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浜や食堂にて 海辺の一家5


「浜や」は 海岸沿いの国道わきにある小さな食堂だ。

清ばあちゃんの一人息子 健治君のお嫁さん、さちこさんが切り盛りしている。
なっちゃんや大吾くんのお母さんだ。

食堂は、二階建ての住まいの横に並んで建っている。
お客さんがひけた頃、駐車場に清ばあちゃんの車が止まった。
何やら小さなカゴを手に下げている。

「こんにちは〜」
のれんをくぐって、ドアを開けると
「あら、おかあさん」
テーブルを拭いていたさちこさんが、顔を上げた。

「蕗のとうが、いっぱい採れたよ〜」
小さなカゴを、テーブルに置く。

「あれ〜 立派な蕗のとうやね。それに こっちはセリ!」
手にとって、さちこさんはうれしそうだ。

「あしたは、春の天ぷらができるわぁ」


この「浜や」は、さちこさんと手伝いのおばちゃんの二人なので
メニューは多くない。

定番の浜や定食と 丼物の他は、食材しだいでメニューが変わる。

新鮮な食材が手に入ると

「山菜おこわ」
「松茸ごはん」
「さんまずし」などの のぼりを立てるのだ。

季節のお弁当は、観光客にも人気があって時々車が止まる。
あたりには松林が広がり、その向こうは海だ。
自販機でお茶を買って、海辺に降りて行くカップルや親子連れもいる。



熱いお茶をいれながら、さちこさんが言う。

「そうそう、今朝 市場にいい鯵があったのよ。
 塩してあるから、後で持っていって」

「ああ それから、うちのひとが 近いうちに行くって」

さちこさんの口は、手と同じくらいよく動く。
ばあちゃんは、にこにこしながら聞いている。

昔の「浜や」では
さっちゃんは、ミニスカートの似合うかわいい看板娘だった。

大工仕事の修行中だった清ばあちゃんの息子は、「浜や」の常連だったらしい。

やがて、ばあちゃんの息子は、腕のいい大工になり
看板娘は、面倒見のいいおかみさんになったというわけだ。


その時、表で自転車のブレーキの音がして入り口のドアが開いた。

冬でも日焼けの残る、まだ小学生の大吾くんだ。
「ただいま〜」
「あれ、だいちゃん。今日もサッカーかい?」
「うん もうじき試合があるんだ」


奥で洗い物を終えたなっちゃんもやって来て、お茶に加わる。
彼女は、在宅でIT関連のリモートワークをしていて
手が空くと、お店の手伝いもしてくれるのだ。

「ねぇ、そろそろ河津桜が咲き始めてるよ。皆でお花見に行かない?」 
と なっちゃん。
「ああ、もうそんな季節やね。あの桜は本当に早いね」
「それじゃ、今度の祝日でどう? お店休みだし」
さちこ母さんも、乗り気になる。

「大ちゃんも行こうよ」
「玉やのお団子、おごってくれる?」
大吾くんは、チラリとなっちゃんを見上げて交渉に入る。

「ああ、なんぼでも ばぁちゃんがおごったるよ〜」


賑やかな笑い声がはじけて、お花見の相談がまとまった。



河津桜 2月上旬から開花し始め 3月には満開になる早咲きの桜
    花は濃いピンク色。




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