超短編小説『アンサンブル』4(終)
4・表現の形
発表会4日前。
久しぶりに、笹口からLINEが来た。
≪2人と先生のお陰で、自分でも良くなったと思うけど、やっぱり不安。
緊張は意外としてないんだけど。≫
ボイスメッセージの時は、会話は演奏についてだけだったから、
笹口の気持ちが書かれた内容に少し、戸惑った。
不安。
それは、自分のパートがちゃんと弾けるか、他のメンバー僕たちに迷惑をかけないか、そういうの全てか。
ソロなら、何があっても、自分だけの責任だ。落ち込むのも、自己嫌悪も全部自分で背負う。
でも、アンサンブルチームとしては、別だ。
必ず影響し合う演奏になる。他のメンバーのミスが、自分に無関係では無い。
でも、誰か1人が背負うモノでも、無い。
≪不安はあるかもしれないけど、それは、笹口だけじゃないよ。
誰かがミスをしたら、リレーのバトンを渡した側が責任感じる事もあるし、
演奏自体が魅せられる出来で無かったとしたら、僕たちは練習した日々を悔む事もあるかもしれない。
でも、僕は笹口や瑛梨となら、やり切れると思ってる。
良い出来なら、一緒に喜んで、悪ければ、一緒に悔む。全て皆で感じ合えばいいよ。
先生も言ってたろ?リレーは、誰かが走っていたら、自分ももう走り出してるって。
僕たちは、一緒に走るんだ。どんなゴールか、一緒に味わえればいいんだよ。≫
適した返事だったか、分からないけど、
僕に言えるのはコレだった。言いたかったのは、コレだった。
≪ありがとう。≫
短い返信のまま、やり取りは終わった。
発表会当日。
それぞれのソロの曲を終え、衣装替えをした。
支度室から、青い衣装を着た2人が出てきた。
2人とも、綺麗だった。
僕は、どちらを褒めるでもなく、自分のネクタイを2人に、見てくれよ、と言う仕草をした。
瑛梨が近づいてきて、ネクタイを直し、
「いいじゃん!」と言った。
「うん、素敵。三人とも違う青だけど、なんだかシリーズみたいに揃ってる気がする。」
笹口はそう言った。
「意識が揃ってるからじゃない?」
振り向くと、講師が立っていた。
「3人はずっと一緒に練習してきたから、そう感じられる。良い日々だったのね。
あとは、同じような気持ちを、鑑賞者の皆さんに感じてもらえるように出来るといいわね。」
僕たちは揃って答えた。
「はい!」
舞台袖で、出番を待つ。
演奏者の紹介が始まった。
楽器の配置は、奥からエレクトーン、オルガン、ピアノだった。
少し、楕円型に配置し、お互いの顔が見えるようにした。合図を送る為だ。
一番奥のエレクトーンから、舞台に出る。
瑛梨が紹介され、瑛梨は舞台へ歩き出した。
舞台中央でお辞儀をし、エレクトーン脇に立ち、次の奏者紹介を待ち、
3人揃ってから、楽器の前でもう一度お辞儀をして、着席する手順だ。
エレクトーンの方へ、瑛梨が歩き出す。
次の奏者の笹口の紹介が始まった。
その時、笹口は後ろに立つ僕を振り返り、衣装の裾から一歩踏み出し、
僕にキスをした。
そして、そのまま舞台に出て行った。
僕は、ビックリしたけど、嫌では無かった。
不思議でも無かった。ただ、その感情の意味が自分でも分からないまま、舞台に出た。
笹口からのキス。
動揺も無く、僕たちは、僕たちのノクターンを奏でた。
突然結成されたアンサンブルチーム。
3番の部屋、4日後のボイスメッセージ、瑛梨との関係、笹口との関係。
その日々を思い出しながら、僕は笹口にバトンを渡し、笹口は見事に受け取った。
笹口から渡されたバトンに、好きなフレーズを瑛梨に弾いて欲しいと言う気持ちに応えるように、
瑛梨は、素晴らしい演奏をした。愛しさに愛しさを返してくれた。
その高揚感のまま、また僕のフレーズを奏でる。
色々な感情が入り混じりながらも、気持ちや技術を補いあった日々。
負の特徴など、全く無かった。
ただその会場には、僕たちならではの、ノクターンが響いた。
それぞれの夜を想った日々。
僕たちの夜想曲だ。
アンサンブルチームは、大喝采に包まれ、終わった。
舞台袖にはけた途端、瑛梨は笹口の手を取り、僕の腕を引き、3人で抱き合った。
講師は、
「ありがとう。」
そう言って、次の最後の奏者のもとへ行った。
達成感。
発表会慣れしていた僕には、久しぶりの感覚だった。
もし、僕や瑛梨のような長期間在籍したメンバーだけで作ったチームだったら、
こうはいかなかった。
笹口が入った事で、個々のノクターンの寄せ集めにならなかった。
僕たちのアンサンブルチームは、今日で解散する。
また、それぞれのレッスンの日々に戻る。
音楽の繋がりを通して、沢山の事に気付いた気がする。
僕は、音楽の持つ力の、ほんの一角しか理解してなかったのだと気付く。
これから、どこまで理解出来るか分からないけど、
まだまだ得る事がある事、それに気付けた。嬉しかった。
僕は、支度室の前の椅子で、2人が着替えをするのを待っていた。
演奏が全て終わったら、ソロの衣装に戻す。
そして、発表会の最後には、舞台で集合写真を撮る。
欲しいな。。。僕は思っていた。
支度室から、2人が出てきた。
随分早いし、着替えていない。青の衣装のままだ。
「ねぇ!3人で写真撮ろうよ!」
瑛梨がスマホを手に言った。
いつも僕と同じ気持ちだ。僕も、このチームの記念が欲しかった。
周りに人がいなかったから、僕たちは自撮りにした。
顔が近づいてしまう。
僕は、瑛梨を真ん中に呼んで、3人で写真を撮った。
避けたわけじゃない。
でも、あのキスがあった。
瑛梨の知らない2人のキスがあった。
意識しないわけが無い。
笹口は、表情を変えず、笑顔で写真に納まった。
衣装をソロのモノに着替えた2人と、舞台での集合写真の列に並んだ。
講師の指示のもと、身長などを考えて、バランスを見ていく。
瑛梨が呼ばれ、講師が前列の席へ促していた。
聞いてどうする。
そう思いながらも、僕は目の前の笹口に聞いた。
「なぁ、笹口。」
振り返る。
「なに?」
穏やかな笑顔だ。
「さっきさ、なんで、キス・・・したの?」
僕は、笹口の目を見れなかった。
照れとかではなく、期待も勿論するはずもなく、ただ予測付かない返事に備えた形だ。
初めて演奏を聴いた時。
あのか弱い音色を奏でていた笹口。
それを、引っ張ってきた僕。
今は、立場が逆じゃないか。
「一緒だよ、あの猫たちと。」
笹口が言った。
僕は顔をあげて、笹口を見た。
その目は、恋をアピールするようなモノでは無く、冷たいモノでもなく、ただ穏やかだった。
「猫たちと?」
僕は聞いた。
「さっき、関くんにキスをした理由。それは、『信頼』だよ。」
笹口は、舞台に呼ばれるのを気にして、舞台側に向いた。
そして、舞台に歩き出す時、僕の方へ首を傾け振り向いて、
「グルーミングと一緒。
ずっと私をサポートしてくれて、この日を迎える覚悟を固める手助けをしてくれた。
『私は、あなたを信頼しています』って表現。私も、動物寄りなのかもね。」
そう言って、前に向き直し、歩いて行った。
キスをするのに、理由は必要無いと言った瑛梨。
キスをしたのは、『信頼』を表現しただけだと言った笹口。
違うようで、同じだ。
瑛梨との間にはもう、信頼も、愛情もある。
今、理由を求める必要は無い。
でも、その根底に、理由はある。本能の理由がある。
笹口とは、理性の範囲で、『信頼』と言う理由がある。
どちらも、同じだ。
僕の持論だから、許されるものかは分からない。
行動としては、アウトかもしれない。
でも、僕は、それでもいいと思った。
僕と笹口にしか分からない事がある。
僕と瑛梨でしか生まれない事がある。
この晴れ舞台は、
僕の人生が、これまで以上に彩られる道へと続いていく。
おわり。
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