WANTED〜場末の宿屋編【短小説】
ある男が…、とある宿場町へと辿り着いた。
宿場町は場末の宿地。
最果ての地と呼ばれ、流れ者達が行き着く最後の溜所。
町外れにある古びた宿屋へ、その男はやって来た。
チェックインするため、カウンター上に置いてある真鍮の呼び鈴を軽く打ち鳴らした。
するとカウンター奥の部屋から初老の男が顔を出した。
「いらっしゃい……」宿の主は小さくため息に近い呟くような声を発した。
主は男をさり気なく観察し、身なりから察すれば身ひとつで放浪する流れ者に違いないと睨んだ。
「お泊りですか、旦那…」
「ああ…、部屋空いてるか?…」
「空いてますよ……、だが面倒事は困りますぜ」
「大丈夫だ…今晩だけ泊めてくれ、すぐに出ていく…」
「階段を上った一番奥の部屋だ。前金で6.000barzもらうよ」
宿主は男に鍵を渡した。
「ありがとよ…」
男はポケットの中からしわくちゃの紙幣を宿主へ支払い、階段を上って部屋へと向かった。
しばらくすると、別の男の客人が訪れた。
「主、この男がここに泊まってないか?」
その男は警察手帳と写真を見せてきたが、宿主は即答した。
「おっと!…刑事さん困りますね、うちはそういった事はお断りしております。宿帳もありません、すまないが捜査には協力はできない…」
「………そうか…すまなかったな…」
刑事らしき男は出ていった。
ほどなくして、すると今度は女の客人が現れ、カウンター奥の出入り口に立ちはだかった。
「あの!すみません…この人泊まってませんか!?うちの亭主なんです!」
女は写真を見せながら尋ねてきた。
「……うちはそういった事には答えられない、写真も見ない、客のプライバシーだからな…」
「そうでしたか、失礼します…」
女は残念そうに立ち去った。
主は睨んだお通りのお尋ね者だったか?と思った。
……時間は夜の7時を回ったところだった、例の男が2階から下りてきた。
「ああどうも……さっきあんたを尋ねて来た者がおりましてね…もちろんこっちは商売だから断ったんだが…」
「……どんな奴だった?」
「一人は男で刑事っぽい奴で…もう一人はあんたの女房だって人が尋ねてきたよ」
男は冷静に聞き入った。
「そうか……もしまた妻が尋ねてきたら…」
「心配かけてすまない、今でも愛している、と伝えてくれ…」
「刑事っぽい男はあれはたぶんデカじゃないな俺の命を狙うヒットマンだ」
「ああ、そうだと思ったよ。だけどよ随分と厄介事を背負ってんだなアンタ…、うちでドンパチだけは勘弁してくれよ」
「大丈夫だ、もう出ていく…世話になったな」
「そうか、なんかすまないな。お前さんのこと詮索しちまってよ。もしかしたらあんたのカミさんその辺にいるかもな…探してみたらどうだい?」
「いいんだ……殺し屋も張り付いているしな」
「ああ、そうだったな…、これから何処へ?」
「アンカーシップでここから惑星hv-941へ発つ…」
「随分と遠いところへ行くんだな、コールドスリープとワーム・ホールを使ってのコースだな」
「まあ、そうだ……。それじゃこれで…」
「ああ、達者でな…」
銀河を越えてまで逃亡する男の正体とは一体…?、それは誰にも分からないが、妻に愛を伝えて去っていく男の背中は寂しげだった。
ここは最果ての地、場末の宿屋、
ここへは様々な客人たちが訪れるのであった。