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古参社員の猛反発に遭った3代目社長が「鉄」と「野菜」の「両利きの経営」を実現させるまで
東京都大田区の大塚鉄工が今年、都内の自社ビルで植物プラントを本格稼働させた。創業84年、本業は鉄をたたいて成形する「職人の技」が命の鍛造所。40歳の3代目社長が、全く無関係の農業、しかも採算ラインに乗せるのが難しいとされる植物工場事業に打って出た。「週の半分は鉄、残り半分は野菜のことを考えている」という大塚章弘社長。ここに至るまでに、後継ぎならではの数々の試練を味わってきた。
「オフィスにいたって何もわかんねえよ」
6月、「LEAF FACTORY TOKYO(リーフ・ファクトリー・トーキョー)」の植物プラント「FARM HANEDA」の開所式に足を運んで驚いた。ガラス張りの建物にグリーンをあしらったおしゃれな外観。40歳の大塚社長は、鍛造職人たちを率いる鉄工所のトップには到底見えない(大塚社長、すみません!)スマートな風貌をしている。
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早速、個別取材を申し込み、後日再びプラントに足を運んだ。
大塚社長、実はもともと家業を継ぐつもりはなく、いったん輸入レコードの小売・卸売販売の会社に就職している。そこでは音楽業界全体が「斜陽」と呼ばれる中、人員削減が進み、長時間労働やサービス残業が常態化していたという。
いよいよ限界、というときに頭に思い浮かんだのは、「転職」ではなく、「家業を継ぐこと」だった。「サラリーマン時代に、自分自身で何もできないもどかしさがあったんです。やるなら〝ブラック〟ではない、〝ホワイト〟な企業を作ってやろう、と思いました」
2010年に大塚鉄工に入社し、経理担当に。早速、「手書き帳簿」の世界だった現場に、経理ソフトや会計ソフトを次々に導入する。前の職場で会計を担っていた大塚社長にとっては、お手の物だ。〝大改革〟を成し遂げ、早速、会社に貢献できたことに満足していた。ところが、その自信を揺るがされる出来事があった。
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製造業の経営者たちの集まりに参加したときのこと。大塚社長は、同世代の仲間たちに「製造業は、オフィスにばっかりいたって何もわかんねえよ」と笑われ、ショックを受ける。大塚鉄工の本社機能は東京にあるが、従業員の多くは福島県白河市にある工場に勤務している。実父である先代社長は、現場をベテラン社員たちに任せていた。「家業に入るにあたり、父には新規事業を期待されていました。自分は新しいことを考えればいいのだという甘えのようなものがあったのかもしれません」
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大塚社長は翌日から、白河工場に足を運び始める。多いときは週3回。行く度に、できる限り全従業員と対話する。いまも続けている習慣だ。
改革案に職人たちが猛反発
だが、前職を辞めて途中から入ってきた若造を、職人たちは簡単には認めてくれなかった。ある日、「これを持ち上げてみろ」と、鉄を持ち運ぶのに使う「箸」を手渡された。言われるがまま、鉄の大きな塊を挟んで動かそうとするが、微動だにしない。生半可な熟練度ではないことを思い知らされた。
「実はその後も、逃げだしたいと思ったことが何度もありました」
利益の上がらない部品の受注の見直しをいきなり提案して、現場から総スカンを食らったことがある。「こちらから見たらいくら無駄な取引でも、現場にしてみれば、過去にいろんな経緯があった取引先だったり、利益率は低くても数量受注することで利益が上がる部品だったりするわけですよ。そこを全く見ていませんでした」
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在庫品を無くすための生産管理システムの導入を提案した時も、強い抵抗に遭った。「現場には、欠品を防ぐため、在庫を抱えてでも多めに作っておく、という習慣が根付いていました。受注ベースでラインを動かせば、どうしても仕事がタイトになります。みんな、不満が態度に表れていました」
正論を振りかざしても、聞いてもらえない。苦い経験を通じて、大事なのは、やはり信頼関係だと実感した。何度も現場に足を運んで関係を築き、新しいことを取り入れるときは、まず事前に相談を持ちかけ、納得してもらえるまで丁寧に説明するようにした。
最初から一貫しているのは、職人たちへのリスペクトだ。「音楽業界から家業に飛び込んだのも、実はものづくり産業に携わりたいという強い憧れがあったからです。うちの職人たちは、とにかくかっこいいんですよ。この人たちを大切にしなくてはいけないという気持ちがずっとあるんです」。週に何度も足を運び、何でも学ぼうとする若き後継ぎを、職人たちは徐々に受け入れていった。
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そして入社11年目の21年2月、3代目社長に就任。新規事業へのチャレンジが、いよいよ現実味を帯び始めた。
植物工場の可能性にかける
大塚鉄工のメイン顧客はトラックメーカーだ。ただ、自動車の電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)へのシフトが進む中、燃費向上のため部品も軽量化が求められている。鉄の部品は今後確実に、炭素繊維強化プラスチック素材などに置き換えられていく。とはいえ、自動車部品を電車部品や建設材料などに転換するだけでは食べていけない。もう一つの軸となる新たな事業が必要だ。
本社のそばに、少し前に会社で購入した空きビルがある。新規事業にこれを活用しない手はない。最初にひらめいたのは、シェアオフィスだった。新型コロナウイルス禍の前、東京都の小池百合子知事らの呼びかけもあって、在宅勤務やリモートワークなどの機運がほんの少し広がり始めた頃だ。「でも、シェアオフィス事業に参入しているのは、都心に土地を持つ大手がほとんど。自分たちがやるのは違和感がありました。やっぱり僕たちは、ものづくりの会社なんだと気付きました」
「農業」というアイデアは、社長室長の椎名祐平氏があたためていた。農業なら、大塚鉄工にとって全くの畑違いの業種であるとはいえ、ものづくりの精神を引き継ぐことはできる。独学で勉強したり、展示会に足を運んだりして、情報を集めた。知り合いの照明器具メーカーから紹介された植物工場の実用化研究の第一人者、玉川大学農学部(東京都町田市)の渡邊博之教授に協力を仰いだ。
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植物工場は大企業やベンチャー企業の参入が相次ぐが、1日あたり出荷量3000株と言われる採算ベースに乗せるのが難しく、撤退事例も少なくない。だが、発光ダイオード(LED)の新技術を使えば、光の色や当て方を変えることで、野菜の茎の太さや緑の深さ、甘みや味、香りや栄養素の度合いなどを細かく調整できる。
大塚社長は、巨大消費市場である東京の真ん中で、顧客ニーズに徹底的に寄り添った高付加価値野菜を作ることに、大きな可能性を感じた。
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新工場の設計やコーポレートデザインは、思い切って一流の建築士やデザイナーに依頼した。何度も話し合って、細部まで徹底的にこだわった。自身が音楽業界で培ったセンスが生きた。
21年から本社ビルで実証実験を開始し、今年6月から新工場で事業を本格稼働。既に近隣のスーパーや飲食チェーンとの契約を取り付けており、今後、ビル1棟で1日1500~1900株の出荷を目指している。
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入社の決め手は「社長の情熱」
新規事業に従事しているのは、大塚社長と椎名氏のほかは全員、新たに雇い入れた社員だ。これまでに、玉川大学からインターンで来ていた学生ら計4人が入社した。
世の中、どこも若手をほしがっている。就活生にとっては超売り手市場だ。そういう中で、なぜこの会社を選んだのか、いずれも26歳の社員、川又純さんと氏家健登さんに聞いてみることにした。
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川又さんにとって、入社の一番の決め手となったのは、「夢に向かって走る、社長の純粋な少年のような心」だという。「私は植物工場を研究する中で、このビジネスはなかなか厳しいのではないかと思っていました。でも、社長の話を聞いていて、この人の夢を一緒にかなえたいと思ったんです」。働く環境も重視したという。「社長は、『人は資産』だと話してくれました。僕にとっては、仕事内容とおなじぐらい、職場の人間関係やプライベートが大切なので、そこは大きかったです」
氏家さんは、新卒で入社した大企業で1年間、植物工場事業に携わった後に、LEAF FACTORY TOKYOに入社した。入社の決め手になったのは、「面接の時に社長が見せてくれた、新規事業にかける情熱」だ。「社会人としてひよっこの自分を一人前のプロとして扱ってくれるので、自分の中で最高のパフォーマンスを発揮できています。信頼を裏切らないように、日々レベルアップしていかなければと思っています」
新規事業は「3年、5年やってダメなら撤退」という企業が多い中、大塚社長は「10年、15年のスパンで考えている」と断言する。氏家さんも川又さんも「やるからには、日本一の植物工場を作りたい」と言う。
取材終了後、二人はいかに自社の野菜がおいしいか、真剣に説明してくれた。LEDを調整することで作り出される、シャキシャキとした食感やしっとりとした食感、ほんのり感じられる甘みややさしい苦み。「うちの野菜を食べたら、二度とほかの野菜は食べられなくなりますよ」と、熱く語る。大塚社長が「彼らが営業に同行すると、先方が前のめりになる」というのもうなずけた。
「両利き経営」の意外な効果
ところで、既存事業と、全く分野の異なる新規事業の「両利き経営」は、大変ではないのだろうか。「振り切っちゃって全く違うことをやる方が、楽しいんですよ。忙しくても、苦にならない」。大塚社長は、さらりと言った。
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大塚鉄工のホームページも一新した
将来、植物工場事業がどんなに成長しても、鍛造をやめるつもりはないという。「市場が縮んだら、時代に合ったサイズに変えていけばいい。二つの事業をやることで、社員も相互に刺激し合えるし、良いことのほうが多いんです」
既存事業に携わる職人と、新規事業に携わる若者たち。その両方に、社長の本気が伝わっている。