社会と共創する熟達の実践 by Michika|Reapra Book 2022
1. IFDとは何か
本章では、「社会と共創する熟達*1」を歩むための土台を構築するプロセスであるIntensive Foundation Design(以下、「IFD」と称す)について記述します。1.1節ではIFDの定義を述べ、続く1.2節ではIFDを実施する目的を説明します。そして1.3節では、Reapraの考える、IFDの対象となる人について説明します。
1.1 IFDの定義
IFDは、「『らしさ*2』を深く理解した上で、ありたい姿に向けて学習を進めていく土台づくり」*3であると私たちは定義しています。IFDは、Reapraと産業創造を共に研究実践していく共同学習者およびその候補者に対して、起業家/Reapraインターナル/その他立場を問わず実施されます。
長い時間軸をとって実施されるものをこれまでIntensiveを抜いた形で、FD(Foundation Design)*4と呼んでおり、新入社員や投資先起業家、その候補者を対象に短期間で負荷をかけてIntensive(集中的)に行うIFDと区別していました*5。しかし、集中的にFDを実施することが多くなり、現在ReapraではIFDという用語の方が多く活用されているため、この文章においてはIFDを基本用語とします。IFDは、「Reapraとの共同学習を始める個人などに対し、複数回にまたがり集中的にセッションをおこなうこと」と私たちは定義しています。
1.2 IFDを実施する目的
IFDの目的は大きく分けて2つあります。1つ目は、「社会と共創する熟達」という概念を前提に、対象者が現在に至るまで形成された「らしさ」を構造理解し、それを前提としたライフミッションを紡ぎ出すことです。ライフミッションとは、「自分自身の芯を食ったらしさ(もっとも昔から今にもつながり脈々とアップデートされてきた自分を駆動しているエネルギー源)を含んだ自分がどう人生を生きていきたいかを現した姿」のことです。2つ目は、ライフミッションを体現するにあたって足元の学習環境やマイルストーンを整理することです。したがってIFDは、「社会と共創する熟達」というリーダーシッププログラムを通して次の世代を跨ぐ社会課題を、株式会社というシステムから入り、産業・概念を創っていく人がReapraと共に学んでいくための事前準備といえます。
1.3 IFDの対象者
IFDの対象となる人は、「『社会と共創する熟達』を通して、次の世代の社会課題を株式会社というシステムから入り、産業やそれにまつわる概念を創る人」であると私たちは考えています。加えてIFDを実施することがより効用の高い状況や、前提となる対象者のコンディションが存在します。
例えば、IFDを受ける人が、あらゆる事象から学べるというマインドになっておらず、特定の領域・人からしか学べないと考えるような、学習の幅が狭い状態であったり、自己喪失をしていない、あるいはしかかっていない人である場合*6、現在のReapraのケイパビリティを鑑みるとIFDの目的を達成することが難しい可能性が高いと考えています。
2. IFDの進め方
本章では、IFDの各ステップの説明、IFDを実施する上での注意点や心構えについて記述します。2.1節では、IFDの7つあるステップの詳細を説明し、続く2.2節ではIFDを受ける際の心構えや注意点をまとめます。そして2.3節で、IFD対象者の学習伴走をする人が、より良い伴走者になるための心得をまとめます。
2.1 IFDの各ステップの説明
IFDはStep1-Step7の計7つのステップからなり、必要に応じて各ステップを動的に行ったり来たりしながら進めていきます。
【IFDの各ステップと全体像】
Step1: 「社会と共創する熟達」の概念を理解する
Step2: 自身の芯を食った「らしさ」を知る
Step3: ライフミッションの設定
Step4: コーポレートミッション/マスタリーテーマの設定
Step5: ビジョン(i.e., 時間軸を入れたマイルストーン)の設計
Step6: 短期(12ケ月)目標の設定
Step7 : 学習の支援体制を決定し、「社会と共創する熟達」の初期学習を開始
IFDは3ヶ月以上の長期に渡ることが多いため、このようにStepを置くことでプロセスを適切なサイズに区切り、IFDのそれぞれのステップにおける学習に向き合う足場かけをする必要があります。
Step1: 「社会と共創する熟達」の概念を理解する
Step1の目的は、「『社会と共創する熟達』=世代をまたぐ社会課題を解決するリーダーシップジャーニーであることを理解し、学習の前提を合わせること」です。なお、「社会と共創する熟達」と言う概念の詳しい説明は、Reapra Book ver2の第1部をご参照ください。
Step1では、「社会と共創する熟達」の重要な要素である次の3点をIFD対象者が理解し、学習の前提となる認識を伴走者と合わせることが望ましいです。1点目は環境と自我が相互に作用しているということ、2点目は不透明な社会で熟達(学習)するには自己理解と自己変容を伴うということ、そして最後に3点目は熟達(学習)の基礎知識として脳や情動にまつわる科学的知識を必要としていることです。
Step2: 自身の芯を食った「らしさ」を知る
Step2の目的は、「IFD対象者が今のところこれだと思える芯を食った『らしさ』*7を理解し、長期持続的な学習に活かすこと」です。芯を食った「らしさ」とは、「幼少期に安心・安全を無条件に感じ、自由に冒険できていた頃の自分に近い状態(その状態に戻りたい)とも言える根源的な願い」のことです。「らしさ」を理解することが必要な理由は大きく分けて2つあります。
1つ目の理由は、「らしさ」を認知し、その構造を理解することで、今後中長期のキャリアにおいて熟達し続けるための内発的動機をより効果的に活用することができるようになるためです。「らしさ」を理解するということは、過去の環境と自我の相互作用から自分のエネルギーの源泉や満たされなかった自身の願いを理解するということでもあります。また、「らしさ」を深く理解することで、自身の学習の癖や強み・弱みが見えてきます。このように自身の「らしさ」を理解することで、中長期のキャリアにおいて熟達し続けるための内発的動機を保ち続けたり、自身の学習の癖や強み・弱みを長期持続的な学習に活用することができるようになると私たちは考えています。
2つ目の理由は、これまでの環境に対してIFD対象者が主観的にかけているさまざまなバイアスを取り除くことにより、環境で起きていることに対する捉え方を変えることができるためです。具体的には、安心・安全と冒険のバイアスがかかる前後を丁寧に掘っていくことで、安心・安全と冒険の基盤を無条件に感じていた頃の記憶に立ち返り、自分自身がバイアスをかけて意図的に制限していた学習範囲を理解し、その学習範囲の制限を少しずつ手放していくことができるようになります。このようにして、IFD対象者自身が決め込んでいる既存の学習習慣をアンラーニングし、「社会と共創する熟達の学び方」を学習する土台づくりをします。
Step2は次のような流れで進めていきます。
【Step2の流れ】
(1) 過去の環境と自我の相互作用により形成された「らしさ=自我」の構造理解
過去(生前〜幼少期)の自我と環境にまつわる特徴を整理し、「らしさ」を生むきっかけとなった事象の構造を整理し理解する*8
(2) 安心・安全や冒険にどう条件がついたかを理解する
環境と自我が動的につながっていて作用している前提で、環境からの条件(バイアス)が「らしさ」にどう作用しているかを理解する(「社会と共創する」観点でのバイアスの特定)
「社会と共創する」観点でのバイアスを特定するための問い
どんなものに安心・安全を感じていたのか?
自由に冒険したころから、環境からの条件(バイアス)が入りはじめ、時間とともに脈々とどのように「らしさ」がアップデートされたのか?
(3) 幼少期の安心・安全と冒険の基盤を確認し、「社会と共創する基盤」として立ち戻れる場所をつくる
「らしさ」の比較的芯を食っているものは何かを整理する
0-3歳(それ以降もある)までの、安心・安全側の環境と自我、冒険側の環境と自我を辿っていき、安心・安全と冒険の基盤を確認する*9
※なお、らしさの紡ぎ出しにおける注意点として次のものが挙げられます。
「らしさ」の紡ぎだしには、時代背景、文化背景、家庭環境などの環境要因を注意深く配慮する必要性がある
「らしさ」の紡ぎだしの過程で、対象者の置かれる家庭環境(e.g., 愛着障害やネグレクトなど)に深く触れる必要性がある時は、対象者にどうしたいかを選択してもらう
「らしさ」の紡ぎだしは、社会と共創する熟達における学習範囲およびコンディションの範囲で行う
Step3: ライフミッションの設定
Step3の目的は、「芯を食った『らしさ』*10を活用し、将来にわたり向き合い続けたいミッションへ昇華することです*11」。過去からのバイアスが入る前の、芯を食った「らしさ」は強い願いも含んでいます。強い願いは長く持ち続けられるエネルギーであり、それを使ってどう生きたいかという問いは、ライフミッション(i.e., 自分自身の芯を食ったらしさ(もっとも昔から今にもつながり脈々とアップデートされてきた自分を駆動しているエネルギー源)を含んだ自分がどう人生を生きていきたいかを現した姿)を紡ぐことに役立ちます。
Step3の目的が達成されることによる効用は、「芯を食った『らしさ』をライフミッションに昇華することで、適切に自身の『らしさ』を社会で活用できるようになる」ということです。ただし注意点として、「『らしさ』を決め込むと、社会で『らしさ』を発揮できる環境が限られてしまう」ということが挙げられます。したがって、これからの社会の変化を捉えながら、「らしさ」をしなやかに変容させるあり方が必要となります。
Step3は次のような流れで進めていきます。
【Step3の流れ】
(1) 芯を食った「らしさ」を言語化する
「らしさ」が環境と自我の相互作用により動的につくられた構造を深く理解し、そのうえで芯を食った「らしさ」を言語化する
(2) 芯を食った「らしさ」を踏まえて、未来のありたい姿を描く*12
人生を通してやりたいと思える、長い時間をかけて成し遂げたいことを言葉にする*13
ありたい姿を描くための問い
自分はどのように生きていきたいか?
何を味わい生きていきたいか?
人生の意味や目的として追い求めたいことは何か?
(3) 学習が広く深くなるようにライフミッションを言語化する
ライフミッションの言語化の際、現在の自我の癖や傾向が出るため、学習が広く深くなるように言語化する
過去から一貫して自分自身がもっていた芯をくった「らしさ」や根源的な願いをライフミッションに含めるようにする
自分がライフミッションの達成を真に願っていればいるほど、学習への動機が高まると考えられるため、結果的に学習が広く深くなるとReapraは考えている
ライフミッションが願望を含んでいるため、今の自我ではやりようがないと思えることも、あえてまくら言葉で入れる
e.g.) まくら言葉を置くことでより注意深くなること
【他者と学び合い】互いの包容力・発達を高めながら、ともに社会課題に向き合って拡張し続ける組織を作りたい(【】内がまくら言葉)
e.g.) 自分の癖と思えるまくら言葉は思い切って削除
【自他の中にある安心基盤を活用して】自由に冒険を楽しむ(【】内がまくら言葉)
Step4: コーポレートミッション/マスタリーテーマの設定
Step4の目的は、コーポレートミッション/マスタリーテーマ*16を設定することです。「らしさ」を含んだライフミッションは時間軸が入った願望と言えます。Step4では、そこに社会性・未来予測を含め、社会課題を解決する唯一無二の概念をつくる実現可能なテーマを設定します。テーマの要件は大きく分けて2つあります。
1つ目は、「長い時間軸でみると社会性があり、かつ自分の『らしさ』から執着できるもの」であることです。2つ目は、「次の世代に確実に求められると自分が信じることができる概念で、かつ概念に関係する人たちが次の世代に必要であるとみなすもの」であることです。
Step4は次のような流れで進めていきます。
【Step4の流れ】
(1) ライフミッション(時間軸が入った願望)を社会性のある実現可能なテーマに変換する
ライフミッションにオーバーラップさせて、次の世代の社会課題*17を解決する概念を紡ぎだす
(2) 執着できるマスタリーテーマの入口を見つけ、学習の動機を剥がれにくくする
ライフミッションとマスタリーテーマが同じになる場合もある
その人(= IFD対象者)の願い自体が次の世代の概念になっていることもあれば、現時点では社会性が弱い(まずは自分がこうありたいと考える)場合もある
後者(= 社会性が弱い)の場合はこのプロセスで社会性を帯びさせて視座をあげていく
Step5: ビジョン(i.e., 時間軸を入れたマイルストーン)の設計
Step5の目的は、「コーポレートミッション/マスタリーテーマに長期の時間軸をいれ、いつまでにどうなりたいのかというマイルストーンを設計すること」です。社会課題を解決する概念をつくるために、どの学習範囲が良いか時間軸を入れながら設計していきます。最初は陳腐なものから概念をつくりはじめ、徐々に概念に新規性・創造性が入ります。
Step5は次のような流れで進めていきます。
【Step5の流れ】
(1) つくりたい概念=マスタリーテーマに対して時間軸を入れる
本人が描ける限り一番遠くから描き、手前にブレイクダウンする
e.g.)30年後→ 20年後→10年後→5年後→3年後(人により描ける遠さは異なるので動機が持てる範囲で時間軸を設定する)
(2) 次の世代に渡すために、それまでの期間でどのようなことを成すか目標・ビジョンを設定する
10年後、5年後、3年後、1年後とビジョンを置く(年で年商100億、10年で1000億など定量も含む)*18
ビジョンを設定する際の問い*19
伸びていく概念を次の世代にいつどのように渡したいか?
次の世代に渡した後にどのようになっていたいか?
社会がどうなっているといいか?
社会を変えられていたら自分はどうあるか/ありたいか?
Step6: 短期(12ケ月)目標の設定
Step6の目的は、「なりたい姿と現状の差分を埋めていくために、まずは短期で、陳腐な領域において、自身の自我変容を含んだ形で実践していくこと」です。Step6では、1年後のありたい姿を自身の強み・弱み(得意・不得意)とつなげながら、定量と定性で具体的に設定します。
Step6は次のような流れで進めていきます。
【Step6の流れ】
(1) エントリーポイントの設定*20
エントリーポイントを決める際の問い
株式会社というシステムで探索と作り込みによって付加価値を出し、どの産業のマーケットリーダーになりたいか?そこで何をしたいのか?ターゲットは誰なのか?
陳腐な領域(i.e., 他にもプレイヤーがいて既に存在しているマーケット)で集中して作り込めば高い成果・利益を出せると信じ込める場所はどこなのか?
(2) ストレッチターゲット(到達したい状態)の設定
1年後のありたい姿を定性と定量で設定*21
(3) 強み・弱み(得意・不得意)を目標に盛り込む
1年後/6か月/1ヶ月ごとのマイルストーンに対して、定量と定性の強み・弱み(得意・苦手)の目標を置く
らしさからつながっている強み= 再現性高くできること
弱み=本当に変わった方がいいもの
Step7: 学習の支援体制を決定し、「社会と共創する熟達」の初期学習を開始
Step7の目的は、「初期学習実践(First Leaning Practice、以下「FLP」と称す)を円滑に進めるために*22、なりたい姿に照らした意思決定や学習(できないことを出来るようにしていく)をするのに最適な支援体制を決めること」です。「社会と共創する熟達」では、自分の見えないもの・見たくないものにも目を向けながら、できることを増やしていくことが必要です。したがって、Step7では次の2つのことが目的の達成に寄与すると考えられます。
1つ目は、伴走者の存在です。伴走者とは、 「実践において自分のブラインドスポットに対する気づきを与えてくれる人」です。同時に伴走者は、学習者と同じように「社会と共創する熟達の実践」をしているプレイヤーでもあります。伴走者は日々学習者との対話を通じて、学習者の学習の癖やブラインドスポットに気づきを与え、学習しやすい足場掛けをすることで支援を行います。
2つ目はダッシュボード(DB)の活用です。DBとは、「ありたい姿(To Be、目標)と現在地(As Is)を可視化し続けて、日々の実践を記録し、その差分から学習の気づきを得るためのモニタリングツール」のことです。DBの記録と活用を毎日実施することにより差分に敏感になり、学習サイクルが回しやすくなります。加えてDBを高頻度で活用することにより、情動の機微からの小さな変化を発見して施策に落とすことが可能になります。
2.2 IFDを受けるうえでの心得や注意点
前提としてIFDはReapraが一方的に提供するものではなく、対象者とReapraが共に「らしさ」の探求をして未来につなげるセッションです。そのため、対象者本人が主体性や動機を持てない、あるいはIFDの目的を正確に理解できていない場合、停滞またはコンデションが不安定になってしまうこともあります。
仮にIFDの目的を、「らしさの発見」や「囚われの特定及び受容」と捉えている場合、IFDが単なる自己内省セッションあるいはヒーリングセッションであるという誤解をしている可能性があるため注意が必要です。また、IFDの目的が「長期ライフミッションの言語化」と捉えられてしまう場合も「Step6:短期目標の設定」において自身の恐れや苦手なものに向きあっていきたくないとなる可能性があります。
したがって、IFDのセッション前やセッションの途中に対象者と伴走者の双方で確認する点として、次のようなことが挙げられます。
【IFDを実施する上で対象者と伴走者の双方が確認すべき点】
IFDの目的を対象者が正確に理解できているか
対象者がIFDを実施する動機を持っているか
対象者がIFDに主体性を持てるか
IFDを途中でやめることも選択肢として存在するか
2.3 伴走者の心得
より良いIFDの伴走者になるためには、IFD伴走者がIFD対象者を色眼鏡をかけて見るのではなく、伴走者自身が持つバイアスに注意深く認知しながら、対象者を理解し包容するという強い意識を獲得することが必要です。加えてIFD伴走者はIFDのゴール*23を目指しながら、IFD対象者が方向を見失わないようにIFDの流れを丁寧に説明し、IFD対象者がリラックスできる環境*24を整えながら対話を進めていく必要があります。そして対話のなかで、IFD対象者が本当に「社会と共創する熟達」を選択する必要があるのかを随時確認していくことが望まれます。
また、IFDのすべてのプロセスを伴走者と対象者の一対一の関係に閉じず、複数のIFD伴走経験者の視点を入れることが強く推奨されています。理由は、1人のIFD伴走者が持つバイアスによる副作用を可能な限り排除し、かつIFD対象者に対してより客観的な自己理解を促すためです。
3. Reapraの学習伴走者のケース
本章では、IFDの実践について、Reapraの学習伴走者である柳沢美峻さん(以下、「柳沢さん」と表記します。)のケースを通して理解を深めていきます。3.1節では柳沢さんの芯を食った「らしさ」がどのように紡ぎ出されたのかを説明します。続く3.2節では柳沢さんのライフミッションとマスタリーを紹介し、最後の3.3節では柳沢さんのビジョンを紹介します。
3.1 芯を食った「らしさ」
柳沢さんの詳しいライフストーリーに関してはReapra Book ver2の第3部:インターナル実践をご参照ください。本節ではライフストーリーを読者の方がご存知の前提で、柳沢さん自身の「らしさ」を説明していきます。
1つ目の芯を食った「らしさ」
柳沢さんの1つ目の芯を食った「らしさ」は、「自身を取り巻くコミュニティー*25に強く心理的安全性を感じたい、輪を乱したくない」というらしさです。
柳沢さんは10歳まで中国の内モンゴルに住み、1歳〜3歳までは両親と一緒にいました。両親からは愛情をもらいながら特に怒られることはなく、柳沢さんは好奇心のままに遊び、自由でした。しかし、3歳のころからの両親の激しい喧嘩や両親の別れにより、柳沢さんは両親(特に母親)からのアタッチメント(愛着)が剥がれたように感じました。もともと柳沢さん自身は両親のみならず、周りの大人に好かれる子供でした。その性質もあいまって、両親がいなくても、自分自身でなんとかして自分の周りのコミュニティーでも愛情をもらい、心理的安全性を感じたいと思うようになりました。
以上のような過去の環境と自我の相互作用により、柳沢さんの1つ目の芯を食った「らしさ」である、「自身を取り巻くコミュニティーに強く心理的安全性を感じたい、輪を乱したくない」という「らしさ」が形成されました。
2つ目の芯をくった「らしさ」
柳沢さんの2つ目の芯を食った「らしさ」は、小学校で勉強ができなかったことから形成された、「自分は相対優位性の中でバカであると思い込んでしまう」という「らしさ」です。
前述のように、柳沢さんは3歳まで特に制限されることもなく、わがままを言ったり、自分の好き勝手にやりたいことができていました。両親の喧嘩などが原因でアタッチメントが剥がれたと感じたあとも、周りに支えてくれる大人やコミュニティーが存在したため、自分自身が不自由を感じることは少なかったそうです。
それが変化したのは、柳沢さんが6歳で祖母がいる街に引っ越し、その街の小学校に通うことになった時です。柳沢さんは小学校では勉強ができず、親が近くにいないことが理由で先生が丁寧に勉強を教えてくれないといったことがありました。その結果柳沢さんは、60人いるクラスにおいて常に自身が上から59番目の人間であるということ、そして自身が馬鹿であるというふうに思い込むようになりました。
以上のような過去の環境と自我の相互作用により、柳沢さんの2つ目の芯を食った「らしさ」である、「自分は相対優位性の中でバカであると思い込んでしまう」という「らしさ」が形成されました。加えて柳沢さんは、「本当は勉強をしたいが、適切なサポートをもらえない」という満たされなかったことに対して、大きなエネルギーをためるようになりました。その結果、柳沢さんは他者に対して、その人個人にあった適切なサポートをしたいと思うようになり、「利害関係を超えて、他者に対して深く広く愛情を持って接したいし接してほしい」という願いが紡ぎ出されました。
3.2 ライフミッションとマスタリー
繰り返しになりますが、柳沢さんの詳しいライフストーリーに関してはReapra Book ver2の第3部:インターナル実践をご参照ください。本節ではライフストーリーを読者の方がご存知の前提で、柳沢さん自身の「ライフミッション」および「マスタリー」を紹介していきます。
ライフミッション
柳沢さんのライフミッションは、「人々が立場や利害関係などを乗り越えて、包容しあうような場やコミュニティーを深く広くしていきながらも、挑戦する範囲を広げて生きていきたい」というものです。
柳沢さん自身はコミュニティーに支えられ、そのコミュニティーでは老若男女皆が楽しみながら支え合っていました。しかしながら、学校という組織において、柳沢さんは運悪く勉強ができませんでした。柳沢さん自身はコミュニケーション力が高く、人見知りせずに社交性が高かったため、あの手この手をつくすことで先生たちから勉強を教えてもらえるようになったものの、このこと自体(i.e., あの手この手をつくすことで先生たちから勉強を教えてもらうように取り計らうこと)が本当に必要なのだろうかと疑問に感じていました。このような経験から柳沢さんは、「本来みな愛し愛される存在であり、人々が立場や利害関係を超えたようなコミュニティーに自分も所属したいし、つくりたい」と思うようになり、「人々が立場や利害関係などを乗り越えて、包容しあうような場やコミュニティーを深く広くしていきながらも、挑戦する範囲を広げて生きていきたい」というライフミッションが紡ぎ出されました。
マスタリー
柳沢さんのマスタリーは、「しなやかなチャレンジ社会への架け橋を創り出す」というものです。このマスタリーは、「不確実で変化が激しい時代において、自分自身にステータスがあるように思っている日本人およびアジア人たちが従来の社会的価値観に従ったままでは、これからの社会で躓いてしまうのではないか?」という、柳沢さんの問いから紡ぎ出されたものです。
今までの価値観や勝ち筋で生きてきて、かつそれが正しいと思っている人たちの勝ち筋が、これからはどんどん不透明になっていくはずです。加えて、大学生や社会人は一定のところまではちやほやされますが、その後自分自身がどうしたいのか、どのようにチャレンジするべきか、といったものさしを与えてもらうことはできません。
したがって柳沢さんは、「学力や思考力を培ってきた、これからの社会をより良くできるはずの人たちが、過度に自信を無くしたりせず、動的にしなやかにチャレンジできるような社会にしていきたい。そしてそういう人たち(i.e., これからの社会をより良くできるはずの人たち)をサポートし、これからの社会でも生き生きできるように架け橋になっていきたい。」と考えています。
3.3 ビジョン
3.1節、3.2節と同様に、柳沢さんの詳しいライフストーリーに関してはReapra Book ver2の第3部:インターナル実践をご参照ください。本節ではライフストーリーを読者の方がご存知の前提で、柳沢さん自身の長期的なビジョンと短期の目標を紹介していきます。
長期的なビジョン
柳沢さんの2050年までのビジョンは次のようになっています。
2050年(60歳)
自分自身の状態としては、年をとっても学習ししなやかにチャレンジし続ける人でありたいし、ロールモデルでいたい。そして自身のチャレンジ範囲の地域や領域、分野を深く広く広げていきたい。
2040年(50歳)
しなやかにチャレンジする社会の概念がアジアで広がっており、自身が第一人者になっている。
自分自身が作った事業を後世に渡している状態で、次のチャレンジへ踏み出し始めている。
2030年(40歳)
日本において、しなやかにチャレンジする社会の概念づくりが広がっており、第一人者になっている状態。
アジアでの探索を始めている状態。
2025年(35歳)
Reapraでの実践を通じての変革を通して、「しなやかにチャレンジする社会へ」の成功ケースを3社(人)創っている状態。
上記状態からのアウトプットである概念のドラフトができており、発信を通してファンや賛同してくれる人が1000人いる状態。
短期の目標
柳沢さんの2022年6月から12月までの6ヶ月間における短期目標は次のようになっています。
領域
Reapraにおいて、社会と共創する熟達において世代をまたぐ社会課題を解決するリーダーシップジャーニーを歩む人の学習を支援すること
目標
自身の担当している投資先およびReapra社員の学習ステータスを1段階すすめる。(学習ステータスについては、FLPの章にて説明します)
支援を通じた概念づくりとして、(1)IFD及びFLPの一般化文章(2)ステータスマップのアップデートバージョンを作成する。
強み
自身が所属するコミュニティーの中において、複数の他者と協力しながら物事を前にすすめることができる。
強みの変容目標
12月には、自分と同様に他者と協力しながら物事を進めることができる人が増えており、加えて自分のナレッジが一般化されている。
弱み
自分は勉強ができないがゆえに、基本的にみんなができることはできないバカであると思い込んでしまう。その結果、仕組み化や一般化が基本嫌いでバカだからできないと思ってしまう。
自分にとって高すぎる目標を自分ひとりでこなさないといけないときに、適切な足場がかからないと思考停止してしまう。
弱みの変容目標
自身のダッシュボード(DB)を通して試行錯誤をすることで、ストレッチターゲットに到達する過程における自身の変容と目標の達成状況が可視化されている状態。
自身がオーナーシップを持ちながら、仕組み化や一般化が実現されている状態。
4. 初期学習実践(以下、FLP)とは
初期学習実践(First Leaning Practice、以下FLP)とは、伴走者の支援を伴いながら、実践者が「過去の自分の学習様式を内省し、なりたい姿に照らした意思決定を行い、学習(=できないことを出来るようにする)する活動」を指します。
本章では、FLPの概要について、FLP初学者を対象に説明します。まず、Day1を迎える(FLPを開始する)条件、及びFLPを通じたゴールについて述べます。次に、FLPの具体的な方法論について、ベース・作り込み・探索・評価というステータスマップの4つの観点から解説します。最後に、Reapraで学習伴走者(Learning Companion。以下、LCとする。)を務める柳沢美峻さんの事例を示します。
4.1 Day1を迎えるための条件
本節では、Day1を迎える(FLPを開始する)に当たって、学習者が達成しておくべき条件について説明します。
Day1を迎えるときの条件は、「IFDの終了」です。以下では、「終了」が指す内容について、3つの観点から述べます。
まず、IFDの各ステップが完了し、学習者のらしさ、ライフミッション、マスタリーテーマなどが言語化できていることです。FLPを開始する前提として、IFDにおいて、学習命と学習コンディションを揃える必要があります。ここにおいて学習命題とは、社会と共創する熟達を通じて世代をまたぐ社会課題を解決する産業または概念を創るリーダーシップ・プログラムを目指しているということです。また、学習コンディションとは、初学者から始めること、人によっては自我喪失をする必要がある、ということです。なお、IFDに関しては、前章をご参照下さい。
次に、エントリービジネスの設定です。(Reapraインターナルではエントリーポイントになります。)FLPにおいては、エントリービジネスとして、陳腐なビジネスを選定します。陳腐なビジネスとは、以下の選定要件を満たすビジネスを指します。なお、選定に関する詳細や、陳腐なビジネスを選ぶ目的などについては、Reapra Book Ver.2 第2部の「構成要素」の節をご覧ください。
PBF(長期で見ると有望と思える領域)と関わっていること
マーケットが存在していること
競合が強くないこと
やり込めば絶対高い収益を出せるはずと信じられること
最後に、強み・弱みを入れた目標設定です。自身の強みとは、自身が相対的に報酬を得てきた学習方法です。反対に弱みとは、自身がこれまで得意としてきた学習方法と両極端のところにあり、一番恐れがある/スルーしている/パニックになるところです。FLPにおいては、IFDで得た自己理解をもとに、両者をそれぞれ織り込んだ目標を設定します。今までと同じ学習方法によって目標が達成されても、世代を跨ぐ社会課題を解決するリーダー、というなりたい姿への変容は起こせません。なぜなら、過去の自分の学習の癖を含みながらも、自身の行動変容を含む形で学習しなければ、IFDで設定したなりたい姿へのギャップを埋めることには繋がらないからです。そのため、目標設定の過程で、自身の今までの環境と自我の相互作用を再度分析し、見過ごしていた要素を特定します。そして、初学者としてあらゆるものから学ぶことができる状況をセットします。
4.2 FLPを通して目指すゴール
次に、FLPを通して目指すゴールについて説明します。前項の「強み・弱みを入れた目標設定」で示唆されるように、FLPでは、ビジネス上の目標の達成だけでなく、学習者や学習者がリーダーとなる組織の学習様式の変容も目指します。そのため、FLPのゴールは、「獲得したいケイパビリティ」を含んでいます。具体的には、以下の4つです。
自己変容
高いキャッシュフローとそれを創造するカルチャーの醸成
マーケットインサイトの獲得
組織学習のカルチャーの形成
1つ目は、自己変容です。長期で世代をまたぐ社会課題の解決を目指すリーダーになるための初期段階として、オペレーションの弱さや学習の癖に向き合う内省的な姿勢を通じて、自分自身(及び組織)の学習の仕方をアップデートすることを目指します。
2つ目は、高いキャッシュフローとそれを創造するカルチャーの醸成です。陳腐なビジネスにおいては、すでに顕在化しているプロダクトを入り口に圧倒的な収益を生み出すことを目指します。
3つ目は、マーケットインサイトの獲得です。前述の通り、Reapraでは、PBFへのアプローチを目指します。PBFは、定義の通りまだ顕在化していないため、事前のリサーチに時間をかけることにあまり意味はありません。そのため、陳腐なビジネスを実際に回し、キャッシュフローを得ながら相対優位を築く過程で、マーケットへの解像度を高めることを目指します。
4つ目は、組織学習のカルチャーの形成です。学習者だけでなく、学習者を含む組織のメンバーが、ありたい姿に照らして意志決定し行動するカルチャーの醸成を目指します。そして、世代を跨ぐ社会課題にアプローチする、世代を跨ぐことが可能な組織を作り上げることを目指します。
学習者は、各々の目標に向かって学習する過程で、または学習を修了した結果、上記の4点を達成します。
4.3 FLPにおける学習の進め方
次に、目標設定後の学習の進め方について説明します。
説明にあたって、前提として押さえていただきたいのは、環境と自我は相互に作用しあう、という点です。社会と共創する熟達における学習では、環境を注意深く選定したうえで、今までの自身の自我を、時に活用し、時に変容させていきます。
FLPに取り組む半年から1年という時間は、長期で世代をまたぐ社会課題の解決を目指す「リーダーシップジャーニー」の、最も初期の段階です。FLPというインテンシブな学習を通して、学習者は自身の学習の変容そのものに向き合うことになります。この経験を通して、FLPの修了後まで活きる、自身の学習の変容に対するレディネスやポジティブな姿勢を獲得していきます。
この前提を確認したうえで、FLPにおける学習の進め方を、基本姿勢・作り込み・探索・学習ステータスの確認、の4つのカテゴリーからそれぞれ説明します。
基本姿勢
FLPを歩むうえでの基本姿勢には、以下の3つの観点が含まれると考えています。
1つ目は、「心身の健康を保ちながら、社会と共創する熟達の実践(自己変容を含む)に対して、学習がどんどん前向きになっている」です。FLPにおいては、睡眠、食事、運動など、一般的かつ当たり前な健康を保つことが重要です。健康を維持向上させつつ、FLPの学習コンディションも同時に向上できているか、両者のバランスが取れているか、を毎日測定します。逆に、学習者が、そもそもの健康維持がままならなかったり、身心のコンディション悪化を理由に学習が進まなかったりする場合、ケアが必要になります。
2つ目は、「日々の時間の使い方を能動的に設計し、振り返り修正することができている」です。FLPを進める中で、なりたい姿に向かってどのように時間を使っているか、を見ていきます。自身の時間の使い方を能動的に設計したうえで、その時間で何を生み出しており、どのように時間の使い方を変えていけたのかを、測定し、さらに効果的な時間の使い方の設計へと繋げていきます。逆に、学習者が、忙しさや時間不足を言い訳にしたり、過剰に時間をかけてしまったりする場合、受動的に時間を使っているサインとして、ケアが必要です。
なお、FLPでの時間の使い方の目安として、1週間の時間の総計のうち、7割をFLPでの学習に割くことを推奨しています。
3つ目は、「情動や感情の変化を認知し、メタマルチした上で施策に変えることが出来ている」です。FLPにおいて、すべての学習の起点は情動の機微を捉えることから始まります。自身の情動の機微に気づき、立ち止まり、DBに書き出します。そして、感情を味わい構造理解をしながら、自身の向き合っている目標(多段階の時間軸)に照らして施策に変えていきます。
作り込み
※FLPと探索と作り込みの関係性については、Reapra Book 2021 第2部 1-3-2 「FLPと探索と作り込みについて」をご覧ください。
FLPにおける作り込みは、以下の3つの観点から整理できると考えています。
1つ目は、「目標と現状の差分が可視化されている」ことです。目標は何で、今どういった現状にあって、両者のギャップはどのくらいあるのか、をDB上で可視化します。
2つ目は、「目標を毎日参照し、目標に近づくための施策を多面的・多角的に想起している」ことです。DBでギャップを可視化した後には、それを埋めるための施策を想起します。
3つ目は、「想起した施策を最小工数に切り出し、実践できており、振り返りを通して効果測定ができている」ことです。上記2つを実施してアイデアを沢山想起できても、アクションに移せなければ意味はありません。学習を前に進めるため、施策をさらに小さく切り出し、都度ABテストを行って効果を検証していきます。
探索
FLPにおける探索には、以下の3つの観点があります。
1つ目は、「MVや目標設定を建設的に疑っている」ことです。作り込みに集中すれば、木を見て森を見ず、の状態に陥る可能性があります。これを避けるためには、作り込みを行いつつ、同時に一段メタの視点を採り入れ、今立てている目標がそもそも妥当なのか、を疑うことが必要です。FLPは、不透明な学習であり、進める中で新たに見えてくることもあります。この気づきを活かして、当初よりも建設的に目標をよりストレッチにしたり、加えたり減らしたりすることで、特定の目標だけに固執しないように心掛けます。
2つ目は、「探索の目的を定義し、探索活動に取り組んでいる」ことです。学習の起点となる新たな気づきを採り入れるためには、FLPを実践している7割の時間以外の時間に、FLPの対象以外の探索をすることも必要です。例えば、自身のマスタリーやPBFに照らして、現在の重心とは異なる探索をすることが、現在の自身の学習へのポジティブなフィードバックを生むかもしれません。
3つ目は、「探索と作り込みが繋がっている」ことです。ここまで、探索に関わるアクションやその重要性について述べてきたものの、PBFやマスタリーは、あくまでミクロで作り込むことでしか広がりません。PBFやマスタリーは、現在の社会では実現していません。そのため、ミクロの実践に向き合うことで、PBFやマスタリーを構成するものを、現在の社会から理解していく必要があります。だからこそ、探索の結果をミクロで作り込むことと切り離さず、探索の結果を現在の目標に還元することが大切です。
学習ステータスの確認
ここまで、ベース・作り込み・探索、の3つの観点から、FLPの学習のステータスを見ていきました。これらを、いくつかの軸のもと、ステータスマップへと落としていきます。ステータスマップはいわば、学習者と伴走者の共通言語です。学習者の実践の重心は今後どこに向かっていくのか、現在はどこにいて、そのギャップは何かを、ステータスマップという共通言語を用い、可視化します。
5. Reapra 学習伴走者 柳沢美峻さんのケース
以下では、FLPの実践について、Reapraの学習伴走者、柳沢美峻さんのケースを通して理解を深めていきます。
5.1 開始時点での状態
ここでは、柳沢さんのFLP開始時の状態について、エントリービジネス、及び強み・弱みを入れた目標をそれぞれどう設定したのか、説明していきます。
まず、エントリービジネスについてです。柳沢さんは、陳腐なビジネスの定義に照らして、結果が可視化され、かつ新規性がない対象を、Reapra社内で探しました。その結果、自身がすでに取り組んでいる学習伴走支援が陳腐なビジネスとなり得るのではと仮説を立て、学習伴走支援をエントリービジネスとして設定しました。
次に、強み・弱みを入れた目標についてです。柳沢さんは、学習伴走支援というエントリービジネス、及びその具体的な活動である投資先企業やReapra社員・インターン生の支援に照らし、社会と共創する熟達を歩む学習者のステータスを1段階分動かすこと、をKGIとして学習しています。
なお、柳沢さんの強み・弱みを入れた目標に関しては、こちらのドキュメントも併せてご覧下さい。
5.2 実践を進める中での試行錯誤
ここでは、柳沢さんが実際にFLPを進める中でどのように試行錯誤してきたのかについて説明します。
実践当初、柳沢さんは、ステータスマップを1段階分動かす、という目標を、どう起業家のPLのような形で数字として可視化すればよいか、難しさを感じました。そこで、その不透明さを受容したうえで、現段階で見える範囲の中で、学習支援のQCDを向上させるための作り込みを行うことにしました。
QCDのQ=Qualityについては、足元のMTGの質の向上に取り組みました。学習支援者は、1日10回以上のMTGを起業家や社員・インターン生と実施します。そこで柳沢さんはそのMTGを実践の場として定義し、そのクオリティを計測し始めました。
さらに、よりQualityを向上させるために、感情の機微のトラッキング、それを起点とした施策想起をDB上で行いました。加えて、学習のベースが整っているかを可視化するための学習コンディション、及び心身のコンディションをトラッキングするためのシートを作成しました。
QCDのC=Costについては、時間管理に取り組みました。現状の時間の使い方をトラックし、何にどれだけの時間を使っているのか、DB上で可視化しました。
柳沢さんは、作成したDBを基盤にQCDの可視化と作り込みを行う中で、トラッキングする指標を徐々に増やしていきました。例えば、MTGの質の向上においては、MTG自体の質だけでなく、MTG内での自身の心理的負荷や、MTGの事前準備の質の可視化にもトライしました。そして、様々な新しい指標を試し、伴走する対象者の学習が進めば指標を残し、そうでなければ削除するという形で、トラッキングする指標を洗練させていきました。また、自身のベースとなるコンディションに関しても、運動の指標を具体化したり、疲労感と自身の学習コンディションの関係を測定したりと、同様の試行錯誤を行いました。
さらに、伴走対象者の学習ステータスを一段階分動かす、という目標の達成への新たなアクションとして、伴走者との間の共通言語となるステータスマップを作成しました。ステータスマップは、月曜日になりたい姿を確認し、金曜日には事業での数値や学習の進捗について振り返る、という形で運用しています。これにより、伴走対象者の課題や今後の学習の重心について、スムーズに共通認識がとれるようになりました。
例えば、ある起業家は、思考や分析が得意だが、アクションすることが得意ではありません。その方の支援においては、起業家の事業DBとステータスマップの両方を見て、施策想起と実行のバランスをとりながら時間を使うように対話をしています。
柳沢さんは、上記のように、数か月間、自身のFLPの実践、および起業家や社員・インターン生のFLPの伴走を実施してきました。その結果、FLPにおいては、場数を踏み実践を蓄積し続けること、日々の情動の機微から施策を想起し実行していくことが重要であると気づきました。一方、FLPのベースであるコンディションが崩れてしまう場合は、IFDプロセスに戻り、再度学習命題と学習コンディションを揃えてからFLPに戻る必要がある、とも考えるようになりました。
また、伴走の対象者からも自身の伴走を評価してもらおうと、週次で支援している対象者からアンケートでフィードバックを受ける取り組みも開始しました。さらに、Reapra社内の他の学習伴走者とも伴走し合い、MessengerやSlackなどを活用してフィードバックを相互に受け合うなど、共同学習の幅を広げています。
5.3 現時点での課題
ここでは、柳沢さんが数か月間(2022年5月-9月)FLPに取り組む中で見えてきたこと、及び現時点での課題について述べます。
柳沢さんは、DBのトップページの可視化を自身の課題として捉えています。本来は起業家と同様に、時間軸を入れたなりたい姿と、現状のまま進んだ際の予測、そのギャップを埋めるための施策を可視化すべきと理解しつつ、それをDBのトップページに落とすための方法に苦戦しています。
また、自身の学習の癖のために不透明なものを触ることに抵抗があり、施策や時間管理という行為がなりたい姿に近づくためのものとなっているか、確信が持てていないことも課題の一つです。足元の活動が、1年後の目標、起業家で言えば営業利益に繋がっているかを、長い時間軸、トップダウンで、さらには多段階の時間軸で振り返りをすることは、まだできていません。
柳沢さんは、これらの課題に対する現時点でのアクションとして、DBのトップページをよりシンプルで運用がより簡単なものにし、毎日の取り組みを自身の目標にすべて繋げて捉えられるようにしました。この施策を始めてから、個々のMTGの質や自身のパフォーマンスに囚われず、対象者の学習を進めるためにより長い時間軸で考え、そのゴールに照らして個別のMTGで対話すべきことを判断し、ガイドできるようになってきています。ただし、この施策もまた試行錯誤の1つであるため、施策を継続して実行し、効果を検証していこうと考えています。
5.4 FLPを通じて感じた自身の変容
最後に、柳沢さんがFLPに取り組む中で感じた変容について述べます。柳沢さんは、DBの作り込みと破壊(改善)、またステータスマップの運用を進める中で、以前であればパニックに陥っていたような出来事に対しても、大きく動揺することなく建設的に学びに変えられるようになりました。その結果、自己変容の実感や目標への前進も徐々に感じ始めています。 一方で、作り込みと探索の改善の余地は多分にあるとも捉えています。多面的にフィードバックをもらい、さらに学習を進めていく必要があると、柳沢さんは捉えているのです。