循環型ファッションの浸透は、行動デザインがカギ
こんにちは!リコマース総合研究所(リコマース総研)、主席研究員のakaneです。今回はメルカリ総合研究所の共同研究パートナーとして、二次流通における消費者行動について多岐にわたる調査をしてきたマーケティングの専門家である慶應義塾大学商学部教授の山本晶先生にお話を聞いてきました!これまで先生が研究してきた二次流通市場における消費者行動から得た知見をもとに、企業がサステナブルなファッションを浸透させるために必要なことは何かを伺いました。
慶應義塾大学商学部教授 山本晶
1996年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。外資系広告代理店勤務を経て、2001年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2004年同大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学大学院助手、成蹊大学経済学部専任講師および准教授、慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授を経て、2023年4月より現職。専門はマーケティングで、主に対人影響の研究に従事。日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、日本マーケティング学会(常任理事)、日本商業学会、INFORMS、AMAの各会員。主著に『キーパーソン・マーケティング: なぜ、あの人のクチコミは影響力があるのか』(東洋経済新報社、2014年)。
新品を買うだけの時代から、誰もが売り手になれる時代に
ーマーケティング領域を専門とされる山本先生が、二次流通に関心をもったきっかけについて教えてください。
二次流通市場に興味を持ったきっかけは「メルカリ」なんです。これまでは中古品というと車や住宅、身近なものだと本やレコード、古着などがあったと思いますが、対象商品は限定的だったように思います。「メルカリ」が登場してありとあらゆる製品カテゴリーと中古品が世の中に出回るようになり、これまでにない現象だと思いました。
私の専門は消費者行動とマーケティングなのですが、消費者行動とマーケティングの研究では購買というと新品の購入を前提としているので、中古品のマーケティング研究はあまりなされていませんでした。ここにリサーチキャップがあると感じ、やってみたい、やる価値があるのではないかと感じました。
消費者間の売買取引では、以前はフリーマーケットに出店する一握りの消費者しか売り手の経験を持ちえなかったのですが、「メルカリ」によって簡単に誰でも自分の持っているものを他の消費者に売ることができるようになりました。売り手の広がりは二次流通市場で流通する商材が広がったきっかけとして大きいと思いますし、すごく大きな変化だと感じました。
また、これまでもお下がりなど古くなったものを無償で人にゆずるという行為はあったのですが、知らない消費者同士が所有物を売り、その対価を得る、つまり経済活動が行われているということも新しくて面白いと思いました。
ー長年リユースに関する消費行動を研究されて、消費行動はどう変化していますか
二次流通市場はますます拡大していますね。「メルカリ」が出た時は若い女性が、アパレル商品をやりとりすることが多かったと思います。その後幅広い年代や、男性の利用者も増えていきましたよね。スマホベースのサービスなので、ある程度ITリテラシーが必要だと思うのですが、出品プロセスと購入プロセスがとにかく簡単ですから、今ではシニアの方も使うようになりました。このように、何か特別なスキルや知識がなくても、誰でも所有するモノを売ることができるし、不要品がタンスの肥やしにならずに誰かのためになる。しかも売却益を得ることができます。何か余剰なモノ、不要なモノがあったときに、売るという新しい選択肢がすっかり定着したと思います。また、売り手だけではなく買い手にも変化があったと思います。中古品への抵抗感など、買い手のハードルがだいぶ下がったと感じます。
そのほかにも、物価高など経済的な理由から定価よりも安い中古品が受け入れやすくなったり、中古品の質が上がったことも二次流通の市場拡大に影響したと思います。さらに、環境問題が非常に注目されている中で、廃棄するのではなく誰かに買ってもらいたい、タンスのこやしになるより誰かの役に立ったほうが好ましい欲しい、という社会的な空気感も市場拡大を後押ししたと思います。
循環型ファッションは環境啓発ではなく、ベネフィットを誘発する行動設計がキー
ーマーケティングの観点から、今後循環型ファッションを推進するためには何が必要になると考えますか
循環型ファッションを推進するために、変えるべき消費行動はあると思います。そうは言っても人は楽なものに流れますよね。消費者は何か行動を取るときに、消費者自身が得るベネフィットと負担するコストのバランスを見て行動します。ですので、何かの行動を促進させたいならば、行動のベネフィットが行動のコストよりも大きい必要があります。
ベネフィットには機能面、感情面のほか、他者からどう思われるか、に関連する社会的ベネフィットがあります。 反対にコストは金銭的なコストはもちろんですが、時間的なコスト、 心理的なコストもあります。また、他者から後ろ指を刺されるなどの社会的コストもありますね。コストとベネフィットのバランスをみた時に、今はまだ捨てる方が選ばれて、リコマースが選ばれないとしたら、リコマースはベネフィットよりコストの方が大きいのだと思います。
ということは、企業がやるべきことはベネフィットを増やすか、コストを減らすかになるので、まずは機能面や感情面、社会面のベネフィットを何とか増やしてあげるということになると思います。 企業が消費者に対して倫理的に善行をすすめ、「良いことをやろう!」と道徳の先生のようにリコマースを推進をするのもよいかもしれないですが、便利なものや素敵なもの、機能的に高いものは選ばれますし、消費者は人からどう見られるかは気になるはずなので、そのあたりのインサイトをつく必要があると思います。
コストを下げること、つまり手間を減らして簡単にすることについては、例えば回収ボックスへのアクセスを楽にするとか、モバイルの力を借りるとか、色々なやり方があると思います。今はまだ環境に優しい行動は結構手間がかかります。例えば、ペットボトル一つを取っても、ラベルを剥がして、容器を洗って、そして捨てるというステップがあります。 飲料メーカーが潰しやすいペットボトルを作ったことは資源の循環を促す一つのよいやり方だったと思います。 マイボトルも環境問題への貢献だけでなく、おしゃれさや可愛いさなど、情緒面のベネフィットを付加することは消費者の行動を促すために有効だと思います。
環境問題は広く報道され、啓蒙活動も盛んですので、消費者が環境問題を知らないということはないと思うのです。それでも消費者のエシカルな行動が不十分ということは、環境問題に対して倫理的に訴えても消費者を説得できないということです。啓発、説得系のコミュニケーションではなく、望ましい行動が自然と誘発されるような行動デザインを設計することも有効だと思います。そういった意味で、循環型ファッションを推進するためには、行動経済学の視点を入れるのも良いと思います。
また、アパレルの処分行動を研究する中で、どうしたら破棄せずリサイクルやリユース、売却を選ぶのかをリサーチしている際に読んだ論文には、「大事にしている、思い入れが強い製品は廃棄せずにリサイクルする」という結果が示されていました。ということは、メーカーが思い入れのある一品にしてあげれば、廃棄以外を選ぶことに近づくかもしれません。簡単に手に入るものは破棄されやすいので、ストーリー性があるものを作り、購入者に思い入れを持って使ってもらうことで、廃棄されない製品を作るということはできるかもしれません。
ー循環型ファッションをビジネス面から考えるにあたり、どのような仕組みや価格設定が必要でしょうか
中古市場の先駆者は車だと思っています。車の一次流通、二次流通の仕組みを考えると正規ディーラーで適切なメンテナンスを提供することで、中古車の価値が低下しないように生産者がコストをかけて管理していると思います。アパレルメーカーも自分たちで世の中に流通する自社ブランドの中古品を管理するというのは、ブランド管理という視点からも大事だと思いますし、中古品を手の届く価格で販売することはそのブランドへのエントリーにもつながると思います。
また、メルカリ上の価格は“消費者の需要を反映した価格”だと思っています。本当に消費者が欲しいと素直に感じる価格が「メルカリ」上の取引価格にあらわれますが、それは一次流通市場の価格とは必ずしも一致しません。「メルカリ」上で新品価格よりも高い価格で取引されていることもあると思うのですが、それは実は支払意志額がメーカーがつけた価格より高いということになります。そうなると、メーカーはもっと高い価格をつけてもよかったのではないかという可能性を感じますし、反対に二次流通市場で叩き売られているようなブランドは、消費者が感じている支払意志額がそこまで高くないということになります。 二次流通市場の価格データは、新品商品の価格付け時に参考になるのではないかと思います。
ーサステナブル・サーキュラーエコノミーというようなキーワードが重要視されていく時代において、強いブランド、求められ続けるブランドとなるために必要な観点はどのようなものがありますか。
どのブランドでも機能面で十分なベネフィットがあることは当たり前になっているので、人の心をどれくらい動かせるかというエモーショナルなベネフィット、例えば作り手のストーリーなどがより一層重要になってくると思います。
人間は楽な方、便利な方、安い方に流れていってしまうので、例えばそこに選択肢としてファストファッションがあればそれは継続して選ばれると思います。この流れを止めるのは難しいですが、一方でファッションが「可視化された消費」であるというのはひとつポイントだと思います。例えばお風呂で使うような商品は外からはわからないので、何を使っていても人から後ろ指を刺されることは少ないと思います。一方、洋服は消費のシーンが可視化されているので、「あの人はファストファッションを着ている。信じられない」的な社会的な目がこのさき生まれると、そうした企業は市場から退出せざるを得なくなるかもしれません。個人的には、実際にそのような現象が自動車に起きているように感じています。環境によい車に乗っている人と、燃費の悪いガソリンを使って排気ガスをまき散らかしている車に乗っている人を見ると、通りを歩く人たちがなんとなく燃費の悪い車を冷たい目で見ているように感じます。 毛皮に関しても同様の動きはありますね。
悲しいですが、消費者は非合理的な行動を起こすこともあります。私はそのように消費者を捉えているので、環境問題にしても消費者に対する説得型のコミュニケーションは限界にきているように感じます。消費者に向けて「環境に悪いからxxをしましょう、あるいはやめましょう」というコミュニケーションではなく、組織レベルの制度に組み込んでいく必要があると思います。制度とは国や自治体、企業、私の身近なところでは教育機関の制度です。例えばペットボトルの水ではなく、紙パックの水を来客者に提供する企業が増えたり、自動販売機ではなく無料のウォーターサーバーをおく大学が増えるなど、組織レベルで行動で変えていくということも一つの手段だと思います。
レジ袋の有料化によるエコバックの普及は、行政によって企業行動と消費者行動の「デフォルト」を変えた良い例だと思います。「エコバックを持ちましょう」という啓蒙的なキャンペーンでは、エコバッグはここまで普及しなかったと思います。サステナブル・サーキュラーエコノミーの普及のためには、国単位、組織単位でデフォルトを変えていくというのも良い方法だと思います。極端な例をあげると、例えばアパレルメーカーが旧製品を持参しないと新品を買えなくすると、衣料の回収がデフォルトで推進され、廃棄が減ります。現実的には難しいかもしれませんが、そんな勇気ある行動を起こす企業が現れると、循環型ファッションが進むと思います。