🍎偏差値45の教員。先生になる

青井先生が日直で校舎内の窓の鍵を閉めに行くというので着いて行くことにした。
「青井先生、今日も帰るの遅いですね。」
「今から不登校の保護者がくるの。20時になるって。」
「辛いですね。お疲れ様です。」
青井先生がいやいや、と言いながら4階に向かった。真っ暗の校舎にも慣れて、生徒がいない教室の静けさが心地よく感じられるようになってきた。

「不登校の生徒は、先生の対応次第で登校できるようになりますか。」と聞いてみた。
「不登校？何でいきなり？」と聞かれたので、松田の家に行ったことを話した。
「１回でも不登校になると、普通に登校させるのは先生の力では無理だと思う。100パーセント無理とは言わないけれど、それぐらい厳しいよ。」
「そうですか。」
「だからね、不登校になると厳しいから、担任は休み始めた２日目３日目で手を打つと思う。保護者に連絡して、本当に体調不良なのか、聞くよね。」
「知らなかったです。」
「うん。でも、保護者は不登校になるとは思わないから、温度差が教員とあるわけ。こっちは生徒が３日休んだら1番必死な時期なのに。」　
真っ暗の教室のロッカーを見ると、空のロッカーがポツポツあるのが目立つ。不登校の数は年々増えており、採用試験でも聞かれることが多くなった。
「体調不良で休んでいたのに、神崎先生に追求されたときに、逃げきれなくて松田は先生のせいにすればいいと思ったかもね。それでいて、まだ保護者も困ってないから、きちんと聞かないで鵜呑みにしたのかな。」
「松田は、学校に行けない理由が他にありますか。」
「わからないけど、理由は他にあるときが多いよ。来年、松田は担任が変わっても不登校の可能性が高いね。」
「先生って、思ったより冷たいですね。」
「そうかな。先生は先生という職務の中でしか動けないから、どちらかと言ったら保護者が子供と向き合わなくて冷たいでしょ。」
「そうですか。」
「だって、不登校になる前。最初に見逃したのは保護者でしょ。でも、保護者が必死になるのは不登校に完璧になって手の施しようがないときなの。でも、もうその時には遅いと知っている教員は生徒に無理させないよ。」
私は、黙って女子トイレの鍵を閉めた。3階に降りていく。暗い階段は、足元がわからず転びそうになる。足音だけが辺りに反響し、非常口のランプだけが煌々と光っている。
青井先生が、
「松田の学力はどれぐらいなのか知ってるの。」
と聞いてきた。
「たしか、後ろから20番目とかでした。」
「そうしたら、学力も厳しいから授業についていけない可能性もあるよね。」
「そうですね。」
「仲が良い子はいるの。」
「ゲーム仲間ならいるみたいです。」
「クラスに友達がいない可能性もあるでしょ。でも、頭が悪いから学校に行かない、とか、友達いないから行きたくない、とか言えてたら根が深い不登校にならないよね。」
「自分の困りごとが言えるから、解決も早そうですよね。」
「自分のダメさを認められないのか、自分でも原因がわからないのか、わからないけどさ。担任のせいにしたら、どうしようもないよ。」
と言って、青井先生は自分の教室の窓を確認した。黒板の下のチョークの粉を箒で払い、生徒の机の上に置きっぱなしのプリントを机の中にいれた。

「でも、確かに、冷たいよね。自分で言っていても思う。悲しいことに不登校が増えるたびに、同時に自分の教員としての力量不足も認めないといけないから。嫌だけど、冷たい考えをして家庭と学校を切り離して自我を保っているのよ。」

と言いながら、生徒の掲示物を確認する。4月の自己紹介プリントの目標の欄には、昨年度よりもレベルアップを目指す内容が書かれている。生き生きと書かれた文字から、生徒の笑い声が聞こえてきそうだった。プリントが提出できず、空のままのフォルダの生徒は家で何を考えているのだろうか。

真っ暗の廊下を歩く青井先生の後ろ姿が、いつもより小さく感じられた。