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ルーツ トゥ ルーツ




「この世の全ては、大したことないのよ。」


と、83歳の祖母が言った。
祖母は私と同じ、魚座のAB型。一言で言えば最強に献身的な、自由人である。今は普通のおばぁちゃんとしてひっそり暮らす彼女だが、過去には倒産しトンズラした旦那の代わりに借金2000万を返済してきた。かなりパンチの効いた女である。そんな祖母と話しているといつも「私のルーツはここから来てるんじゃないかなぁ」と思う。そんな祖母とした今日の会話が印象的だったんだ。
彼女は続けて言った。


「悲しいことや、楽しいことや、あんなにも幸せだったこと、我慢や、ひもじい思い。全部を知っちゃったらもう、あとはただ生きるだけなのよ。この世にはロクデナシしか居ないことも知ったわ。もちろん私を含めてね。

もしかしたら貴方はそういうことが、他の人よりも早く分かって生きているようねぇ。
たくさん背負って叩かれてきたからこそ、分かってあげられる痛みがあるものね。」


と。私はその鋭く温かい言葉に触れ少し涙ぐんだ。祖母は本当に本当に優しくうっとりとした表情で話をしてきた。そのどれもが、私にはちょうど良いセリフだった。私のことをなんでも知っているようなその人を前に、あえて謙遜することもなかった。だから私は「あぁ、そうかもね。そういうことだと思うよ。」とだけ返した。

たとえば、私はいま面白いことの渦中にいるようで、案外そうじゃない。割ともう、この世の恐ろしい面も、美しい面も、人の醜さも暖かさも、沢山のことを知ってしまい空から人のことを見ている。年齢よりもずっと後半にいる。怒りや、迷いや、優しさをとっさに捨てることにも慣れてきた。その様子はあまりにも達観していて、たまに自分をお婆さんのようだと思うほどだ。そういうことを私はやっぱり良くも悪くもだなぁと思っている。

そうして老けていく私にむけて。祖母は何かを見透かしたかのように言った。



「でも。あなたは心の奥の方にちゃんと、
牙も、爪も持っているわよね。いざという時のためによく磨いておきなさい?」



この言葉がいつか、良くも悪くも、私を救う日が来るのだろうと、確信に思えた。だからまるで根拠のないその言葉を、私は心のいつでも見える場所にしまっておこうと思った。人生は長い。今日も、明日も、明後日も磨き続けていこう。牙も、爪も。

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