窓辺を照らす夜明けの光 - よすが/カネコアヤノ (2021)
身や心の拠り所、頼りとする対象。
カネコアヤノが2021年にリリースしたアルバムのタイトル「よすが」には、そういった意味が込められている。
音楽という表現の特性を考えれば、心の拠り所となるような作品を目指した、という解釈が妥当だろう。
本作がリリースされた2021年は、コロナ禍の真っただ中であった。
そのような、物理的にも心理的にも窮屈さを感じる時代に、この作品はその名の通り、私を含めた音楽リスナーたちの心の拠り所となっていた。
私は、この作品を、カネコアヤノの音楽の、一つの完成形であると捉えている。
通算5作目となる本作であるが、現在の詩的なスタイルが確立されたのは2018年リリースの3作目「祝祭」であった。
この作品を転換点として、以降2019年の「燦々」、2021年の本作「よすが」と、独自の視点で世界を切り取った歌詞とオルタナティブ・フォークの音像で、そのスタイルを発展させてきた。
その完成形が、本作「よすが」に表現されている、と私は考えている。
時代の息苦しさを独特な着眼点でとらえ、サウンドやリリックに落とし込むだけでなく、そんな時代に寄り添い、包み込む優しさや、時に打破するかのような強さをも併せ持って、その音世界を作り上げている。
そして、その音世界こそが窮屈な時代に生きる人々にとっての拠り所であり、それはまるで、暗い部屋をぼんやりと照らす夜明けの光であった。
オープニングに収録された"抱擁"は私にとって、2021年のベストに選ぶほどの大切な楽曲になった。
初めてこのアルバムを再生したとき、その時はカネコアヤノの新作出てるじゃん、ちょっと聴いてみるか、と軽い気持ちで作業BGMとして聴こうとしていたのだが、"抱擁"のイントロに殴られるかのような非常に大きな衝撃を受けたのを覚えている。
そして、これを聴くのは今じゃない、貴重な初聴取の機会をながら聴きで消費してはいけない、と気づいて再生を止め、作業が落ち着いてからその全11曲を嚙み締めた。
後にも先にも、こんな気持ちにさせられたアルバムはこの1枚だけだ。
それくらい、この作品に綴られたカネコアヤノの言葉や想いは私に刺さったのである。
バンドとの制作の中で成長し、新録バージョンとして生まれ変わった"爛漫(album ver.)"が今作のクライマックスだ。
季節の終わりに散る椿の美しさを自身の心の様に喩えて訴えかけてくる、その言葉の強さこそがカネコアヤノの詩人としての本質であり、それを象徴するような楽曲であると言える。
そんな強い言葉を持つ彼女が繊細な時代を切り取り、暗い世の中の夜明けを柔らかい光で包み込まんとする傑作。
必死な日々を生きる私たちは、そんな光を耳で感じながら、その音世界に身を預けて生活を守っていこうではないか。
そんな気持ちにさせてくれる1枚だ。
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