超短編小説『アンサンブル』1
1・結成 (4で完結)
「関くん、今年の発表会は2曲弾かない?」
僕が通う音楽教室の講師の突然の提案。
「2曲ですか?1曲目もちゃんと仕上がるか分からないし、覚えられるかなぁ。」
僕は、ほぼ断りの気持ちで答えた。
「1曲目は間に合うと思うよ、完成度は関くん次第だけど。それに、2曲目はソロじゃないから。」
「えっ?連弾ですか?」
突然の提案からの、衝撃の設定だ。
「違う違う、ピアノは関くんだけ。あとは、オルガンとエレクトーン。」
「オルガンとエレクトーン・・・?」
「そうよ。ほら、うちの音楽教室の鍵盤楽器ってその3つでしょ?1曲をリレーのように3楽器で繋いで、それぞれの魅力を伝えたいのよね、発表会ならいろんな人、見に来てくれるし。」
「なるほど。。。」
「なるほど!は、分かりました!だね。」
講師はそう笑って、楽譜を僕に渡した。
「・・・・分かりました。フル演奏じゃないなら。」
僕は受け取った楽譜のタイトルに目をやった。
『ノクターン』
ショパンの夜想曲。
曲は知ってるし、指使いもそこまで複雑じゃない。
ただ、この曲の持つ陰影を表現しきれるか。
複雑じゃない分、それが出来るかで大きく魅力は変わる。
あとは、パートだ。
どのパートを担当するか。
僕は渡された楽譜を開きながら、聞いた。
「パートは、どこですか?」
「それなんだけどねぇ、
やっぱり最初はピアノから始めたいよね。」
「決めてないんですか?」
講師に目を向けた。
「うん、決めてない。」
「なんでですか?」
講師は、指揮棒を振るように手を揺らし答えた。
「ノクターンは、表現力が目立つ。」
「同感です。」
講師は満足そうに頷く。
「と同時に、それぞれの楽器の特徴も目立つ。」
「はい。」
僕は、講師の目指すモノを知りたい。
「オーケストラほどの規模では無いけど、曲の進行をリードする音から始めたいの。」
講師は僕を振り返り、託すような眼をした。
「僕にそれをしろ、と?」
「そう、関くんは短調が得意だし、発表会も慣れてるからね。楽器の順番と言うよりは、弾き手の順番が大事かな、って思ってるんだ。」
「・・・・・・。」
「今から緊張しなーい!他の2人に良いバトン、渡してね。」
他の2人。そうだ、まだ他のメンバーを聞いていなかった。
「先生、他のメンバーって、誰ですか?」
「あぁ、そうよね、それも大事よね。」
講師は、防音の個室になっている練習部屋を指差した。
「オルガンは、笹口実夏ちゃん。半年前に入会した子。
エレクトーンは、関くんも知ってる溝岩瑛梨ちゃん。よ~く知ってるよね?」
講師は、いたずらな顔をして僕の腕をつついた。
瑛梨は、僕の彼女だ。
「瑛梨、そんな話してなかったですけど。」
「うん、今日関くんが引き受けてくれたら決定!って事で、まだ仮の話だったから。」
「僕が断っていたら?」
「断らないって思ってたもん。」
「なんでですか?」
「この教室に通いだしたのは、小学生だったね。どんどんレベルは上がるのに、他のピアノ専門の教室には動かなかった。いつもレッスン前後は、他の楽器の教室を眺めていた。」
僕のいつも座っている待機室の席を指差し、
「ピアノだけじゃなくて、他の楽器の音色や、音楽が混ざり合う空間が好きなのよね?」
「・・・・はい。それは、まぁ、好きです。」
僕は、この講師と出会ってからの日々を回想した。
ピアノにこだわったわけじゃない、でも他の楽器にまで手を出すほど器量でも無い。
ここに溢れる優しい講師の熱意と、混ざり合った音が好きだった。
「同じ鍵盤楽器と1つの曲を奏でる。魅力は感じてくれると思ってた。」
そうだ、僕は、フル演奏じゃない事だけではなく、
もう既に、パートまで気にしている。もう、イメトレを始めていた。
そこに達するのに、時間などかかっていない。
僕に、断る理由は無い。理由も探してなかった。
高揚していた、どんなノクターンになるのか。
「他の2人には、私から伝えておくね。あと、そうね、今後の為にLINE交換が必要ね。」
スマホを取りだした講師は、
「あとで、それぞれに他のメンバーとLINE繋がるようにしておくから。
あっ!瑛梨ちゃんのは、必要無いかっ。」
また茶化した目でクスクスと僕を見た。
その日の夜。
瑛梨からLINEが来た。
《先生から聞いたよ。アンサンブル、決まったね!楽しみ!練習頑張ろうね。》
《うん、とりあえずソロの曲と同時進行だけど、譜読みは始めてる。》
《さすがねぇ!私のパートは、オルガンの次だって。》
ブブブ・・・
他からのLINEが来た。講師からだ。
笹口実夏の連絡先を伝える吹き出し。
僕と瑛梨との間に演奏するもう1人の奏者。
僕は、吹き出し部分はタップし、連絡先に追加した。
《今、先生からオルガンの子の連絡先キター》
瑛梨から。
《こっちにも来たよ、今。同時に送ったんだな。》
《追加した?》
《した。》
《発表会終わったら、連絡は無しにしてね。》
瑛梨の隠していた嫉妬を知る。
《分かってるよ、教室で会って練習すれば、連絡はしないまま終わるかもしれないしな。》
《う~ん、それはダメ!今はアンサンブルチームだし、和史はリード奏者だから。
ちゃんと、パート決めの為にコミュニケーション取らないと。その子の音も聴かないとね。私、平気よ、そこのところは。》
講師がアンサンブルの中に、瑛梨を入れたのがよく分かる。
瑛梨は、音楽の邪魔になる私情は持ち込まない。
そういうとこが、僕は好きだ。
ブブブ・・・
また他のLINEだ。
《はじめまして、笹口実夏です。今、先生から連絡先届いて。初心者のような者なので、宜しくお願いします。》
笹口実夏。早速。
《こちらこそ、よろしく。また教室ででも、パート決めとかしよう。》
《はい。》
短いやり取り。連絡先が届いてすぐに、挨拶をくれた。
ブブブ・・・
講師からのLINE。
《はーい、3人はLINE繋がったかな?そしていきなりですが、今週末のレッスンは、私の自宅で行います。
それぞれ、弾ける曲を披露して聴き合い、パート決めを行います。13時に来てね。》
《了解スタンプ》
先生も、やる気だな。僕たちは、どこまで応えられるか。どんなアンサンブルチームになるのか。
瑛梨と週末の待ち合わせをして、《おやすみ》をして、僕は眠った。ノクターンを口ずさみながら。
週末。
瑛梨と13時少し前に、講師の自宅の呼び出しベルを鳴らした。
タラタラタララリラァ~♪
呼び出しベル、エリーゼのために、かよ。初めて聴いたわ、こんな呼び出しベル。
講師が顔を出し、防音ガラスの広い部屋に招かれた。
そこにはすでに、笹口実夏がいた。
僕たちが部屋に入ると、サッと立ちあがり、ペコっとお辞儀した。
僕たちも、軽く返した。
「3人とも、今日はありがとうね。大学生3人!わっかいねぇ~。」
僕と瑛梨は、駅が3つ違いの、違う大学に通っている。
笹口は?
「じゃあ早速だけど、関くん、溝岩さん、笹口さんの順で弾いてくれるかな。」
招かれた部屋には、ピアノ、オルガン、エレクトーン全てがあった。
他の楽器ケースも並んでいる。先生は、どれだけの楽器が弾けるのだろう。
僕が弾き、瑛梨が弾き、
そして、初めて聴く笹口の演奏。
オルガンと言う楽器の特性もあるが、か弱いとも言えそうな音色だ。
いや違うな、緊張か?
入会したのは、半年前のようだが、以前にどこかで習っていたのか、指使いは滑らかだった。
「うん、いいね!この3人で正解!」
講師は手を合わせて満足そうに笑った。
「楽器が違うとしても、音の出し方が全然違いますよ。」
僕は聴いたそのままを言ったつもりだった。
すると、
「ごめんなさい、2人より私が全然足りてないよね。」
笹口が申し訳無さそうに言った。
僕は慌てた。
「いや、笹口さんの演奏がダメだって言ってるわけじゃ・・・。」
瑛梨も慌てて付け足した。
「そうよ、良かったよ。和史が言いたかったのは、バランスの話よ。」
「カズシ?」
笹口が言った。
僕と瑛梨は顔を見合わせ、ハッとし、
「あ、僕の名前。下の名前、カズシ。」
僕と瑛梨を見て、笹口が頷いた。
「あぁ。」
どう思った「あぁ。」だろう。
出だしから、疎外感を与えてしまった気がする。
「いいのよ、それで。今回の目的は、楽器紹介。奏者に求めているのは、曲の魅力を借りて、楽器の音色の魅力を伝える事!アンサンブルではあるけど、3人3色でいいの。・・・・・・今はね。」
「今は?」
僕たちは問う。
「ソロが集まれば、オーケストラじゃないの。でも、人数分で質を分けてはダメ。」
講師は、僕たち3人の椅子を丸く向き合うように指で指示した。
僕たちは、3人向き合った。
「リレーだってそう、誰かが走っている間は休憩時間でも待機時間でも無い。自分も既に走り始めているのよ。」
僕を指差し、指揮棒を振るように、笹口を指し、瑛梨を指す。
そしてまた僕を指し、指を空でぐるぐると回した。
瑛梨が聞いた。
「今日、パートを決めるって書いてありましたけど、もう順番は決まってるんじゃないんですか?私、こないだ先生に、笹口さんの次だって言われましたけど。」
「うん、順番はその通りよ。今聴いても、そう思った。
今日のパートと言うのは、順番の話じゃないの。」
僕たちは首をかしげた。
講師は続ける。
「今日決めたいのは、誰が誰を補うか。」
「補う?」
「そう、ソロが3楽器揃って、それぞれが完璧に弾くなら、最初から3楽器ソロで3曲弾いて貰うわよ。どこかで、混ざり合わないといけない、楽器紹介が目的だったとしても、3楽器で1曲を奏でる事は大切よ。混ざり合うと言っても、連弾のように譜面が異なる訳じゃない。同じ譜面を奏でる中で、それぞれの負の特徴を他の楽器で補うの。」
なんか、分かってきた気がする。
「僕が、笹口さんの不安を変えるようなスタートをして、その流れを流し込めばいいんですね?」
僕は言った。
「私は、笹口さんがもし、持ち返せなかった時、そのトーンから始めて、高めた状態で和史に戻す。」
瑛梨が言った。
「育てた甲斐があったわねぇ。」
講師は、また満足そうに笑った。
笹口だけは、
「すみません、迷惑かけないように頑張ります。」
と、小さくなっていた。
講師は笹口の肩に手を置き、続けた。
「レベルが同じでは上達は牛歩。あなたの努力と、オルガンへの想いは、高い意識の中に入る事で、次の域へ到達出来るはずよ。だから、あなたをこの中に選んだの。」
笹口は、部屋のオルガンを見ながら、頷いた。
あのか弱い音色を奏でた笹口とは思えない強い意思を持った瞳だった。
ここに、僕たちのアンサンブルが結成された。
つづく。。。
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