元恋人と、友達に
あれは、いつだったか。
たしか、付き合ってから3回目に会ったあとの帰り道だった。
「付き合ってた人と別れたら、友達に戻れる?」
その話題を持ちかけたのは私だった。
恋人の過去の恋が、少しだけ気になって。
いろいろ聞いたあとの、質問だった。
「そうだなぁ。友達に戻れたら、理想だけどね」
どうだろう、やっぱり難しいんじゃないかな、と続ける彼の横顔をちらりと見る。
彼は私の前に別れた彼女とは、その後一切連絡を取っていないと言った。
私と付き合うまで、数年恋人はいなかったらしい。
彼も、元彼女を思い出すことが、あるんだろうか。
お互い初めての恋人じゃない。
そのことに、私は何故か安心感を覚えていた。
付き合いの中の後悔も、別れの辛さも知っているから、今度はもっと、相手のことを大切にし合えるんじゃないかなと。
けれど、どこか怖くもあった。
好きな人の好きだった人の話を平気で聞ける自分のことが。
彼の元カノの存在を知っても、嫉妬の気持ちがそれほどない自分の冷静さが、少し恐ろしかった。
「羽忘はどう?」
「私は、無理かな。友達にはなれない」
元彼のLINEは削除したし、もちろんその後も関わりはない。
そっか、と彼は頷いた。
ねぇ覚えてる?
私は、あの時そう言ったんだよ。
だけど別れたあとしばらくして、よりを戻したいと連絡をしてきたあなたに、私は答えた。
『友達になら、なれるんじゃないかな』
また付き合うことはできないけれど、友達になら。
サイテーだ。
二人でいて楽しかったし、人としては好きだった。
ただ、恋愛としての好きではなかった、みたい。
友達として関わることは、できるんじゃないかな。
あのときあなたが、そう望んだから。
結局私達は、友達にはならなかった。
元気でねとLINEを送ったあの日から、一切連絡を取っていない。顔も合わせていない。
マチアプで付き合い、元々友達でも知り合いでも何でもない二人だった。
だから、『友達に戻る』という選択肢が最初から存在しない。
戻るというなら、『他人』に戻ることしかできない。
新しく、『友達』という関係性を作ることもできたけれど、そうしなかった。
きっとお互いにとってそこまでの相手じゃなかったんだ。悲しいけど。
そして今は、思っていたとおり案外平気にひとりの毎日を過ごしている。
私はもっと、自分の気持ちを大事にしたほうが良かったし、相手の想いに対して真摯であるべきだった。
はっきりと好きだと思っていないうちに返事をしなければ。
もう少し待ってほしいと伝えられていれば。
付き合わなければ、よかったのかもしれない。
だけど、幸せだったことは事実だ。
別の場所で、別のタイミングで出会っていれば、いい友達になれたのかもな。
初めての彼氏と別れたとき、胸が張り裂けそうな苦しさだった。
それくらい好きだったからだ。
けれど今回の彼との別れは、苦しいよりも、寂しい気持ちの方が大きかったように思う。
一緒にいて心地よい人との縁を、1つ切ってしまった。
友達にもなれないし。
おそらく今後一切、彼と関わることはない。
ちょっとだけ、寂しい。
だからこそ、彼にはもう会わない。
別々に、知らないところで、幸せになれたらいいと思う。
それが私なりの、彼への贖罪と、感謝の気持ちだ。
元恋人と、友達に
なれない。
なれるはずが、ない。
もう、ならない。
ごめんね さよなら