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超短編小説『キレイなピンクの日が落ちる』1話完結

少し前を歩くキミをじっと見つめながら歩いてた。
振り向きそうになったから、そらした視線に、今日も心が波打った。

あの日、二人で見つけた岩陰で、夏の終わりを見送ろうと、
今日は、いつものドライブコースの海岸沿いの道路から、砂浜へ下りた。
歩幅を測らなくても、距離を気にしなくても、
いつも安定の二人の歩調。
それでも、まだ、キミの仕草ごとに、僕の心は波打つんだ。

「あっ。もうすぐ日が落ちる。」

二人で岩陰に座り、その瞬間を待っていた。
踏みつぶされた貝殻を、指先でキミがいじる。
別に意味の無い行動だけど、可愛らしいな。

昨日降った雨雲の名残か、
ところどころ、分厚い雲が揺らめいて、
夕日の色が濃くなっていた。

「もうすっかり夏も終わりかと思っていたけど、
雲はまだ夏っぽいね。
 秋の雲も好きだけど、入り混じった雲も僕は結構、好・・。」

僕の言葉を遮るように、
キミが僕の唇を人差し指で閉じ、
「しーっ。」っと言う仕草と唇の形。

僕の心はまた、波打った。
そして、キミが「見て。」と言うように視線を動かし、
僕も同じ方向を見た。

「ねぇ見て、キレイなピンクの日が落ちる。」

「ピ、ピンク?」
僕には、オレンジと、雲と混ざった鈍い茶色のような空に見えた。

「ピンクだよ。」
キミは、立ち上がり、砂を落としながら僕の手を引いた。

岩陰から出て、波打ち際の少し手前までキミが駆け出した。
手をひかれ、僕も駆けた。

「オレンジじゃない?」
僕の問いかけに答えず、キミは夕日を微笑んで見ていた。

キミと夕日と水平線。
綺麗だ。
キミのいる景色は、綺麗だ。

キミの結った髪から少しほどけ落ちた髪をすくい、
耳にかけ、そのまま頬をひと撫でした。
キミは、こちらを見ずに、くすぐったそうに、首を傾けた。
また僕の心は波打った。

キミが砂浜に残した足跡をさらう波にさえも、
僕は嫉妬していた。
そして、キミへと伸びる僕の影を、
そっとキミに重ねてみる。
キミが彩るこの景色の中の美しさに、触れた気がした。

並ぶ二人の影が、夜の訪れと共に消え、
促すように僕はキミの手を、くいっと軽く引いた。
キミは頷いた。
僕は無言の「帰ろうよ。」を言い、
キミは無言の「うん。」を言った。

穏やかな今日の海は、
街の灯りをところどころ映していた。
国道を走るバイクの群れや、
宣伝カーのアナウンス、通りすがりの人の会話、
店から漏れる季節の音楽。
それらはまるで、街のBGMのようだ。

いつもと同じドライブコース。
いつもと同じBGM。
季節ごとにそのBGMは微妙に変わるけど、
キミと繰り返す季節の、海岸沿いのジュークボックス。

キミはなぜあの夕日が、ピンク色に見えたのだろう。
僕が今でもキミへの想いに心波打つように、キミにも何かあるのかな。

戸惑いながら、キミを愛している。
それでも、季節はまた巡り巡り、
この想いは、キミと重なり続けていくだろう。

出会った頃に感じていた、
情熱的な不安。
キミを見つめては、
夢色の幻に思えて仕方がなかった日々を超えて、
今は、キミをこの手に感じている。

ときめきが溢れすぎていた、あの日の岩陰に、寄ってみて良かったな。

ミラー越しに、夏が遠ざかる。

僕にもいつか見えるだろうか。
ピンク色に染まる、夏の終わりの夕日を。


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