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ライブコマースとテレビ通販:消費者を操る情報戦略とレジリエンスの力

近年、中国を中心に爆発的な人気を誇るライブコマース。リアルタイムな商品紹介と双方向コミュニケーションを特徴とするこの新たな販売形態は、消費者にとって魅力的なショッピング体験を提供する一方で、衝動買いによる失敗や後悔を生み出す可能性も含んでいます。

2024年9月6日発行のPLOS ONEに掲載されたJunwei Cao氏らによる研究論文「Offense and defense between streamers and customers in live commerce marketing: Protection motivation and information overload」(ライブコマースマーケティングにおける配信者と顧客間の攻防:保護動機と情報過負荷)は、ライブコマースにおける消費者行動のダイナミズムを、保護動機理論(PMT)の枠組みを用いて解き明かしています。

ここでは、この研究論文を紐解きながら、ライブコマースにおける情報戦略と消費者心理の攻防、そしてテレビ通販との比較を通して、消費者が賢くライブコマースと付き合っていくためのヒントを探ります。

消費者の防御メカニズム:実用価値の不確実性

Cao氏らの研究では、消費者はライブコマースにおいても、誤った購買決定から身を守るための防御メカニズムを働かせることが示されました。具体的には、消費者は商品価値の不確実性を感じた場合、購入を中断する傾向が見られるといいます。これは、商品の実用性や機能性に関する不確実性、つまり「実用価値の不確実性」が、消費者の購入意欲を低下させる要因となるためです。

デジタルショッピング空間では、実物の商品に触れることができないという特性から、この実用価値の不確実性が顕著に現れやすくなります。消費者はこの不確実性に対する不安から、購入を躊躇し、自らを保護しようとする行動に出るのです。

ライブコマース vs テレビ通販:双方向性と情報戦略

ライブコマースと比較対象として挙げられるのが、日本で長く親しまれてきたテレビ通販です。テレビ通販も、魅力的な商品紹介と限定的な時間制約を駆使することで、視聴者の購買意欲を高める戦略を採用してきました。しかし、ライブコマースとの決定的な違いは、リアルタイムな双方向コミュニケーションの有無にあります。

ライブコマースでは、視聴者はコメントを通じて配信者や他の視聴者と交流し、商品に関する質問をしたり、意見を交換したりすることができます。この双方向性こそが、ライブコマースの魅力を高める一方で、新たな情報戦略の舞台を生み出しているのです。

情報過負荷:配信者の武器

Cao氏らの研究では、ライブコマースにおける配信者の情報戦略として「情報過負荷」に着目しています。配信者は、短時間に大量の商品情報を提供したり、お得感を強調したりすることで、消費者の情報処理能力を超えた状態を作り出し、衝動買いを誘発するのです。この情報過負荷は、消費者の防御メカニズムを弱体化させ、商品の実用価値に対する不確実性を低下させ、購入への抵抗感を減少させる効果を持つことが明らかになりました。

快楽価値とプラットフォームの特性:中国ライブコマースの二極化

興味深いことに、本研究では「快楽価値の不確実性」と情報過負荷の影響については、従来の研究で示唆されていたような有意な効果は見られませんでした。この点は、中国におけるライブコマースプラットフォームの特性と関連している可能性があります。中国では、従来のECサービスを拡張したプラットフォームと、ライブ配信型のエンターテイメントプラットフォームから発展したプラットフォームの二極化が見られます。前者は商品の実用性に重点が置かれる一方で、後者では配信者との交流やエンターテイメント性といった快楽的価値が重視される傾向にあります。

今回の研究で用いられた模擬ライブコマース環境は、前者のECプラットフォームを模したものであり、配信者と消費者の間に事前の関係性がなかったため、エンターテイメント型のプラットフォームで典型的に見られるような深い感情的つながりを再現することができなかったと考えられます。その結果、快楽価値の不確実性や情報過負荷による影響が想定よりも小さくなった可能性が示唆されています。

ライブコマースとテレビ通販を比較した時、この快楽価値の側面は重要なポイントとなります。テレビ通販では、商品の機能や価格といった実用価値を前面に押し出す一方で、ライブコマースでは、配信者の人柄や魅力、視聴者とのコミュニケーションといったエンターテイメント要素が快楽価値を高め、購買意欲に大きく影響を与えるのです。Cao氏らの研究は、中国におけるライブコマースの現状を反映した興味深い結果を示しており、今後のプラットフォームの発展や消費者行動の研究に重要な示唆を与えているといえます。

レジリエンス:情報過負荷に対抗する力

では、消費者は情報過負荷に満ちたライブコマース環境において、どのように自らの購買行動をコントロールすれば良いのでしょうか?Cao氏らの研究では、「レジリエンス」が重要な鍵となることが示されました。レジリエンスとは、プレッシャーや逆境に直面した際に、回復する力、適応する力のことを指します。ライブコマースにおいて、レジリエンスの高い消費者は、情報過負荷によるストレスを軽減し、実用価値の不確実性や経験的有効性に対する情報過負荷の悪影響を抑制することができます。つまり、レジリエンスは、情報過負荷の中で冷静さを保ち、的確な購買決定を行うための重要な武器となるのです。

レジリエンスを高める:情報過負荷対策と倫理的なマーケティング

レジリエンスを高めるためには、情報過負荷の兆候を認識し、外部プラットフォームを活用して商品情報を確認する習慣を身につけることが重要です。また、ライブコマースプラットフォームや配信者が倫理的なマーケティングを実践し、情報発信における透明性と誠実さを重視することで、消費者は安心して商品を選択しやすくなります。プラットフォーム側も、継続的なモニタリングや消費者からのフィードバック収集を通して、消費者の嗜好や情報許容範囲に合わせた情報提供を行うべきです。

Cao氏らの研究は、ライブコマースにおける配信者と消費者の攻防、そしてレジリエンスの重要性を明らかにすることで、より倫理的で消費者フレンドリーなライブコマースのエコシステム構築に貢献する重要な視点を提供しています。ライブコマースは今後も進化を続けると予想され、消費者行動やマーケティング戦略の研究もさらに重要性を増していくでしょう。

研究の限界点と今後の展望

この研究には、いくつかの限界点も存在します。

  • 模擬ライブコマース環境における配信者と消費者の関係性が限定的であった

  • 消費者同士の交流が考慮されていない

  • 地理的・人口統計学的範囲が中国江蘇省に限定

  • サンプルサイズが比較的少ない

今後の研究では、これらの限界点を克服し、より多様なサンプルや状況設定を用いた検証を行うことで、ライブコマースにおける消費者行動の理解を深める必要があります。また、情報過負荷以外の要因、例えばシステム、コミュニケーション、ソーシャルメディアにおける情報過負荷の影響についても検討することで、より包括的な知見を得ることが期待されます。

ライブコマースは、消費者と企業の接点を大きく変え、新たな可能性を秘めた販売形態です。消費者と配信者が倫理的なマーケティングを実践し、レジリエンスを高めることで、健全で持続可能なライブコマースのエコシステムを構築していくことができるでしょう。

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