日常に溶け込んだ、見えないやさしさに気づく。「街の上で」を観た感想
下北沢が舞台の、様々な場所と人間模様を描いた映画だった。
熱を帯びた物語ではなく、生活範囲内での常温。いつかはなくなる、いつもの街の日常が描かれていた。
印象に残った場面
「何食べたんですかね」
青とカフェの店長の会話。何気ない会話中、店長がぽつぽつと話し始める。
以前、知人が店に来てくれたが、満員で入れなかったという。
誰かが悪いわけではない、日常のよくある風景。
しかし「その知人が翌日に亡くなる」という非日常があり、どこか思うところがある店長。
そんな店長へ、「(知人が店に入れてたら)何食べたんですかね」という青の言葉。
この返し、素晴らしい。人および人との会話に興味があり、寄り添える人間の言葉だと思う。
「店長は何も悪くないですよ!」などという無粋な否定や、「もし入れてても結果は変わらなかったですよ」といった不愉快な寄り添いでは決してない。
自分ならこの言葉は出てこず、神妙な顔だけ作って、何も言えずに黙っていたはずだ。
この言葉があることで、もう一段階深い階層の故人のエピソードに華が咲き、店長の心に残ったしこりが、少しだけ昇華されたように思う。
「会わせてよ」
役名は忘れたが、成田凌演じる俳優。
この人物の不思議な言動。理不尽な理由で自分を振った彼女が、やっぱり元カレが良い…と言った時に「会わせてよ」と言うのだ。
会っていいことなど一つもないのに。
そしていざ本当にご対面の時。会ってぶん殴るのかと思いきや、自分が振られた理由を話し、「あんたが良いんだってさ」と言い残し、立ち去る。
その言動は、「幸せになってね」と同義なのに?
彼女の背中を押して、2人の絆を深めることになるのに?
振られて傷つきたての人間が、なぜそんな優しさを見せられるの?
吐き捨てるような言い方だったが、本当に優しい人の、最後のやさしさだったのだろう。
イハの嘘
そしてラストの、イハの嘘。
映画に出ていたよ、と話すイハ、嬉しそうな青。
どういう意味があったのだろう。
「あーやっぱり。俺演技できないから」と空元気で落ち込んでいるのをごまかす青が見たくなかったのか、それとも青の照れつつも喜ぶ顔が見たかったのか。
はたまた「自分なら、あのシーン使ったよ」という思いなのか。
いずれにせよ、悪意のない、やさしい嘘だと思う。
最後に
雪は悪女。
別れの時に、他の男の存在を出して対比させるのは最低。
人としての自信まで奪う行為なので、みんなはやめよう。