こだわる人ほどこだわらないという話。
関空からの直行便に乗って釧路空港にやってきた僕を、地元メディア「クスろ」のメンバーが、まっすぐ連れて行ってくれたのは「東家」というお蕎麦屋さんだった。
東家といえば、盛岡のわんこそば屋を思い出すけれど、ここ釧路にもたくさんの東家がある。試しに「釧路」「東家」で検索してみてほしい。20軒くらい出てくるはずだ。
盛岡の「東家」は創業明治40年。一方、釧路「東家総本店」HPにある記述をみるに、北海道の「東家」創業は明治37年。
ちなみに創業の地は函館で、ゆえに釧路だけでなく北海道にはたくさんの「東家」がある。きっと総本店を源流に数々の暖簾分けがあったのだろうなあ〜 と一瞬思ったけれど、いやいやそんなわけないか、と僕はまるで悪い冗談のごとくその想像をかき消した。
それはなぜか?
冒頭に戻る。
釧路空港からまっすぐ連れてきたもらったのは「ぬさまい東家」というお店。ぬさまいというのは釧路市の地名だ。幣場(神を祀るためのイナウという木幣を立てて祭祀を行う場所)があるところ=「ヌサ・オ・マイ」というアイヌ語が由来だそうだ。
いかにも町のお蕎麦やさんといった風情ののれんをくぐる。
釧路の蕎麦の特徴はわかりやすい。色が緑。見た目は、布海苔をつなぎに使った新潟のへぎそばに近いけれど、釧路の蕎麦の緑はクロレラを混ぜ込んでいるからだそう。なんか不思議。
さて、メニューを見て気になったのが「かしわ種込み」なるお蕎麦。その下にある「親子種込み」と書かれた蕎麦には写真が添えられていて、その蕎麦には大きな海老天が乗っている。ますます謎だ。そもそもこの「種込み」の意味について、クスろメンバーに聞いてみたけれど「う〜ん、種込みって結局なんなんだろうね〜」と超絶テキトーな回答。これは店の人に聞くしかないと注文をとりにきてくれた女性店員さんに声をかけてみる。
藤本「すみません、この種込みってなんですか?」
店員さん「え〜と、鶏肉とかいろいろ入った蕎麦ですね」
藤本「かしわ種込みと親子種込みってありますけど、その差は?」
店員さん「海老天ですね」
藤本「鶏肉(かしわ)と海老が親子?」
店員さん「・・・」
なんだかよくわからなかった。
仕方なく手元のiPhoneで調べてみると「種込み」の種とは、具材のこと。つまり、おでんの種の種だ。すなわち具材がたくさん入った蕎麦のことで、北海道独特の言い方のよう。大抵はかしわ(鶏肉)と玉子と海老天が入っているらしい。けれどここ「ぬさまい東家」は海老天入りを親子って言っちゃったもんだからよそ者の僕はパニクった。つまりは、海老天ではなく、玉子とじ部分とかしわ肉との親子関係を言いたかったのだろうけど、どうもわかりにくい。しかしそんなことは大して重要なことじゃない。
ってことが、この後どんどんわかってくる。
とにかく僕は「かしわ種込み」を。クスろの2人は「無量寿」という名のまたあらたな謎メニューを頼んだ。
しばらくしてやってきた「かしわ種込み」」。具材は、出汁がよく取れそうなしっかりした歯ごたえの親鶏とネギ……のみ。種込み、つってるのに具材2つだけかよ、と思う気持ちを、これは旅人の勝手だと胸にしまい込む。
続いてやってきた「無量寿」は、最初、茶漬けでも来たのかと思うビジュアル。
しかし中身はお茶漬けとは真逆の代物だった。たっぷりのネギと大胆にちぎられた海苔。そして生卵の黄身。その下には、たっぷりの胡麻油でからめれた蕎麦が鎮座していた。言うならば、和風な油そば。
これが、どちらもなかなかの美味さ。そこは間違いなかった。思わず「美味い」を連発したり、旅人気分いっぱいに写真を撮ったりしていると、お店の大将が声をかけてくれた。
「みなさんいいカメラもってらっしゃるけど、写真お好きだったらこういう人知ってる?」
そう言う大将の手には「別冊太陽」の土門拳特集があった。
山形県酒田市にある土門拳記念館にも行ったことがある僕は、まんまと食いついて、大将の話にひたすら耳を傾ける。ここの大将はなかなかの旅人で、これまでさまざまな土地を旅してきたらしい。たしかにそう思って店内を見渡せば、よくわからない仏像や民芸品がたくさん飾ってある。そしてそれらのなかに、明らかに土門拳の作品らしい仏像の写真も飾られていた。さらに今度は、立派な木箱に入った土門拳の巨大な作品集を出してきてくれるから、いよいよこの人はマジの土門拳ファンに違いないと思う。
ということは、ひょっとして店に飾られてるこの写真って土門拳のオリジナルプリント……?
なんて思っていると、大将が作品集のページをめくりながらこう言い放った。
大将「あ、ここ、このページ切り取って額に入れたの、好きなんだよ〜 いいでしょ?」
藤本「え? あ……はい。てかこの立派な作品集切り抜いちゃったんすか?」
大将「いや立派って言っても、古本だから。こんな箱にしまっておくより、こうやって飾る方がいいでしょ」
なんか色々反省した。
オリジナルプリントの価値とか、値段がどうとかって価値じゃなく、大将はもっと本質的な価値をわかっている。大将にとっての土門拳の素晴らしさは実に明確なのだ。だからこそ、それ以外のことに対しておおらかになれる。つまりは「種込み」だ、「親子種込み」だ、「蕎麦の緑はクロレラの粉」だ、とかもう、そんなことはどうでもいいのだ。釧路の他の東家もだいたいみんなそうだから自然とそうしてるだけで、うん、それでいいじゃないか。
僕は、大将の姿と、これまで日本中を旅するなかで出会ってきた、カッコいい大人たちを重ね合わせていた。たしかに彼らはみんなこうだった。
真に大切なことにこだわる人ほど些事にはこだわらない。
僕は「テキトー」という言葉が好きだ。
「テキトー」は「適当」だから。
僕は「いい加減」という言葉が好きだ。
「いい加減」は「良い加減」だから。
だから思ったのだ。
「東家」からの丁寧な分家システムから北海道に「東家」がこんなに沢山あるわけじゃなくて、なんとなく蕎麦屋といえば「東家」だっただけ。いやきっとだからこそ、釧路にはこんなに「東家」があるんだろう。パン屋と言えば「木村屋」みたいなものだ。何度も言うけど、それでいい。
お会計を済ませて店をでる寸前、まだまだ修行が足りない僕は、たまらず気になっていたことを聞いてしまった。
「あの、無量寿ってお蕎麦。あれなんで無量寿って言うんですか?」
すると大将は一度厨房に戻って再びあるモノを手に持って戻ってきた。そしてこう言った。
「使ってるごま油の商品名が無量寿なの」
参りました……。
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