見出し画像

柴太郎の お散歩 海辺の一家1


初めに。

昨年秋より連載の短編「南海トラフの足音」は終了していますが
その元となった「海辺の一家」を、新たに掲載したいと思います。
こちらは、あくまでも のどかな日々の暮らしをつづったものです。

最近、自分の投稿を振り返って
何かの引用でも 紹介でも 感想でもなく 写真でも 音楽でもなく
全てを 一から自分の言葉で創り上げた記事があるのか?
と考えて、本当に少ないことに愕然としました。

このシリーズは あるボランティア団体の季刊誌の記事募集に応じて
数年に渡って書き続けてきたものです。

拙いながらも、完全に自作であるというその一点で
こちらに投稿したいと考えました。

季節は、いったん秋にさかのぼりますが
気楽にお付き合いいただければ、うれしいです。


柴太郎の お散歩


「ワゥーン…」
勝手口の外から、遠慮がちな鳴き声がした。

清ばあちゃんは、炊いていた里芋の味を見ながら時計に目をやる。
(あれ もうこんな時間かい)

あわてて散歩の支度をしてなべの火を止め、ドアを開けると
柴太郎がじゃらじゃらと鎖を引きずってすり寄って来た。

「遅なって ごめんやで〜」
赤い首輪に付け替えて、みかん畑に向かうゆるやかな坂道を登る。

数年前、知り合いの漁師のおっちゃんが
「船着場で鳴いとったで、飼うたってくれんかの〜」と連れて来たのが柴太郎。

おばちゃん ぼく 一人ぼっちなの
おうちの子にして ❣️


薄茶の毛なのに、鼻のまわりだけがくつずみを塗ったように黒くて
ばあちゃんは笑ってしまった。

「まあ 面白い顔やね」
「これは柴犬の雑種やろな」

若い頃は元気すぎて引きずられたが
今では、二人の散歩は なかなか息が合っている。

みかんが金色に実る畑の小道から
夕やみが迫る海を見下ろし、ばあちゃんは柴太郎に話しかける。

「お嫁に来た頃は 漁火がいっぱい並んで きれいなもんやった」

「クゥーン…」

清ばあちゃんは、しみじみと昔を想い出していたが

「さ 帰ってお前の好きなお芋さん食べよな
 タロも まだまだがんばらなあかんで」

「うぉん!」

すっかり暗くなって帰り着いた我が家には、芋の煮えたいい匂いがただよっていた。


#海辺 #ボランティア #柴犬 #季刊誌 #記事募集 #里芋 #散歩

#漁師 #漁火

いいなと思ったら応援しよう!