超短編小説『アンサンブル』2
2・チームの調律(4で完結)
ピアノ、オルガン、エレクトーン。そしてまた、ピアノ、オルガン、エレクトーン。
フィニッシュは、三重奏か?
僕は、ノクターンのアンサンブルの事を考えていた。
発表会で弾く、1曲目は仕上げ段階に入っていたが、この仕上げこそ難しい。
弾けていた小節にアレンジは必要か、そのアレンジはどこへ繋げる為に入れるか。
ならば、入れない方がいいか。
そんな事をしていると、弾けていた音が取れなくなる事もある。
仕上がりイメージがふわついてしまう。
そう思いつつも、僕はひたすら弾いた。
良し悪しを考えず、とにかく指に覚えこませた。
心は、ノクターンに傾いているのが分かっていたから、
ソロを見失うのが怖かった。僕の本当の見せ場は、こちらなんだから。
先週末の帰り道。
講師の言葉を頭に巡らせて、僕は黙りこんでいたらしい。
僕の袖を引っ張る。瑛梨だ。
「どうした?」
瑛梨は、少し引っ張った袖を揺らして言った。
「ねぇ、キスしよっ。」
「今?どうして?」
外はもう夕暮れで、人影も少なかったが、僕はためらった。
すると、瑛梨は、小道に僕を引っ張って行き、顔を近づけ、
「好きな人とキスするのに、理由なんているの?」
可愛らしい瑛梨の乞う目に、僕は見つけた。
瑛梨にキスをした。
瑛梨は、音楽の場を離れて、僕の彼女としてキスを求めた。
「大丈夫だよ、アンサンブルの間だけだ。」
2人の間に、もう1人の女の子。
何も感じないはずは無い。瑛梨の心の内を見つけた。
「分かってるもん。」
瑛梨は、僕の胸に顔をうずめて、堪えていた甘えを発揮した。
僕は、頭を撫で、そのいじらしさを味わった。
あの日から、4日経った今日。
ピアノを弾ける時間帯は終わった。
鍵盤を拭き、カバーをかけ、蓋を閉めた。
その時、ブブブ・・・
LINEだ。瑛梨かな。
《もう練習終わった~?》
瑛梨は、僕の音楽も邪魔しない。
《お待たせ。終わったよ。》
《私も終わった。ノクターンも弾いてみた。》
《どうだった?》
《ソロならパーフェクトに近いね。自信あり!でもソロじゃダメなんだよね、今回は。》
《そこだよな。》
《先生には、あんな風に言ったけど、やれるのかなぁ、私に。》
ブブブ・・・
他のLINEが入った。瑛梨への返事の入力を止め、開いた。
笹口だ。
《夜遅くにごめんね。あれから、練習していたんだけど、聴いて貰える?》
聴く?どこで?
ブブブ・・・
笹口からボイスメッセージが届いた。
開くと、オルガンのノクターンが流れてきた。
か弱い音色は変わらないけど、音が色味を増していた。
僕は、あの日聴いた音色との違いをもっと探そうと聴き入った。
笹口のノクターンは、フル演奏だった。
ところどころ、音を探すような弾き方。不安なのか。
それで、フル演奏をこなすほど、練習していたのか。
この不安を、僕が変えるんだな。
《良い音になってるな。僕も、良いバトンを渡せるようにするよ。》
《受け取っていいの?》
僕たちはチームだ。何の遠慮だ。
《当り前だ。でも、無理するなよ。》
少しの間を置いて、返信が来た。
《ありがとう。私、オルガンが好きなの。でも、関くんのピアノを聴いて、こういう形で関われて嬉しいなって思ったよ。溝岩さんも素敵な演奏をするのね。2人がいると、心強い。》
《成功させような。瑛梨も頑張ってるよ。》
そこから返信が来ない。
僕は待ったけど、なぜ待ったか分からない。
終わらせていい文面だった気もするし、何か足りない気もする。
ブブブ・・・
返信が来た!と思ったら、瑛梨だった。
《寝ちゃったの?》
そうだ、瑛梨への返信をしようとしていたんだ。
《ごめん、寝てないよ。》
《自信失いかけの彼女、放置?》
《ごめん、今ちょっとピアノしまってて。》
《そっか、ごめん。待てない子でした。》
なんで僕、嘘を付いたんだ?
正直に、チーム仲間から連絡が来たと言えば良かったじゃないか。
一緒に聴いて、今後を話し合えばいいじゃないか。
笹口は、なんで僕にだけ、送ってきたんだ。
《待てない子は、もう待ちません。》
しまった、また入力の手を止めていた。
《明日、家まで迎えに行くよ。一緒に教室行こう。》
僕は、瑛梨と音楽教室に向かう事で、何かを証明したかった。
それは、瑛梨への想いなのか。それとは違う何かなのか。
《はぁーい、待ってます!》
瑛梨の機嫌は戻り、いつも通りの《おやすみ》をした。
そのまま眠るところまでがいつも通りだが、僕はベッドでスマホを手にした。
笹口とのスレを開き、ボイスメッセージを再生した。
笹口のオルガンでのノクターンを聴きながら、僕は寝落ちした。
眠りに落ちる寸前、思ったのは瑛梨の事だったが、
心地良さは、笹口がくれたモノだった。
翌日、講習を終え、瑛梨の家に向かった。
瑛梨は、僕の大学から徒歩圏内の住宅地の実家に住んでいる。
「あら、和史くん。お久しぶりね。」
瑛梨の母親とは、音楽教室に通いだしてからよく話をする。
僕たちが付き合いだした時は、
「あらあら、あんなに小さい子達が仲良し以上になったのね。」と笑った。
瑛梨と教室に向かう。
歩き出して数分後には手を繋ぎ、数十分後には教室に着いた。
教室の扉の前でいつも手を離す。どちらからでも無く、お互いにそうする。
「それぞれのレッスンが終わったら、3番の部屋に集まってね。」
講師から伝えられた通り、レッスン後、3番の防音の個室に入った。
笹口が次に来て、瑛梨が最後に現れた。
ピアノ、オルガン、エレクトーン。
3台が横並びに置かれていた。
「本番の配置はまだ決めてないけど、今はこれで弾いて頂戴。部屋の作りがどうしてもね。」
講師の言うように、3台も入れたら、そういう配置になる。
僕たちは、一人づづ順番に、フル演奏でノクターンを弾いた。
発表作としてはまだまだで当然。今の状態を講師に伝える。
「うん、分かった。どうしようかなぁ、関くんに任せようかな。」
「何をですか?」
「関くん、どこで笹口さんにタッチするか、決めて。笹口さんが溝岩さんにタッチする場所も。」
僕はそのつもりでいた。
「最後まで、このルーティーンで、三重奏は無しで終わらせるんですか?」
「そう思うよね。そこまで考えてたのね、関くん。」
他2人を見て、講師は聞いた。
「2人はどう思う?三重奏する?」
「その方が、最後は盛り上がると思います。」
瑛梨が言った。
僕も同意見だった。
「あの。。。」
笹口が口を開いた。
全員が笹口を見た。
「それも良いと思うんですが、難しいかもしれないけど、1小節ごとにパート分けする形ではどうでしょう?ラストが始まるところから、ピアノオルガンエレクトーンピアノオルガンエレクトーンを繰り返すんです。めまぐるしいかもしれないですけど、面白いかなって。」
僕たちは沈黙した。
めまぐるしいけど、確かに面白い。
でも、それをするには、音の速さ・大きさ・表現などを揃えなければならない。
リレーで1曲として完成させるだけでも、不安を帯びた演奏をしている笹口の発言とは思えなかった。
でも、数日の練習で変化を見せた事を、僕は知っている。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
「となると、3人揃っての練習増えるね。先生、発表会までの間、3番は私たちの部屋にしてもらえますか?この教室の宣伝の為でもあるんでしょ?」
瑛梨が言った。
瑛梨は、笹口の提案を受け入れたのだ。
「許可します!」
講師は高ぶった声で答えた。
僕の沈黙に、全員答えを見出していた。
「って事で、決まりだね?」
瑛梨は僕に笑った。そして笹口の隣に座り、
「チームらしくなってきたね。」
と、笹口に笑いかけた。
笹口は嬉しそうに頷き、僕に小さく頭を下げた。
それから、レッスン日の4日後に必ず、
笹口からボイスメッセージが送られてくるようになった。
僕はそれを聴き、自分の演奏との繋ぎ目を模索した。
瑛梨との繋ぎ目も大切だ。
笹口には、その点についてもアドバイスしていった。
翌週のボイスメッセージでは、見事にそれに応えてみせた。
レッスン4日後のボイスメッセージ。
瑛梨とのLINEの合間に交わす事に、少し罪悪感があったが、
それも次第に薄れていった。
瑛梨への気持ちは変わらない。
けれど、これは、そういうのじゃない。恋とかそういうのじゃない。
言葉を当てはめるとしたら、
そう、師弟関係のような、そんなものだと思う。
だから、罪悪感は必要ない。
全ては、アンサンブルチームが発表会を終えるまで。
3番の部屋と、4日後のボイスメッセージ。
僕たちは、ノクターンで結ばれている。
瑛梨との《おやすみ》と、
笹口からのボイスメッセージ。
それぞれの夜を想い合う。
アンサンブルチームの、夜想曲。
つづく。。。。
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