【エッセイ】偉大なる兄の帰還
久しぶりだ、読者諸君。前回の投稿から一ヶ月も経ってしまった。特に待っていた人もいないだろうが、一応反省しておく。人生を顧みねば大切な事をすぐ忘れるのが、私の人となりだ。そして、継続は力なりだ。忌まわしき試験勉強が終了したので、今日からまたくだらないエッセイを開始する。
くだらないので刮目などしなくていいが、誰かの活力にはなってほしい。そんな我儘も少しは許してくれないだろうか。一ヶ月に渡る試験勉強は終わったものの、試験結果も終わったようなものだった。色々疲れているのだ。近頃の寒さも体に堪えて、この冬を乗り切れるか不安で仕方ない。
努力が実らずに落胆し、一喜一憂の暇も与えてくれない日々の仕事に心は惨憺とする。生きる事は絶望と闘う事だと、空白の一ヶ月で理解してしまった。限界の精神状態でもなお、誰かの活力になりたい私だ。
今回は復帰後第一作目となる。腕が落ちていないか心配なので、二人いる弟のことでも書いてみよう。彼らなら材料に困らないうえに、少し文章力が鈍っていようが面白い話を書けるはずだ──。
半年前から一人暮らしを始めた私は、時間があれば実家に帰るようにしている。私の不在に両親は咽び泣いているだろうし、お祖父様は寂しさに胸を痛めているはずなのだから。ましてや我が弟たちは、共に飯を食べ、共に入浴までしたお兄様が家を出て、さぞかし心に穴が空いたような気持ちになっているだろう。
切実な期待に応えて、私は出来るだけ帰るようにしているのだ。家族の精神的支柱である私が、およそ月に一度、感動的な帰還を遂げる。素晴らしい長男ではないか。
かくして、皆が待ちわびた私が実家に登場する。二人の弟が揃って同じ言葉を投げる。
次男&三男
「誰だお前」
ふざけるでない。精神的支柱になんて態度を取るのだ恩知らずめ。両親はいつも変わらぬ温度で「お帰り」と言ってくれる。お祖父様は満面の笑みで迎えてくれる。それなのに、なんだ貴様らは。憧憬と畏敬の念を向けるべき偉大なるお兄様に「誰だお前」だと? どうやら実家には教育の足りていない不届き者が巣食っているようだ。仕方ないので、取りあえず三男の方に我が威光を浴びせ、跪かせることにした。
私
「どうだ? 行きたい大学は決まったか?」
お兄様の特権、進路の助言である。三男は高校三年生。人生経験の差でマウントを取り、これでもかと講釈を垂らしてやろう。さすれば、大して良い成績を残していない兄でも、勝手に威厳が出てくるのだ。コスパが良い。ひとまずは生意気な口を利くことはできないだろう……。
三男
「俺が大学を選ぶんじゃない。大学が俺を選ぶんだ」
私
「どういうことだ。なんで貴様が選ばれる側になるんだ」
三男
「志があるから」
私
「こころざし……?」
三男
「そう、志が全て」
私
「志があればどの大学にも入れるし、お前は選ばれる側になると?」
三男
「どんな資格や経歴も、志が凌駕するから。そのために俺は圧倒的な志を築き上げてきた」
私
「ほう、どうやって?」
三男
「一日に十回、志とノートに書くことで」
しまった。こんなにバカだとは思わなかった。自信満々に志の一本で兄のマウントを弾き飛ばしてくる。そもそも志という不可視で曖昧なものになぜ全幅の信頼を寄せているのだ。それと、圧倒的な志を築き上げるのに一日十回は少ない。一日一万回正拳突きしたネテロを見習いたまえ。その程度の志で入学できるのは小学校ぐらいだろう。
阿呆が過ぎて、威光を浴びせることはおろか、こちらの思考が停止しそうだ。質問を変えてみよう。
私
「じゃあ、将来は何になりたいんだ?」
三男
「志でパン屋さんになる」
諦めて次男と話す事にした。次男は大学四回生。こちらは先日、中学校で社会科を教える先生になることが決まった。相当勉強したのだろう。運動しか出来なかったバカにしては大健闘だ。素直におめでとうと言いそうになるのをグッと堪え、兄の尊厳を取り戻しに行く。
私
「一人暮らしの準備はしてるのか?」
次男
「してないけど、親に家出ろって言われてる。二年内ぐらいには出ないとね」
私
「お金を貯めないとだな」
次男
「今、バイト二つ掛け持ちしてお金稼いでる。そして稼いだお金を冬のスキー旅行とか温泉旅行に全部つぎ込む」
私
「それじゃ一人暮らしが出来ないのでは?」
次男
「バイト掛け持ちしてお金稼いでるから」
私
「全部つぎ込むんだろ」
次男
「経済回さないと」
私
「多少は貯金なり生活の準備したりしないと一生実家だぞ」
次男
「うわー、出たよ。一人暮らしマウント……」
うざい。可愛くない。生意気が過ぎる。兄を敬うという態度が一切感じられない。三男がバカなら次男は不遜ときた。
大体、貴様がバイトを掛け持ちして稼いだ程度のはした金で、何の経済が回るというのだ。バイト漬けの毎日と遊びによる浪費で、結局回るのは貴様の目だろう。スキー旅行と温泉旅行を一緒にしろ。纏めれば良いではないか。スキー終わりでに温泉に入りたまえ。阿呆が。
私
「後で困っても知らないぞ」
次男
「友達に頼ればいいんだよ」
私
「友達を失いそうな発言だな」
次男
「友達いないやつが何言ってんの」
私
「うるせえ、黙れ」
もうこいつとは二度と喋りたくない。まだ三男の方が良かった。性格が捻くれて屁理屈を捏ね出し、金を稼いでは浪費するばかりの有象無象の大学生に成り下がった次男へ贈る言葉はただ一つ。私は貴様を一生助けない。
それにしても、兄がぞんざいに扱われる兄弟だとつくづく思う。兄のありがたい助言も励ましの御言葉も、不遜の次男とバカ三男は全くといっていいほど聞き入れない。むしろ三男は、私より次男を敬っている。
私
「そういえば、来週に模試があるらしいな。ちゃんと勉強しとけよ」
三男
「天才だから大丈夫」
私
「いや、貴様バカだろ」
三男
「あなたが知らないうちに、俺は次男の薫陶を受けて成長してるから。模試の勉強なんてしようがしまいがどうにでもなる」
私
「そうなのか……。次男からは何を学んでいるんだ?」
三男
「全ての教育を諦めろ」
私
「諦めるな」
もうどうにでもなるといい。次男から学ぶどころか、次男のせいで学ぶ事を捨てているではないか。そもそも次男は来年から中学校の先生だ。日本はとんでもない人材を教師にした。こいつらの将来とこの国の未来はきっと暗い。
かくして、皆に惜しまれながら実家を後にする。私の不在で家族はまたしばらく心を痛め、虚脱状態に陥るだろう。しかし、それは現代社会で生きる我々の運命。離れた地での努力が私をさらに偉大な人間にし、次の帰還で家族にさらなる恩恵をもたらすであろう。
次男&三男
「早く帰れよ」
恐らくこの二人には恩恵がもたらされない。しかし、何だかんだでこの温度感が快いため、ひと月に一度の頻度で帰還できるのだ。靴を履き玄関のドアを開けると、家の奥から声が聞こえてくる。
次男&三男
「また来いよ」
良い兄弟だろう。読者諸君もそう思わないか。