秋のお庭で
馨さんは今年小学校に上がったばかりの女の子です。お母様とばあやのウメさんの3人暮らし。お父様は遠い遠い外国でお暮らしになられていて、おうちにはいらっしゃいません。
暑かった夏も終わり、馨さんのお家の小さなお庭にも、秋がやってきました。隙間だらけの古い板塀の前には、今年も可愛らしい小菊がたくさん咲いています。
お母様、きれいなお花がいっぱいよ。お部屋に飾ってもいいかしら?
と、馨さんがお母様に話しかけました。ところが、お母様は上の空。いつもなら、優しい笑顔でお返事をくださるのに、一体どうしたというのでしょうか?
馨さんは心配になって、ばあやのウメさんに
尋ねてみました。するとウメさんが、
この小菊は、旦那様が外国へ行かれる前に、
ここにお植えになったものだから、きっと奥様はこれを見て、旦那様を思い出してらっしゃるのですよ。
と、馨さんに優しく教えてくれました。
お母様も私と一緒でお寂しいんだわ。
と、馨さんは思いました。
翌日、宿題を終えた馨さんは、2階のお部屋の窓からお庭を覗いていました。今日も変わらず美しく咲くお父様の小菊。
あら?
小菊の後ろにある板塀の前に
お母様が立っていらっしゃいます。しかもなんだかそわそわされてるご様子。
お母様は、何をされているのかしら?
馨さんは不思議に思いましたが、なんだか
お声をかけてはならない気がして、黙ってますと、スッと、板塀の隙間から細く折られた
紙が差し込まれました。お母様はこれを引き抜き、手早く広げて読み始めました。どうやらこの紙は、お手紙のようなのです。お手紙を読み終えたお母様は、馨さんがこれまで見たことのないような、晴れやかで幸福に包まれた、それはそれはお美しいお顔をなさっていらっしゃいました。お母様はお手紙を丁寧に折りたたんで、帯の間に挟み勝手口の方へ行ってしまわれました。
お母様がお家に入った後、馨さんは
お手紙が出て来た板塀のすきまをそっと見に行きました。そして、隙間にお顔を近づけて、
お母様がお元気になるお手紙をありがとうございました。またお願いいたします。
と、小さなお声でそう言いますと、隙間に向かってぺこりとお辞儀をされました。
(了)