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肩痛のナゼ?-理論編②-
『肩痛のナゼ?-理論編①-』の続きです。
当記事は1万字を有に超える内容になっています。
結論だけ見たいという方は『11.理論編②まとめ』をご覧ください。
それではスタートです。
6.肩の関節
肩または肩関節と一般的に認識されている部位の正式名は《肩甲上腕関節》と言います。
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そして前回の記事で、お話した"肩痛を招く細かな要素(原因)①~③"に関連する関節が《肩甲上腕関節》と《肩甲胸郭関節》です。
【肩痛を招く細かな要素(原因)】
①"何らかの組織の機能が低下"したことで、肩関節の可動性(動かせる範囲)が制限されて、スムーズに動かすことが出来ない。
②肩関節(肩甲上腕関節)を構成する回旋筋腱板のどれか(または全て)の機能が低下している。
ーーーーー
③肩甲胸郭関節を構成する筋肉のどれか(または全て)の機能が低下している。➡次回「肩痛のナゼ?-理論編③-」で解説します。
当記事では《肩甲上腕関節と"細かな要素①②"の関連》について解説していきます。
7.肩甲上腕関節
肩甲上腕関節は"肩甲骨の関節窩"と"上腕骨の骨頭"から構成されています。
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そして、肩甲上腕関節は他の関節よりも自由度の高い動きが可能です。
しかし、関節の自由度の高さと、関節の安定性は反比例します。
例えると肩甲上腕関節は、おちょこ(関節窩)と、テニスボール(上腕骨頭)の比率くらいでしか骨と骨が組み合わさっていません。
その不安定性が故に、自由度の高い動きを可能にしています。
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そしてその骨と骨の不安定性を、次に挙げる組織達で動きを円滑に、しっかりと補強することで、肩甲上腕関節は不安定性の中でも安定した滑らかな動きを可能にしているのです。
そしてこれらに問題が起きた時、肩甲上腕関節は正しく動かなくなり肩痛への道が開かれます。
ⅰ.肩甲上腕関節を構成する組織
肩甲上腕関節の動きを円滑に、そして補強する代表的な組織は以下の3つです。
肩峰下滑液包:肩峰下滑液包は、棘上筋の肩峰への衝突、摩擦から保護するクッション材のようなもので、肩甲上腕関節の滑らかな動きをサポートします。
関節包:関節包は肘や膝のサポーターのように肩甲上腕関節を包み込み、関節を安定させる役割を担っています。また、関節包の中には肩甲上腕関節を円滑に動かすためのオイル(関節液)で満たされています。
回旋筋腱板(棘上筋/棘下筋/小円筋/肩甲下筋):回旋筋腱板は4つの筋肉達で構成され、関節包と同様に、上腕骨頭(上腕骨)を関節窩(肩甲骨)に、しっかりと押し付けることで関節を安定させ、滑らかな動きをサポートします。
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これら3つの組織が主となり、肩甲上腕関節が滑らかに、そして安全に動くように相互にサポートし合っています。
もし、この《3つの組織の中に1つでも機能低下が生じれば、肩甲上腕関節は不安定になり、滑らかな動きは阻害》されます。
また、組織のどれかに機能低下が生じれば、それを補うように他の組織の負担が増します。そうなることで肩痛の負のサイクルが始まります。
では、この《3つの組織で起こり得る主な機能低下》とは何でしょうか。
8.肩峰下滑液包の機能低下
肩峰下滑液包で起こり得る主な機能低下は《癒着》です。
癒着とは、創傷治癒(皮膚や組織が傷ついた際に、細胞が自然に元に戻ろうとする働きです)の行程で、正しくない細胞同士が固着することで起きます。
その創傷の原因は、前回お話した"大きな要素"が関わってきます。
【肩痛を招く大きな要素(原因)】
①肩関節にとって適切ではないフォームでトレーニングを行っている。
②他の種目に比べてプレス動作の頻度が多い、強度が日々高い、ボリュームが日々多い。
肩峰下滑液包は、棘上筋の肩峰への衝突、摩擦から保護するクッション材のようなもので、肩峰と棘上筋の間にあるため、棘上筋の盾となり真っ先に痛めるのはコレです。
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また肩峰下滑液包は、腕を持ち挙げた時にショベルカーのキャタピラのように作用することで、肩甲上腕関節の滑らかな動きをサポートしています。
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間違ったフォームで繰り返し行うトレーニング
同じ運動方向(関節運動)ばかり行うトレーニング(例:ベンチプレスしかやらない/胸ばかり鍛える等)
習慣的に高強度、高頻度でトレーニング
こういったことを続け、肩を習慣的に酷使し続けると、肩峰下滑液包は慢性的な炎症(損傷)状態になり、[痛める(創傷)⇔治まる(治癒)]を繰り返すことになります。
この創傷治癒を繰り返すことで"癒着"のリスクが高まります。
癒着した状態では、肩甲上腕関節の動かせる範囲は制限され、動きの滑らかさも失い、肩峰と棘上筋の擦れ、衝突が起きやすくなります。
そういった中でトレーニングを変わらず続ければ、益々動きは悪くなり、最終的には周囲の組織が硬くなったり、回旋筋腱板(特に棘上筋)の損傷や断裂を招くことでしょう。
9.関節包の機能低下
次に関節包です。
関節包で起こり得る主な機能低下は《関節包のタイトネス》です。
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関節包は肘や膝のサポーターのように肩甲上腕関節を包み込む"袋"のような形状をしています。この袋は"1cm程度の伸縮性がある"といわれています。
この形状は特殊で、前方、後方、上方、下方で、袋の厚みや頑丈さ、伸張性に違いがあります。
そして、この袋の柔軟性が低下している状態をタイトネスと言います。
要は《硬くなって伸びづらくなった状態》のことです。
肩の酷使や、適切ではないフォームによる肩の怪我を繰り返す過程で、特に柔軟性が失われやすい部分が関節包の《後方》です。
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この後方関節包は前方、上方、下方と比べて薄く、伸張性に富んでいますが、頑丈さに欠けるのが特徴です。
では、なぜ後方関節包の柔軟性が低下することで肩の痛みを感じるのでしょうか。
ⅰ.凹凸の法則
後方関節包のタイトネスと肩痛の関連を解説する時、避けて通れないのが《凹凸の法則》の理解です。
最後に説明しますので、一先ず実験にお付き合いください。
【ステップ1】
左手で握りこぶしを作って、右手でその拳をしっかりと包みこんでください。
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【ステップ2】
包みこんだ右手は上図のように固定したまま、握りこぶし側の左手だけを下方向に可能な限り動かしてみてください。
その時、左の拳の先はどの方向に動いたか覚えておいてください。
そうしたらまた【ステップ1】の姿勢に戻ります。
【ステップ3】
今度は、握りこぶし側の左手を固定したまま、包みこんだ右手側を下方向に可能な限り動かしてみてください。
その時、右の指先はどの方向に動いたか覚えておいてください。
もう暫くお付き合い下さい。
一先ず、下図をご覧ください。
理解しなくて結構です。見るだけです。
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先程の実験を上図に例えると、握りこぶし側の左手が、凸側の上腕骨頭を表します。
左手を包みこんだ側の右手が、凹側の関節窩(肩甲骨)を表します。
上腕骨が下方向へ動いた時、上腕骨頭も同じ方向に転がりますが、滑り運動は反対方向に生じます。
実験を思い出してみて下さい。
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握りこぶし側の左手が、下方向へ行くと(転がり運動)、拳の先は転がり方向とは逆に上方向へ滑っていったはずです。(上図[左])。
反対に、肩甲骨が下方向へ動いた時は、関節窩も同じ方向に転がり、滑り運動も同じ方向に生じます。
これも実験を思い出して下さい。
包みこんだ側の右手が、下方向へ行くと(転がり運動)、指先も転がり方向と同じ方向へ滑っていったはずです(上図[右])。
そして、後方関節包のタイトネスが起きると肩甲上腕関節の滑らかな動きが阻害され、動かせる範囲に制限が出ることで、この《凹凸の法則が破綻》します。
では、なぜ後方関節包のタイトネスが凹凸の法則を破綻させるのか。
ベンチプレスを例に解説していきます。
ⅱ.肩の中で起きていること
通常はベンチプレスでバーベルを胸に下ろすと、下図[左]のように凸の法則に則って、腕を下方向に動かすと共に上腕骨頭は前方へ滑ります。
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ここからがポイントです。
上図[左]を例にすると、降ろした方向の後方関節包は緩みます。
そして、滑り側の前方関節包は伸張します。
逆に、バーベルを上方に押し返すと、滑り運動は上方向から下方向に変わり、今度は後方関節包が伸張され、前方関節包は緩みます。
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【左】腕を横に挙げると上方関節包は緩み、下方関節包は伸張される。
【右】腕を下げると上方関節包は伸張され、下方関節包は緩む。
腕を挙げる頻度が少ない方は下方関節包が常に緩んだ状態に置かれています。緩んだ状態が長期化すれば、いざ伸ばそうとしても縮んでいた期間が長かったため伸びづらくなり、腕を挙げる動作に制限が出やすくなります。
逆に、(過剰に)伸張される頻度が多いと、炎症症状が起き、それが長期的に続けば関節包の柔軟性は同様に低下して動作の制限となります。
話は戻ります。
では、後方関節包のタイトネスがある状態でベンチプレスを行うと、肩の中で、どういったことが起きるのでしょうか。
先述の通り、正常な動きであればバーベルをおろした時に後方関節包が緩み、上腕骨頭が関節窩の上を滑らかに移動し、前方関節包が滑り運動に対して支持(伸張)します。
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しかし、後方関節包に硬さが出て、柔軟性が低下している場合、上図[右]のように後方関節包が壁のような働きをしてしまい、骨頭を前に押し出してしまいます。
関節窩の上を上腕骨頭が滑らかに転がらず、前方に押し出されると、前方関節包は過剰に伸張されます。
これを繰り返せば当然、炎症が起きて肩痛が出現することでしょう。
また、凹凸の法則を破綻させる要因は後方関節包のタイトネスだけではありません。
壁となり上腕骨頭を前方に押し出してしまう要因は、ある筋肉達の柔軟性の低下も関わってきます。
そして《壁となり上腕骨頭を前方に押し出す力》だけではなく《上腕骨頭を前方へ引っ張り出してしまう力(要因)》も凹凸の法則の破綻に関わってきます。
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それは、筋力の不均衡(筋力のバランスが悪い)や、ある筋肉達の柔軟性が低下することで生じます。
10.回旋筋腱板の機能低下
鏡で見てわかる筋肉。
他人の目を引く筋肉はトレーニーにとって鍛え甲斐のある部位であり、こういった筋肉達をミラーマッスルとも呼びます。
そのミラーマッスルの代表は何と言っても大胸筋。
そして肩、腕を大きく太く見せる上腕三頭筋や三角筋(前部)などで、ベンチプレスやオーバヘッドプレスなど、殆どのプレス種目に関与します。
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次いで人気のある背中。
正面から見てもわかる背中の広さは広背筋や大円筋の大きさを表します。
これらの筋肉は、懸垂やラットプルダウンなどのプル種目全般に関与します。
ではこの《ミラーマッスル達を鍛えることと、回旋筋腱板の機能低下に何の関係がある》のでしょうか。
まずは回旋筋腱板の役割について深堀りしていきましょう。
ⅰ.回旋筋腱板の役割
回旋筋腱板は、一般的にインナーマッスルという言葉で認知されていると思いますが、言葉の通り深層(インナー)にある筋肉です。
その逆で、アウターマッスルは表層にあり、インナーマッスルと比較して大きな筋肉達(大胸筋・広背筋・三角筋など)で構成されています。
また《アウターマッスルは関節を動かす時の主な動力源(力点)の役割》を持ちます。
そして《回旋筋腱板(インナーマッスル)は、アウターマッスルが関節を動かそうとするときに骨と骨が離れないようにしっかりと繋ぎ止め(骨と骨同士を求心位に保持する)、その関節運動の支点を形成する役割》を持ちます。
例えば、腕を横に広げる時の力点は主に三角筋で、支点を形成するのは回旋筋腱板。その結果(作用点)として、腕が横に動いていくわけです。
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もし、回旋筋腱板の機能が低下したり、腱板断裂のように機能自体がなくなった場合はどうなるのか。
回旋筋腱板の1つで、断裂しやすい棘上筋を例に考えてみましょう。
腕を横に挙げた時、通常は回旋筋腱板が形成した支点を中心として、主に三角筋が力点となり関節が滑らかに動きます(下図[左])。
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もし、腕を横に挙げる時の支点形成の要である棘上筋が断裂すれば当然、力点は支点を失った状態で関節を動かそうとします(上図[右])。
そうなれば、骨と骨同士の求心性が失われたことで関節の滑らかな動きは阻害され、不安定な中で関節を動かすことになります。
実際には、この状態で関節を動かせば激しい肩の痛みが起きていることでしょう。
ミラーマッスルや、アウターマッスルの役割は主に関節運動の動力源(力点)となり、鍛えれば鍛えるほど目に見えて成果(発達)を感じやすいので鍛え甲斐があります。
一方で、回旋筋腱板などのインナーマッスルの殆どは、骨と骨同士を繋ぎ止め(求心位の保持)、関節運動の支点形成の重要な役割を持ちますが、小さいが故に鍛えた成果(発達)も感じにくいので軽視されがちです。
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回旋筋腱板はまさに肩関節の大黒柱である。
それでも、動力となる大きな筋肉達ばかりを鍛え、支点となる小さな筋肉達の強化を疎かにすれば、"能力に見合わない労力"を回旋筋腱板に与え続け、機能低下が加速します。
ここまでをご理解いただければ、ミラーマッスルやアウターマッスル達ばかりを鍛え、回旋筋腱板などのインナーマッスル達を軽視することが肩痛にどう関係するのか自ずと見えてくると思います。
ⅱ.骨頭の前方偏位(巻き肩)
肩関節周囲に付着する殆どのミラーマッスル、アウターマッスルに共通していえることは、上腕骨頭を前方に引き出す力を持つことで、その力を生み出す主な関節運動は《肩関節(肩甲上腕関節)の内旋》です。
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肩関節の内旋・外旋の動きの理解は少し難しいので、身体を使ってましょう。
①壁を背にして真っ直ぐ立ち、気をつけの姿勢をとってください。その時、手の平は太ももについていると思います。その状態が、肩関節の中間位です。
②その状態のまま、左手は時計回り、右手は反時計回りに腕を捻って、手の甲を太ももにつけてください。これが肩関節の内旋です。
③次に、左手は反時計回り、右手は時計回りに腕を可能な限り捻ってください。手の平が横方向に向いたと思います。これが肩関節の外旋です。
さて、話は戻ります。
先述した通り、肩関節周囲に付着する殆どのミラーマッスル、アウターマッスルに共通していえることが、上腕骨頭を前方に引き出す力に働くことで、その主な関節運動は肩関節の内旋とお話しました。
では、先程の実験"②左手は時計回り、右手は反時計回りに腕を捻って、手の甲を太ももにつけてください(肩関節の内旋)"をもう一度行ってみてください。ここから更に過剰に捻っていくと肩が前方へ突出しませんか?
これが上腕骨頭の前方偏位で、一般的に"巻き肩"として認知されていると思います。
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【大事なポイント】
☆肩関節の内旋に働く筋肉(上腕骨頭を前方に引き出す力)
➡主にアウターマッスルなどの大きな筋肉達(+回旋筋腱板:肩甲下筋)で構成されている。
☆肩関節の外旋に働く筋肉(上腕骨頭を後方に引き出す力)
➡主に回旋筋腱板などの小さいインナーマッスル達(回旋筋腱板:棘下筋/小円筋)で構成されている。
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「アウターマッスルを鍛えることが肩痛を起こす」と言うわけではありません。
《回旋筋腱板などのインナーマッスルがしっかりとした支点を形成してくれているおかげで、関節運動の動力源(力点)であるアウターマッスルが働くことができる》と言うことです。
それでも肩関節の内旋に働く筋肉達ばかりを鍛え、肩関節の外旋に働く筋肉達のトレーニングをおざなりにすれば筋力のバランスは崩れ、上腕骨頭の前方偏位を助長し、それが肩痛を招きます。
またそれだけではなく、座り仕事や、スマホを長時間見る、寝る時に決まった方向ばかりで寝るなど、肩関節を内旋位に保持した姿勢を習慣化していると、内旋に作用する筋肉は常に縮んだ(緩んだ)肢位におかれるため、柔軟性は低下します(伸びなくなる)。
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逆にこの姿勢では、外旋に作用する筋肉達は伸ばされた肢位におかれるため、長期的に続けば収縮する力を失い(筋力低下)、上腕骨頭の前方偏位を助長します。
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この筋肉達の筋力の不均衡(バランスが悪い)、柔軟性の低下、それに加えて先述した肩峰下滑液包の癒着や、後方関節包のタイトネスが重なることで、肩甲上腕関節の本来あるべき滑らかな運動を阻害(凹凸の法則が破綻)し、肩痛を効率的に起こす負のサイクルが完成するわけです。
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11.理論編②まとめ
かなり長い内容でしたので、最後の項目に入る前に、前回の記事と当記事の内容を一旦、まとめます。
悪いフォーム、やりすぎ使いすぎなどの偏ったトレーニング、日常的によくとる姿勢を長期的に続けていく。
⇩
肩峰下滑液包や関節包、特定の筋肉、靭帯などへのストレスが上がり、機能低下が生じ始める。
⇩
それによって本来起こるべき、安定した滑らかな肩の運動を阻害し始める。
⇩
その状態でトレーニングを続け、日常生活動作を行うことで肩の機能低下は加速する。
⇩ 【負のサイクルが始まる】
その状態で、悪いフォーム、やりすぎ使いすぎなどの偏ったトレーニング、日常的によくとる姿勢を長期的に続けていくことで、もともと機能低下が生じていた肩峰下滑液包や関節包、特定の筋肉、靭帯などへのストレスが更に増加して、これらに致命的なダメージを負う。
⇩
安静にしていれば基本的には痛みは治まるが、組織の機能が戻ったわけではない。根本が改善されなければ"正しく動かそうとしても"あらゆる組織の機能低下が動作を制限して、最適ではない動きを強制し、最適ではない動きに矯正される。そして、いずれ非可逆的な状態(元に戻すことが不可能な状態)になる。当然、この時には外科的処置(手術)が必要となる。
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