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ソーシャルメディアにおける古代史の政治利用:ネガティブな炎上が過去を喰らう?

はじめに

近年の政治議論において、歴史的事実や過去の出来事を引用するケースが増加しており、ソーシャルメディア上ではその傾向が顕著です。しかし、このような「過去の政治利用」は、しばしば偏った解釈や極端な意見を助長する危険性をはらんでいます。本稿では、Bonacchiら(2024)の研究を基盤として、ソーシャルメディアにおける古代史の政治利用がネガティブかつ極端な方向に傾きやすいことを実証的に分析し、さらに日本古代史と比較しながら、現代社会における歴史認識の適切なあり方について考察を深めていきます。

古代史の政治利用:Brexitを事例とした分析

Bonacchiら(2024)は、イギリスのEU離脱(Brexit)に関するFacebookページにおける膨大な投稿、コメント、返信データを分析対象とし、古代史の政治利用の実態解明に挑みました。彼らは、鉄器時代、ローマ時代、中世初期(IARM)のイギリスに関するキーワードを含むテキストと含まないテキストを比較することで、古代史への言及が議論の感情的な極性(ネガティブ/ポジティブ)および極端性(穏健/極端)に与える影響を綿密に調査しました。

その結果、IARMキーワードを含むテキストは、含まないテキストと比較して、ネガティブな感情表現が有意に多く、極端な意見表明が目立つ傾向が明らかになりました。具体的には、IARMキーワードを含むテキストの84%がネガティブな感情を表明しており、そのうち92%が極端なネガティブと判定されました。一方、キーワードを含まないテキストでは、ネガティブとポジティブの感情表現がほぼ均等に分布しており、極端なネガティブと判定されたのは49%に留まりました。

この研究成果は、ソーシャルメディアにおける古代史の政治利用が、議論を否定的かつ極端な方向に誘導しやすいことを示唆しています。Brexitのような複雑な政治問題において、人々は過去の出来事を自らの主張を正当化する便利な道具として利用する傾向があります。そして、ソーシャルメディアという匿名性の高い環境では、感情的な反応や極端な意見表明が抑制されにくくなる可能性が高まります。さらに、アルゴリズムによって類似する意見を持つユーザー同士が結び付けられる「エコーチェンバー現象」も、議論の極端化を加速させる要因として看過できません。

日本古代史の文脈における多角的な考察

日本においても、古代史は政治的な文脈で頻繁に利用されてきました。例えば、皇室の起源や国家神道の正当化、歴史教科書における記述問題など、古代史解釈をめぐる対立は、現代社会に深い影を落としています。近年では、ソーシャルメディアの普及により、このような歴史認識に関する議論が、より多くの人の目に触れ、活発な議論が展開されるようになりました。

ただし、日本における古代史の政治利用は、Brexitの事例とは異なる側面も持ち合わせています。Bonacchiら(2024)の研究では、古代史への言及は主にネガティブな感情と結びついていましたが、日本では、古代史を肯定的に捉え、国家や民族のアイデンティティを強化する文脈で利用されるケースも少なくありません。

例えば、近年注目を集めている「縄文ブーム」では、縄文時代の文化や社会が、現代社会の抱える課題を解決するヒントとして再評価されています。縄文時代の遺跡や遺物が観光資源として活用されるだけでなく、縄文時代の社会構造や精神性を理想化する言説も生まれています。このような古代史への肯定的なまなざしは、ネガティブな感情や極端な意見表明とは異なる形で、現代社会に影響を与える可能性を秘めています。

歴史認識とデジタル社会の複雑な課題

ソーシャルメディアにおける古代史の政治利用は、現代社会における歴史認識のあり方に新たな難題を突きつけています。情報の拡散速度が飛躍的に向上したデジタル社会では、偏った歴史解釈や極端な意見が瞬く間に拡散し、人々の歴史認識を歪める可能性があります。

また、アルゴリズムによる情報選別やエコーチェンバー現象は、多様な意見に触れる機会を奪い、歴史認識の硬直化を招く危険性も含み持っています。歴史学研究の成果や一次資料に基づいた正確な歴史認識を広く普及させるためには、デジタル社会の特性を深く理解し、適切な情報発信と質の高い教育活動を行うことが求められます。具体的には、以下のような取り組みが重要となるでしょう。

ファクトチェックの強化と情報源の信頼性評価:ソーシャルメディア上の情報は真偽が不明確なものが多く、歴史的事実に関する誤った情報も拡散されやすい環境です。信頼できる情報源に基づいたファクトチェックの強化や、情報源の信頼性評価ツールの開発などが求められます。

歴史教育における情報リテラシーの育成:子どもたちや若者に対して、情報源の信頼性や情報のバイアスを批判的に評価する能力を養うことが重要です。歴史教育の中で、一次資料に触れる機会を増やし、多様な歴史解釈に触れることで、主体的に歴史を学ぶ姿勢を育む必要があります。

ソーシャルメディアプラットフォームの責任:プラットフォーム側も、虚偽情報の拡散防止や、多様な意見が交換される場作りといった責任を果たす必要があります。アルゴリズムの透明性向上や、偏った情報に偏らないような情報提供の仕組み作りなどが求められます。

歴史学研究者と市民との連携強化:歴史学研究者は、研究成果を分かりやすく社会に発信し、市民との対話を通じて歴史認識の共有を図る必要があります。市民参加型の歴史研究プロジェクトや、地域の歴史を掘り起こす活動などを推進することで、歴史への関心を高め、多様な視点から歴史を学ぶ機会を創出することが期待されます。

おわりに:過去に学び、未来を創造するために

古代史は、現代社会を理解し、未来を展望するための貴重な羅針盤です。しかし、ソーシャルメディアにおける古代史の政治利用は、歴史認識を歪め、社会の分断を深める危険性を含んでいます。過去に学び、未来を創造するためには、批判的な視点を持って歴史情報と向き合い、多様な意見交換を通じてより深い歴史理解を育むことが不可欠です。

私たちは、ソーシャルメディアという新たなツールを活用しながら、古代史を現代社会の課題解決に繋げる道を模索していく必要があります。その際、歴史学研究の成果を積極的に社会に発信し、歴史教育を通じて批判的思考力を養うとともに、デジタルリテラシー向上のための取り組みも積極的に展開していくことが重要となるでしょう。

過去の出来事を現代の政治課題に結びつける際には、安易なレッテル貼りや感情的な対立を避け、多角的な視点から議論を進める成熟した姿勢が求められます。歴史認識は、常に変化し続けるものであり、異なる解釈が存在することも当然のこととして受け入れる必要があります。異なる意見を持つ者同士が積極的に対話し、共通理解を深める努力を粘り強く続けることによって、過去から未来へと繋がる持続可能な社会を築くことができるのではないでしょうか。


参考文献

Bonacchi, C., Witte, J., & Altaweel, M. (2024). Political uses of the ancient past on social media are predominantly negative and extreme. PLoS ONE, 19(9), e0308919.

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