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プーシキン伝記第3章 南方 1820-1824⑤

 心の構造が机上的なことは、同世代の最も良い代表者が不誠実あるいは気取っているということを、決して意味しているわけではない。その反対に、机上的なことはしばしば無邪気さと結合した。顕著な例はおそらくプーシキンのタチヤーナである。彼女は
   クラリス、ユリヤ、デルフィーナ*、
   自分の最愛の創作者たちの、
   ヒロインのように思い込み、

   …森の静寂のなかへ
   ひとり 危険な本をもってさまよい歩いている、
   彼女は本の中に探し求め、見つける
   自分の秘められた情熱を、自分の夢のかずかずを(VI,55)

(訳注*クラリス:イギリスの作家リチャードソンの書簡体小説『クラリッサ』の主人公クラリッサ。ユリヤ:ルソーの小説『新エロイーズ』の主人公ジュリ。スタール夫人の小説『デルフィーヌ』の主人公デルフィーヌ。

《他人の狂喜を、他人の悲哀を / 剽窃し》、タチヤーナはオネーギンにも彼女がよく知っている《英国の詩》の主人公たちの一人の役を割り当てている。このような感情の机上的なことは、それが誠実で深いものであることを妨げてはいない。
 ロマン主義的主人公の主要な特徴は孤独、失望、《人生と人生の楽しみに対する無関心》、《魂の早すぎる老化》であった、それらは《19世紀の若者たちの特徴》になった(XIII,52)、とプーシキンはВ.П.ゴルチャコフに書いた。ロマン主義的主人公は常に旅の途中であり、彼の世界 ― それは旅である。彼の背後には、彼にとっては監獄だった、捨て去った故郷がある。生まれた土地とのすべての結びつきが絶たれている:愛情において彼は裏切られた、友情においては ― 中傷の毒を浴びた:
   友人達には欺瞞、愛には幻滅
   そして心が大切にしているものすべてに毒がある…                                        
                 (А.デリヴィグ、《霊感》)。

しかし、異国にも放浪者は滞在しない。彼にとってはいかなる滞在も強制的に感じる。彼がその場所の滞在が延びるとしたら、野蛮だが自由を愛するエキゾチックな国々の住民の捕虜になるため、あるいは彼をその場所に縛りつける慕情や、監獄あるいは彼にとっては同じくらい幸せである ― 束縛のため。彼は監獄から脱走する、あるいは、自分の誇りに満ちた孤独の放浪を続けるために、愛情を絶つのである。
 《魂の早すぎる老化》は2つの異なる隠されたモチーフを持つ(しばしばそれらは組み合わさっている)。それは、逃亡者の祖国で支配的な、奴隷制度の過酷な出来事によって呼び起こされるかもれない。この時、プロットは政治的な色合いを帯び、《野蛮人》の捕虜になった主人公は奴隷制度の状態を別のものと取り換える:
   取り換えるのは恐ろしいだろうか?
   故国では ― 鎖!異国では ― 捕虜!                 
        (А.С.グリボエードフ、《チェゲムの略奪者たち》)。

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