人を守れない法律やルール
『市子』という映画を、Amazon primeで観た。
重く壮絶な内容なのに、リズミカルな演出で、間延びする事も、辛くなり過ぎる事もなく、集中して観られた。
主演の杉咲花さんの抑えた演技もリアリティがあって、とても良い作品だ。
そして驚いた。
この映画をキッカケに調べてみたところ、この平和に見える現代の日本にも、信じられないくらい多くの無戸籍の日本人がいるのだ!
実は私は、30年近く前の引きこもり専業主婦時代に、なぜか急にどこからか降りてきた、〈戦後の闇市で共に支え合って生きたパンパンと戦災孤児のストーリー〉を、書籍化して2000年に発表した事があるんだけど、無戸籍で苦労した子供たちの存在は、戦後の焼け野原だからだと思っていた。
その時に下調べした戦災孤児たちの暮らしが壮絶を極めていた。
大人が勝手におこした戦争で、家族も家もなくした、いわば被害者である筈の子供達が邪魔者扱いされ、ひもじくてつい食べ物をとってしまえば犯罪者として閉じ込められる。
ごく一部の民間の施設には良いところもあったけど、政治や行政は彼らを見捨てた。
餓死だけじゃなく、自殺者も絶えなかった。
そんな時に手を差し伸べてくれたのは、生きるために仕方なく選んだのに、パンパンと蔑まれた女性達や、今では反社と呼ばれるアウトローな人々。
そんな小説を発表した後に、私がフィクションとして書いたままの壮絶な人生を送った人がいた事を知った。
それが村上隼人さんだ。
4、5歳の頃に東京大空襲で家族を喪い孤児となり、衣服に付けられていた名札も空襲で焼けてしまったため、生年月日も出生地も名前すらもわからないから、戸籍を持つ事ができなかった。
戸籍を持てないために、どうやってもまともに生きられない日本に失望し、アメリカに密航するが、そこでも国籍を持たない不法滞在者として移民官に追い回される日々を送る。
そうして、50年近く経ってようやくグリーンカードを取得するが、それを手にした時でさえ、永遠の流浪の民でしかない自分の存在に虚無感を覚えたそうだ。
そんな風に、戦後の戸籍を持てない人々の壮絶な人生は知っていた。
それが、今の時代にも存在していた事を、この『市子』という映画によって知らされ、本当に驚いた。
2016年の段階で、無戸籍の日本人は推定1万人と言われていた。
そして、今現在もそれは殆ど変わっていないそうだ。
戸籍がないと、病院へ行けない、進学できない、銀行口座を作れない、クレジットカードを作れない、就労できない、という生きていく上で重要な事が何もできなくなる。
なぜ無戸籍の子供が存在してしまうかというと、それは親が出生届を出さないからで、出せないケースも多いからだ。
民法の772条の2項という法律があって、「法的離婚後300日以内に生まれた子どもは前夫の子と推定される」と規定されているために、離婚の成立が遅れてしまい、もっと日が経って新しいパートナーとの間に出来た子供であっても、手続き上は前夫が父とみなされてしまうために出せないというケースが多かったそうだ。
それは後に、「離婚後の妊娠については、現在は医師による妊娠時期の証明があれば、前夫の子ではないとして出生届が出せる」という特例(法務省民事局長通達)が認められるようになったそうだが、その特例を知らずに出せなかった人もいるし、前夫のDVで逃げている状況の人とか、様々な事情があるようだ。
そして、無戸籍のままなんとか義務教育は受けられた子供でも、自分で進路を考えるようになった年になって初めて、自分が戸籍を持たない事を知って愕然とするらしい。
そうなった場合、1人で役所に行っても、絶対に認められない。
法律で決まっているものを、窓口で覆せるわけがないからだ。
それでも、今は【NPO法人 無戸籍の人を支援する会】というのがあって、民生委員の方とか、義務教育を受けた記録などを集めて、一緒に交渉してくれる。
戸籍を持てないことで、病院へ行けない、進学できない、銀行口座を作れない、クレジットカードを作れない、就労できないという、当たり前の生き方ができない人が、こんなにもいて、こんなにも苦しんでいる事実を、この『市子』という映画を観るまで知らなかった。
本当に、政治とか法律って、正しさの為にだけあって、人を守るためのものじゃないんだなぁと、改めて思った。
正しく生きたくても生きられない人、世の中のルールから溢れ落ちてしまっている人がいるって事を、もっと周知すべきだなぁと思えて、そういった意味でも、この映画は特筆すべきだと感じた。
最後までお読みいただいた皆様にも、ルールから溢れ落ちて苦しんでいる人達がいる事を、1人でも多くの方に伝えていただけたらなぁと思います。
いつもありがとうございます。