには「今月は何冊売れましたか?」と厳しい目をむけたのに、隣の美人にスッと視線をずらすと笑顔で「お元気にしてらっしゃいましたか?」
子供も残酷だ。わたしには工作で作った武器を向けながら「撃つぞ!」と言った幼稚園児が遠藤さんには鼻の下をのばして「お姉さん、美人!美人!」
遠藤さんが店内で作業していると学生たちが少し離れた場所で彼女を見ながら「おまえ行けよ!」と小競り合いをしながら声をかける隙をうかがっている。遠藤さんは全く気づいていなかった。わたしはその光景を近くでながめながら、わたしに気づかれてどうする、と冷ややかに思っていた。
彼女はいろんなことに鈍く、純粋であった。
そう、人間はキレイな人が好きだがこれほどとは、と私はこの時思い知らされた。
もちろん彼女は外見だけでなく、その並外れた外見とはそぐわない親しみやすさと純粋さも魅力だった。ギャップという言葉を体現していた。
高嶺の花にみえて、優しくて気さくで個性的。
すぐアプローチしてくる男子、いろんな意味ですごいよ。
私はそれまで、すごい美人にはそれなりの男性が告白してくるもの(偏見だな・・すみません)だと思っていたが、考えを改めることになる。それなり、とはほど遠かった。わたしは心の中であいつら蚊群だな、とうんざりしていた。
嫉妬心がわきようもないくらい美しかったというのに、美しく優しきものに同等のものだけが引き寄せられるとは限らない。この場所においてわたしが見た限り、彼女の内面の美しさを汚すような蚊の群れがブンブンしてうるさかった。
イケメンがいなかったということじゃない。真摯さのかけらもみえない、ニヤニヤした男たちが近寄ってくる。あんたたちの落とした斧、金じゃなくて銅だよ。
美人には美人のいばらの道があるようだった。
うつくしくて、変です
美しくて仕事もしっかりしていたけれど、頑固で突拍子のない一面もあった。
数百種類もあるポストカードの管理は彼女の担当であったが、カード番号で管理してください、と言ったら種類ごとに分けた方がいいと数十分かけて反論されたので、私が折れて「では遠藤さんがわかりやすいほうでいいです」と種類ごとに管理することになった。
が、次の日出勤すると遠藤女史はカードを番号順に分けていた。ルンルンで。驚きを通り越して怖かった(わたしの記憶、間違ってる?!)のでしばらく時間がたってからおそるおそるわたしは話しかけた。「あのう~、カードは昨日、種類別にしたいって言ってなかったっけ?」
「あ、そうだっけ?」恐るべきことに、彼女は昨日の話し合いを覚えていなかった。話を聞くと考えが一晩やそこらで変わることは珍しくなく、それで友人に絶交されたこともあるそうだ。
ひとの顔を覚えるのが苦手で、二時間前に食事をしながら話した取引先の人の顔を忘れる。
勝手に店内の商品を相談もなく値下げして売ってしまう。(お気づきかもしれないが、私の序列は最下位である。舐められている。)
社外秘の書類をお客さんに普通に見せてしまう。
無垢で、世間知らずなところのあるひとだった。そのたびに、どうしてそれがよろしくないか彼女に理解してもらうのにわたしは経験も言葉も足りなかった。わたしだって彼女に毛が生えたようなものだったのだから。
理性をなくしたい
ある時、合同の展示会から帰ってきてしょんぼりとしているので話を聞くと、展示会場に狂信的にある動物だけを描くアーティストの人がいて、いたく感化されたらしく、
「わたしは理性があるからダメなんだ。理性をなくしたい。」とか言い出した。彼女はいたってまじめである。
やめて!理性のない人と一緒に働けないから!
どこもかしこも変な人ばかりの場所なんだから、これ以上、しかも自主的に増えてもらったら困るんだよ!もうその考えが変だから十分だから。
わたしの勢い?にまけて遠藤さんは理性をなくした狂人への道をあきらめてくれた。やれやれ。
本当にあったことをベースにしたフィクションです。すべて仮名。あったかもしれないし、なかったかもしれない何十年も前のおはなし。