超短編小説『アンサンブル』3
3・色合わせ(4で完結)
発表会まで1カ月を切った。
音楽教室の3番の防音個室で練習を重ね、
4日後の笹口からのボイスメッセージ。
瑛梨の家を訪れる機会はあったが、僕たちは2人だけでノクターンを弾く事はしなかった。
それぞれの家でそれぞれが練習するか、3番の部屋で3人で行うか、それのみ。
それは瑛梨の提案だった。
瑛梨の家にあるピアノで僕が弾こうとすると、瑛梨は止めた。
「2人だけで色を合わせてはいけないから、一緒に弾く時は3人の時にしよう。」
彼女としても、音楽奏者としても、瑛梨は魅力的だ。
じゃあ、僕が笹口から受け取ってるボイスメッセージ。
それを聴いてアドバイスをしているのは、瑛梨の言う、「2人だけの色」を付けている事になるのでは。
僕は、必要無いと思っていた罪悪感を感じた。
話そう。そう思った。
「瑛梨、実はさ、練習後に笹口にLINEでアドバイスしてるんだ。」
瑛梨は、並んで見ていたテレビのリモコンを置いた。
「ごめんな、練習したのを聴いて欲しいって言われて、それで、あの・・・。」
僕は、瑛梨の方を見れなかった。
「それが、笹口と僕だけの意識合わせとなっていたなら、それは瑛梨に悪かったな、って。」
少し間をおいて、瑛梨が言った。
「良いんじゃない?和史はリード奏者だし。」
明るく言った瑛梨だったが、少し無理してるようだった。
「それでさ、それって、恋になりそう?」
僕はドキッとして、瑛梨を見た。と同時に手を取り、
「それは無い!!絶対に無い!」
瑛梨と向き合い、僕はしっかりと目を見てはっきり言った。
「どちらも?」
質問の意味が分からない。
「どちらも?って、どっちとどっち?」
僕は聞いた。
「うーん、LINEの返事が遅くなったなとか、
笹口さんの上達や和史の求めてるものへすぐに応えられてるの、なんでだろうって思ってた。
それが、そういう理由だったのも分かった。
でも、笹口さんに恋してなくても、笹口さんの音には、どう?」
「恋ってどんな始まりをするかも分からないし、どの部分に恋するかもわからないじゃん?
顔がタイプとか、一緒にいて楽しいとか、運動してる姿を応援したくなるとか。色々。
人物に恋するか、その人が創り出すものに恋するか。わからないじゃん?」
「・・・・・。」僕は黙って聞いていた。
「音楽好きの和史がね、音に恋したら、もうそれは笹口さんの事を好きでいる十分な理由だよね。」
「・・・・・。」僕は言葉が出てこなかった。
肯定してるわけではなく、そんな考え方した事が無かったから。
「笹口の音は、好きだ。人間としても嫌いじゃない。
でも、愛しいのは、瑛梨だから、だから、一番好きなフレーズは瑛梨のパートにした。
そのフレーズを弾く、瑛梨を見たかったから。」
言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、僕の本音だった。
瑛梨が僕にキスをした。
「それ、最高じゃん!」
瑛梨は、確認すべきところを確認した、僕を責める前に。
そして、僕を許してくれた。
『どちらも?』と言う質問が、笹口が僕に恋をするパターンもあったな、と後から思ったが、
瑛梨には、そこは問題では無かったようだ。
それは無いな、と思ったのか、それだとしても大事なのは僕の気持ちだと思ったからなのか。
そして、瑛梨とその話をした翌週から、笹口からのボイスメッセージが来なくなった。
瑛梨は何も言っていないと思う。
パートが決まってから、リレーをこなす日々が続いていたから、
もう、必要が無くなったのかもしれない。
僕は、それで良いと思った。
発表会2週間前の週末。
僕たちはまた、講師の自宅に呼ばれた。
衣装と楽器の配置を決める為だ。
「じゃあ、衣装は青系で揃えると言う事でいいね。
今からの準備間に合う?」
講師が僕たちを見る。
「僕は、持ってます。ネクタイだけ買い足します。」
「私は、いつもお願いしてる衣装店があるので、そこから選べるので間に合います。」
瑛梨が言う。
「私は、一応ネットで衣装屋さん調べてあるので、大丈夫だと思いますが、初めての発表会なので、どんなのが良いのか分からないです。」
笹口が言う。
「そうね、そうだよね。じゃあ、ちょっと待ってて。
私の衣装持ってくるから、衣装のイメージの参考にして。」
講師はそう言って、部屋のドアに向かった。
「私も先生の衣装見てみたい!!」
瑛梨はそう言って、講師についていき、部屋を出ようとした。
ドアが開かれた時、二匹の猫が入ってきた。
「先生、猫飼ってるの~。可愛い!!」
瑛梨はそう言って猫を横目に、講師と部屋を出た。
部屋に、僕と笹口が残された。
特に会話をするわけでもなく、僕たちは、入ってきた猫たちを見ていた。
ちょっと気まずくて、声をかけた。
「笹口は、猫とか好き?」
「うん、動物全般好き、かな。」
笹口は答えた。
また、沈黙。部屋をゆっくり歩いた猫たちは、楽器ケースの塊の隙間に寄り添って座った。
特に猫が好きなわけではなかったが、可愛らしいと思って見ていた。
猫たちは、お互いの体を寄せ合い、片方の猫の背中に顔をこすったり、
もう片方は、その頭をなめたりしていた。
そして、猫同士で顔を近づけて、キスをした。
僕は、ドキッとした。過剰反応だ。
笹口が僕を少し見て、静かに話しだした。
「あれ、グルーミングの一種よ。」
「グルーミング?」
僕は聞いた。
「そう。動物の気持ちの表現は人間と違う。人間から見たら、キスしてたら恋愛のように見えるけど、
正確には、信頼を表してるの。」
「へぇ、詳しいんだな。」
笹口は、少し前のめりになって、猫たちの様子を伺った。
「動物は、口にするものに対して警戒心があるものだけど、それを許し合うって事は、危険じゃないと信頼してるから。
本来、生き物って口でそれを示したり、興味を確認したりする。赤ちゃんとか、なんでも口にしちゃうでしょ?
まだ、人間らしさより、動物らしさが強いからじゃないかな?根拠は無いけど。」
笹口の話を聞きながら、猫たちを見ていると、
恋愛も信頼し合ってるモノだし、似たようだと思うけど、
人間は順序がおかしい時、あるよな。
好き同士になってから、信頼が生まれたり。
好きになる直前には、もう手を繋いだり、キスしたり、駆け引きしたり。
僕はそんな事を考えていた。
はしゃいだ声と共に、講師と瑛梨が部屋に戻ってきた。
手には、数枚の衣装を手にしていた。
笹口は立ち上がり、講師から衣装について話を聞いた。
「可愛いねぇ、猫が寄り添って寝てる~。」
瑛梨は、講師の衣装を一枚体にあて、鏡を見ながら横目で猫たちを見た。
「大好き同士なのね。」
瑛梨は、恋愛とも、信頼ともとれるけど、根本にある気持ちを表した。
これは、瑛梨なりの解釈だ。
僕たちは、講師の自宅を出て、次までに練習する箇所を確認し、別れた。
瑛梨を家まで送り、別れ際、
「どんな衣装着てくるか、楽しみにしてるよ。」
僕は言った。
「私の?」
瑛梨は、疑いでは無い嫌みの無い意地悪な言葉をかけてきた。
「当たり前だろ。」
何が言いたいのか、何がまだ引っかかっているか僕は察して答えた。
ノクターンでは、奏者としての笹口の不安を解消したい。
でも、愛しい人として、彼女の瑛梨には、それ以上の全ての不安をぬぐってあげたい。
僕は、本当に心から、そう思っている。
つづく。。。。
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