比較社会の渦の中で

彼女は私の前でこういった。

「歩いていて、すれ違う人全てが私の顔に点数をつけたり、難点を行ったりする。そして私もすれ違う人の顔が、もう少しこうだったらもっと可愛いのに、と思ってしまう。」

私も毎日のように思う。鬱病になってから外出がかなりしんどくて減ったが、それでもたまに外に出ると人の顔をみて色々と思ってしまう。
たまに母の買い物について行ったりすると、お客さんの顔ばっかり見て点数をつけたり、
またこちらの顔について何か思っているんじゃないかと不安になったりする。
相手がこちらを見ているんじゃないか。苦しい。醜形恐怖症、とまで言わなくても自分を愛せないこのぶくぶくと湧いてくる苛立ち。ぶつけようもない辛さ。

< ルッキズム >(英: Lookism)とは、「外見にもとづく差別」であり[2]、特に「身体的に魅力的でないと考えられる人々を差別的に扱うこと」を指す[3]。外見至上主義という呼称もほぼ同義として扱われる[4]。

                         Wikipediaより

予てより、私たち‟女の子”に関しては、やはり外見主義社会であり、見繕ったお洋服と最大限の演技、又は苦しさの境地まで立たされ、自分の求める美しさを求めているのだ。

現に夜職をしてお金を貯めて、自分自身のコンプレックスを変えていくために毎日嫌な客と思い出したくもない一夜をともにしてそれでもなお、死にたいと嘆きながらも、お金を稼ぐのだ。自分の外見のために。

#note #鬱 #非嘔吐過食 #ルッキズム #エッセイ

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